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「ちょっと話があるんだけど、いいか?」
高校生活も二年目に入り、新しいクラスにも馴染んだ。四月に満開の花を咲かせていた桜の木もすっかり緑の葉に覆われている。気温の上昇は今年も早い。夏休みまでまだ日数はあるというのに、もう薄着でも支障はなかった。
そんなある日の、何時もの昼休み。以前こっそり入手した屋上の鍵を使い、昼になれば四人で集う。今日も同じように集まり、同じように弁当をつついた。食べ終わり、談笑をしていると、不意にかざねがそう言った。
「ん? 何?」
ふうはやがそう言葉を返す。りもこんも同じように視線を向けるとそこには、少しばかり緊張したような面持ちのかざねとしゅうとがいた。
一体何を言うのだろうか。そんな疑問が頭をよぎる。ほんの少しだけ間を空け、かざねが口を開いた。
「俺達、付き合うことにしたんだ」
その言葉は、りもこんに深い衝撃を与えた。
「いやー…びっくりしたな」
授業も終わり、帰り道。クラスの違うかざねとしゅうとは、元より一緒に帰らないこともある。今日はそれでよかったのかもしれないと、そんなことをりもこんは思いながら歩いていると、隣を歩くふうはやがそう言葉にした。
実際に付き合い始めたのは、一ヶ月程前だという。りもこんとふうはやに、かざねはそう話した。
「言うか悩んだんだけど、やっぱりお前達には分かってもらいたくて」
同性同士で付き合うというのは、言う程優しいものではない。二人は、仲間として大切にしているふうはやとりもこんとの関係性が変化してしまうかもしれないことを恐れた。
だが、同時に理解もしてもらいたかった。そんな生半可な気持ちで付き合うことを決めた訳ではない。
特にしゅうとは告げた後のことを怖がっていた。それだけ、二人のことが大切だったから。しかしかざねの大丈夫、という言葉に後を押された。その手は緊張に僅かに震え、かざねの服の裾をそっと握りしめていたが。
「え…」
ふうはやが漏らす。続く言葉に、二人は身構えた。
「おめでとうじゃん!」
しかし予想に反し、祝福の言葉を彼は言う。ほっとした顔をする二人を見て、りもこんも慌てて言葉を紡いだ。
「そんな大事なこと、今迄秘密にしてたのかよ!」
否定などしない。する訳がない。
「言ってくれないなんて酷いじゃねーか!」
「俺達が否定なんかする訳ないよ」
その言葉達に、二人は漸く笑顔を浮かべた。
「そりゃ、言うか悩むって」
「不安だったんだよ」
そこからは昼休みが終了するまで、二人を質問攻めにしていた。照れなながらも、幸せそうに彼等は笑っていた。
「あの二人が付き合うなんてさ。いや、でもお似合いだよな!」
「そうだな」
ふうはやの言葉と表情に、偽りはない。本当にそう思って言っている。
偏見がないのはいい。ふうはやは、そんな色眼鏡で人を見ない。
「あーあ、俺も恋人ほしいなー」
そういう彼に、何時もの軽口は出てくれなかった。
「…何で二人は付き合うことにしたの?」
季節は進み、夏休みも間近。屋上で過ごすには暑すぎて、四人はたまり場を校舎の隅にある空き教室へと変更していた。この部屋は利用者が少なく、教師の目も届きにくい。普段、授業をさぼることなく出席している彼等が、昼休みだけ利用している分には何の支障もなかった。
この日はふうはやが教師に呼び出しを喰らい、かざねも次の授業の準備に駆り出されている。故に珍しくりもこんとしゅうとの二人だけで昼食を食べていた。
「言うの、ちょっと恥ずかしいな」
かざねとしゅうとが付き合い始めて、もう数ヶ月が経つ。先日りもこんは、二人がこっそりとキスをしている場面を見てしまった。幸い二人には見付かっていない。その時に感じた、酷い胸の痛み。
