テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
光の塔に埋めたもの
質問が続くことに、
菜月の胸は、
少しずつ熱を帯びていた。
知りたいと思われている。
言葉を返してもらえる。
それだけで、
気持ちは高揚してしまう。
なのに。
届いた質問を見た瞬間、
指が止まった。
『どこが好きなんですか?』
簡単なはずの問い。
でも、
簡単に答えていい気がしなかった。
ーースカイツリー。
好きな場所。
ただ、
もう行かない場所。
行けない場所。
それを、
どう言葉にすればいいのか。
電車は、
夕方の街を走っている。
窓の外に、
光の塔が見えた。
スカイツリー。
変わらず、
そこに立っている。
綺麗だと思う。
遠くから見る分には。
胸の奥が、
少しだけ痛む。
昨年、
一人で行った。
誰にも言わずに。
上から見た夜景は、
あまりにも綺麗すぎて。
現実じゃないみたいで。
その眩しさに、
自分の悩みが、
全部ちっぽけに見えた。
だから、
置いてきた。
抱えてきたものを。
言えなかった気持ちを。
あそこに、
埋めてきた。
それなのに。
綺麗だと思ったはずの景色の前で、
なぜか、
涙が止まらなかった。
救われたのか、
突き放されたのか、
分からなかった。
ただ、
確かに泣いていた。
それ以来、
行かなくなった。
嫌いになったわけじゃない。
遠くから見るくらいが、
ちょうどよくなっただけ。
スマートフォンを握る手に、
少し力が入る。
……この人なら、
分かってくれる気がした。
根拠はない。
でも、
今までの言葉が、
そう思わせた。
期待と不安が、
同時に胸に広がる。
少し長くなってもいい。
ちゃんと、
伝えたい。
菜月は、
ゆっくりと文字を打ち始めた。
――スカイツリー、好きなんです。
でも、登るより、遠くから見る方が好きで。
昨年、一人で登ったことがあって、
上から見た夜景が、綺麗すぎて。
その時、ずっと抱えていた悩みを、
全部置いてきた気がしました。
でも同時に、なぜか涙が出て。
今は、通勤中に見えるくらいの距離感が、
一番落ち着きます。
送信。
画面が切り替わる。
その瞬間、
少し視界が滲んだ。
電車の中。
人は多い。
菜月は、
気づかれないように、
少し俯く。
目元を隠すように。
涙は、
大きくはこぼれなかった。
でも、
確かにそこにあった。
電車は、
春日部に近づく。
降りる頃には、
空はすっかり暗くなっていた。
駅の改札を抜け、
足早に歩く。
迎えの時間。
日常が、
待っている。
保育園の門をくぐると、
子どもの声が聞こえた。
「ママ!」
その声に、
菜月は、
すぐに笑顔を作る。
何事もなかったように。
母親としての顔に、
戻る。
胸の奥に、
まだ揺れているものを、
しまい込んで。
光の塔は、
今日も遠くで輝いていた。
変わらず。
何もなかった顔で。