「お互いに好きって気持ちがあるのは、もっと前から気付いていたんだ」
しゅうとは語る。互いに、何となく気付いていた。しかし一歩を踏み出すことが怖くて。中々前に踏み込めなかった。
「最終的に勇気を出してくれたのはかざねだった」
好きで、苦しくて。でも、踏み出せなくて。そんな中で一歩を踏み出したのはかざねだった。後に彼は確信があったから言えたのだとしゅうとに教えてくれた。
『しゅうと、俺のこと好きだろ?』
それが、始まりの一言だったという。好きだと言っていい。そう、知れたことで二人は前に進んだ。
「そっか…」
前に踏み出す勇気がなければ、先へと向かうことは難しいい。ぎゅっと拳を握るりもこんのその手を、しゅうとが優しく包み込んだ。
「…頑張れっていうのは違うと思うけど、想うことは悪いことじゃないよ」
「そう、かな…?」
「うん」
ほろりと零れた涙の意味を、しゅうとは聞かないでいてくれた。唯。静かに側に居てくれていた。
「ふうはやはさー、気になる奴とかいないわけ?」
呼び出しを喰らい、それが漸くと終わる。残り少ない時間だが、何時ものたまり場に向かう途中、同じように呼び出しを受けていたかざねと偶然合流した。
弁当を食べる時間がかなり減ってしまった、と愚痴ながら歩いていると不意にそんなことを聞かれた。
「恋人のいない俺への自慢ですかー?」
「んなことねえし。気になっただけ」
重たい会話ではなく、軽い口調。唯の興味からくる雑談。
「あんま考えたことなかったなー」
目的の部屋が近付いて来る。気になる奴、と聞かれてぱっと浮かんだのは、同じクラスにいる、誰からも持て囃される美女。
「あの子なんか可愛いよなー」
そんなことを言いながら、教室の扉を勢いよく開ける。
「あ、ふうはや」
先に来ていたしゅうととりもこん。何故か、しゅうとはりもこんの手を握っていた。その相手は、俯いている。
「何かあったかー?」
その光景に、何故か言葉が出てこなかった。一瞬立ちすくむふうはやの後ろから、かざねが顔を出す。
「りもこんが家でやらかして凹んでたから慰めてた」
ぱっと離された手。しかしりもこんは、暫しの間顔を上げない。
「そりゃ災難だな。あんま落ち込むなよー」
「はは…、ちょっと無理かもー」
「こりゃ重症だ」
無理をして言っている。そんな風に、ふうはやには見えた。しかし彼の口から、言葉は出てきてくれない。
(何で…)
「ふうはやも慰めてやれよ!」
「あ、ああ!」
その言葉にはっと我に返る。自分は今、何を思っていたのだろうか。
何時もの軽口。何時もと同じ座る場所。何時もと同じようなやり取り。なのに、何故か。
(もやもやする…)
それに、名前を付けることは出来なかった。
「最近あいつ、付き合い悪くね?」
弁当の中の卵焼きを口に放り込んだ後、かざねがそう言う。何時もの昼休み。しかし此処に、ふうはやの姿はなかった。
夏休みが明け、二学期も暫し経った頃。ふうはやはたまり場に顔を出すことが減った。全く来ない訳ではなく、週に一度か二度、来ない。如何やら別の者達といるようだった。
「うん…」
そのことは、りもこんに大きな影響を与えていた。同じクラスでもある彼は、ふうはやの交友関係を見ることが多い。
「りもこん、無理してるよね」
「そんなことないよ」
そうは言うものの、二人の目からは彼が弱っていることは明らかだった。しかしりもこんはそれを認めない。
「…俺、ちょっと用事思い出したから先戻るな」
まだ半分程残っている弁当箱を片付け、りもこんは逃げるようにその場を去って行った。自分達に気を遣っていることは明らかで。そして逃避もしたかったのだろう。
「あ、ちょっと…!」
しゅうとが止めようとする声も無視し、りもこんは部屋から去ってしまった。残された二人に、重い空気が流れる。
「これ、中々やばい事態だよな」
「そう思う」
こんな風になるなど、思ってもいなかった。ひとつ言えるのは、このままでは良くないということ。
「ちょっと世話焼くか」
「やりすぎはダメだから」
「分かってるって」
りもこんのことはよくわかる。しかしふうはやは今、何を考えているのか。それを探りながら、上手いこと立ち回りたい。
「作戦立てるか」
お節介だろうが、このまま崩壊していくのを見ている訳にはいかなかった。
「俺達はまだ、一緒にいたいからさ」
「ねえちょっと、話し聞いてる?」
「あ、ああちゃんと聞いてるよ」
「次の休みの日なんだけどねー…」
隣で楽し気に話し続けている女の子。クラスでも明るくて人気のある、可愛い子。話しかけられたから応答をしたら、何時の間にかするりと隣に来る頻度が増していた。
(無理に断ってもなー…)
気付いたら休日の約束までも取り付けられていて。どうしようとは思うものの、断るのも面倒で。流れに乗せられるが侭、今になっている。
(最近、りもこん達といる時間減ってる…)
それがいいのか、悪いのか。ふうはやは考えることを止めていた。
「あ、悪い」
廊下を歩いていると、誰かとぶつかってしまってしまった。ぼーっとしていて周囲を意識していなかった為だ。反射的に謝罪の言葉を述べ、相手を見るとそこにいたのはりもこんだった。
「あ」
それ以上何か言葉をこちらが紡ぐ前に、彼は走ってその場を去ってしまった。
「どうしたの?」
「い、いや…」
何とも言えぬ、胸のわだかまり。拭えぬ侭、逆の方向へと歩いて行くしか出来なかった。
暫しの、日にちが経過した。何時しか真夏の盛りは過ぎ去り、暑いながらも秋が訪れていた。何時もの昼休み。まだ屋上に出向くには暑すぎる。冷房の効いた室内にいるのは、ふうはやを除いた三人だった。
「テストの結果、どうだった?」
「まあまあ」
「俺、結構良かったよ」
「りもこん、最近めっちゃ勉強してね?」
「まあね」
ふうはやがこの場に来ることは更に減り、週に一度あるかないかになっていた。休み時間の大半、彼の横には一人の女子がいる。
りもこんの目の下の隈が消えないことを、かざねとしゅうとは心配していた。が、その心配にりもこんは感情の読めない表情で言う。
「最近、勉強頑張っててさ」
来年には受験が待っている。彼は言った。行きたい大学がある、と。
それがどんな意味なのか、推し量ることは出来ない。しかし、そちらに無理矢理意識を向けていると察することは出来た。
「勉強頑張るのはいいけどさ、ちゃんと寝てる? 目の下の隈凄いよ」
「寝てるって。そんな心配しなくても大丈夫」
心配の声を掛けても、そう返答がくるだけ。それ以上何と言葉を掛ければいいのか、二人には分からなかった。
学校にもきちんと通い、成績も上げている。そんな状態の彼を、一体誰が心配するというのだろう。
「俺、先に教室に戻るよ」
そう言って彼は部屋を出て行く。残された二人は大きな溜息を吐いた。
「勉強してるの、ここから離れる為なのかもな」
「可能性はあるよね。上位の大学に進学して、地元離れる気なんじゃないかな」
理由は二人にとっては明確。ふうはやに対して色々聞いたりしてみたものの、彼も彼で煮え切らない。自覚をしないようにしているようにも見えた。
「このまま、バラバラになっちゃうのかな」
「それは嫌だな」
とは言うものの、二人にはどうすることも出来なかった。
(だるい…)
そう思いながら、りもこんは廊下を歩いていた。
勉強を頑張っているのは事実。しかし、彼は不眠症に陥っていた。夜、眠れないから勉強をしている。成果が明確に出る勉強は、やっていて悪いものではない。周囲の大人に対しても良いアピールになる。
夜中、勉強をしていて身体が限界を迎えると僅かな時間寝落ちることが出来る。そんな生活を、此処数ヶ月ずっと送っていた。
これが良いとは思っていない。しかし、どうすればいいのかも分からない。親を、友達を頼ることも出来ず、りもこんは一人で昏い道を歩き続けていた。
(いっそ、全部忘れちゃえればいいのに)
教室に入ると、窓際には女子と喋っているふうはやの姿が見えた。視界に入れないようにしながら、自分の席に座る。授業が始まるまで後数分だ。準備を始めていたって、特に浮くことなどない。
「どこからやるんだっけ?」
そう声を掛けてくるクラスメイトに適当に返事をしながら、りもこんは教科書を机の上に出した。
始業のチャイムと共に教師が入って来る。授業が始まると、当たり前のようにふうはやの声は聞こえてこない。
(頭痛いな…)
そんなことを思いながら、りもこんは淡々と授業を受けるのだった。
「体育祭、勝つぞー!」
運動の得意な男子達が意気込んでいる。その隅で、苦手な者達は渋い顔をしていた。
年に一度の体育祭。クラス対抗な為、負けん気の強い者達はかなり気合いを入れて練習から本番に掛けて取り組む。りもこんはあまり運動はしたくない方で。特に此処最近は身体を動かすことにしんどさを感じている。故に体育ですらきついというのに、体育祭など辛い以上の思いは出てこない。
同じように熱量の低い者達と、如何にして乗り切るのか作戦会議が開かれるくらいだ。
片やふうはやは運動が得意で。クラスの中心になって意気込んでいる。そんな姿に眩しさを感じながらも、りもこんは日陰に籠っている。
「最悪すぎる…」
同じように呻いているのはかざね。別のクラスではありながらも、彼はりもこん以上に運動が嫌いだ。故にこの季節、彼は少しでも回避できる方法を常に模索している。
「流石に練習に顔は出しなよ」
そういうしゅうとにかざねが引きずられていったのは、一体何度目だろうか。彼の悲痛な叫びに思わず笑ってしまったのは仕方がない。
「りもこん! こんなとこにいたのか!」
突然呼ばれた名前。思わず、ひゅっと喉が鳴った。
視線を向ければ、そこにはふうはやがいた。動けなくなっている彼には気付かず、そっと手を取られる。優しい挙動に、それだけで涙が零れてしまいそうになる。
「ほら、練習始まるから行こうぜ」
「いや、でも俺…ッ」
「最近付き合い悪くなっちまってごめん。でも俺、お前の近くにはいたいからさ」
それ以上、何も言えなくなってしまった。手を取られるがままに、りもこんはふうはやと一緒に練習をしている場へと向かう。自分の隣にいて、楽しそうに笑う彼。少し前までの時間が戻って来たようだった。
―――それがすぐに、崩れてしまうとは知らない侭。
体育祭が終わると文化祭がある。二年生は受験にはまだ少し時間がある為、三年生よりも準備に時間を掛けることが出来た。
「次の授業、めんどくせえよー」
昼休みにふうはやが一緒に過ごす時間が、戻った。以前程ではないにしろ、週の半分以上は屋上に顔を出している。それに伴い、りもこんと過ごす時間も多少は元に戻っていた。
「なありもこん、次のテスト期間前に勉強教えて…」
「おいおい。自分で頑張れって」
そう、軽口を叩けるくらいにまで戻った。かざねとしゅうとも何処か安心したような表情を見せている。このまま、同じような時間が続けばいいと、そうりもこんんは願っていた。
「…あのさ、りもこんはこのままでいいの?」
そう、問いかけられたのは文化祭も間近に迫った頃。此の日はふうはやとかざねはそれぞれ用事があり、屋上には来ていない。
「いいんだよ、このままで」
直接言ったことはないけれど、しゅうととかざねはりもこんの思いを随分と前から知っている。だからこそ心配し、自分達に何か出来ないかと悩んでもくれた。しかし結局は何も進展などしない侭。否、進展を望んではいなかった。
「本当に?」
りもこんの目を真っすぐに見ながらしゅうとは言う。彼は知っている。本当の気持ちを吐露出来ない苦しさを。彼の場合はかざねが救ってくれた。しかし、りもこんは誰が救ってくれるのだろうか。
ふうはやの本心は分からない。真綿で締め付けられているかのような。それを彼は自覚しているのかすらも怪しい。
一時期とは別の女子が、ふうはやの近くにはいた。何を意味しているのかは分からないし、りもこんは知りたくもなかった。彼が自分の側にいる時間があること、それだけを心の拠り所にして、日々を送っている。
「…後、一年もすれば全部は変わるしさ」
ひとつの起点が、高校の卒業。りもこんはそのことを言っているのだろう。後一年も、同じような日々を送るのだと、そう言っているようにしゅうとは聞こえた。
「苦しいよ」
「言って変化する方が、俺は苦しい」
思い通りにいくことの方が少ない。ならば、気持ちに蓋をしてこの心地よい距離感を保っている方が、自分の心は保たれる。
「…俺は、りもこんにも幸せになってほしい」
「ありがとな。でも俺は、お前らを見守ってるだけで充分だよ」
以前よりは多少は薄くなったように思える。だが、儚げに微笑むりもこんの目の下の隈が消えることはない。
「大丈夫。大丈夫だよ、俺は」
そう、泣きそうな顔で言うりもこんに思わず抱き着きながら、しゅうとは自分が泣いていることに気付いた。
「…ありがとな」
ぐらついた土台の上に高く積まれた塔が崩れるのは、余りにも一瞬で。
「既読、つかない…」
りもこんが、登校しなくなった。
文化祭が終了した翌日から、りもこんが登校しなくなった。最初は風邪か何かかと思っていたふうはやだったが、それが三日になり、一週間になり、と段々伸びていくことに不安を覚える。
メッセージも送ったし、着信も入れた。しかしどれも反応が返ってこない。
かざねとしゅうとも自分と同じような状況だと言っていたが、ふうはやは途中で気付いた。彼等は自分に対し、嘘をついていると。
何年も前からの付き合いということもあり、彼の家は知っているし、訪れたことも何度もある。だから直接行こうとすると、かざねとしゅうとは強くふうはやを引き留めた。
その理由を、彼等は言わない。言わないのに、二人はふうはやをりもこんに会わせないようにしている。
りもこんと連絡が付かなくなって一ヶ月。遂にふうはやは二人に対して怒りを爆発させた。
「何で止めるんだよ⁈」
「お前が行っても意味ないからだよ!」
「行ってみないとわからねぇじゃねえか!」
「分かるから止めてんだろ!」
かざねとふうはやの言い合いは段々激しくなる。殴り合いにまで発展しそうな勢いに、狼狽えていたしゅうとは意を決して声を荒げた。
「いい加減にしろ!」
穏やかで優しいしゅうとの発する怒号にふうはやとかざねははっと我に返る。荒い息を付くしゅうとの側へと駆け寄り、かざねはその身体を優しく抱きしめた。
「ごめん、冷静さを欠いた」
しゅうとが息を整えるまでの間、ふうはやは苦虫を噛み潰したような表情をしている。
漸く整うと、かざねはしゅうとから身体を離す。しゅうとはしっかりとふうはやを見据え、口を開いた。
「抑々、自分が原因だってことに何時まで目を背けてんの?」
ふうはやは言葉を詰まらせる。しゅうとの言っていることの意味を、理解してしまったから。
「気付いてるんだろ? りもこんの気持ち。どっちつかずな態度がさ、どれだけ傷付けたと思ってるの?」
しゅうとは怒っていた。気付いているのに何も行動をしなかったふうはやに。結局手を差し伸べることの出来なかった自分自身に。
「俺は…」
「ふうはやはりもこんを一体どうしたい訳? ちゃんと答えを出さないのに、中途半端に横に居続けようとするのがどれだけ残酷なのか分からないの?」
目を背けて、勝手に大丈夫だと思い込んで。結果、どうしようもない所まできてしまった。
「俺は…ッ」
…答えなど、本当は最初から出ていたというのに。
「……結論が出たんなら行けよ」
「かざね⁈」
「…悪い…ッ」
踵を返し、ふうはやはその場から走り去る。彼がいなくなり、かざねはふうと小さく息を吐いた。
「…何でそんな簡単に行かせたの?」
しゅうとが少々怒った声でそう問う。彼の心境としては、ふうはやの今迄の行いを含めてだいぶお怒りなのだ。だが、かざねはふうはやの肩を持った。その理由を知りたいと尋ねる。
「結局、誰かの後押しが必要だったってことだよ」
「ええ…」
難儀な友人達だと思う。どちらも、自分の気持ちに素直になれば此処までの事態にはならなかったのではないか、と。
「ま、後は収まる所に収まるだろうよ」
「そう簡単にいくかな」
「ふうはやは一発くらい、りもこんに殴られればいいんじゃね?」
「それもそれでどうなんだか…」
空を見上げる。そこは清々しいくらいに綺麗に晴れていて―――
静かな部屋で、りもこんは布団に潜りこんで丸くなっていた。
決壊したのは、文化祭の日だった。あの日、りもこんは見てしまったのだ。ふうはやが、最近一緒にいる女子とキスしている所を。
そこから、どうやって帰宅したのか分からない。だが、今迄積み重ねてきた無理が全て表出してしまったのだろう。頭痛に吐き気、拒食に精神の不安定さ。
突然のことに親は動揺したものの、病院へ連れて行き、適切な処置と処方をしてもらった後は深く聞かずに唯休ませてくれた。頑張りすぎる子のことを、よく理解しているからこその対応だったのだとりもこんは思う。
学校には診断書を提出し、暫く休むことになった。そしてあの環境から離れ、日にちが経過していくにつれて段々と心のざわつきも収まっていく。
しかしだからといって傷ついたものが癒える訳ではない。かざねとしゅうとは酷く心配し、負担になりすぎない程度に連絡をくれた。
ふうはやからの連絡は一切見れていない。それが心の傷の原因だと、自分でも分かっているから。今はまだ、受け止め切れる訳ではないから。
「…腹、減ったかも」
自宅には今、りもこんしかいない。両親は仕事で不在にしている。
食べたい時に食べられるようにと、母がキッチンに食事を用意してくれていることを知っている。のそのそとベッドから起き上がり、階段を降りていった。
温めないでも食べられるようにと、今日はサンドイッチが置いてあった。食の細くなってしまったりもこんでも食べられるようにと、量は少なめで。
親のありがたみを感じながら食べていると、不意にインターホンが鳴った。
誰だろうか、と思う。宅急便ならば置き配にしてあるし、何かの勧誘とかだろうか。一応確認の為に見てみると、そこにいたのは。
「え」
今、最も会いたくないと思っている人物だった。
学校を飛び出し、りもこんの家へと急ぐ。心の中はぐちゃぐちゃで、整理など一切出来ていない。自分の行いも反省出来ていないし、抑々会ってどうしようかということも定まっていない。しかし今は唯、りもこんに会いに行かなくてはならなかった。
荒い息を整える間もなく、インターホンを押す。反応はなかった。だが、彼が家の中にいることは分かる。
どうしようか、と思った。考えなしに来てしまったが、自分が原因ならば会ってなどくれないかもしれない。考えていると、カチャリと音がしたことに気付いた。
「え…?」
それはまごうことなき、玄関の鍵が開く音。しかし中から開くことはない。ふうはやは気付く。これは、彼が精一杯伸ばしてくれた手であると。
意を決して、玄関の扉に手を掛ける。すんなり開いたそれ。そこにいたのは、形容し難い表情をしたりもこんの姿だった。
「りもこん…」
何を言ったらいいか分からなかった。何も言えず、立ち尽くしているとりもこんは中に入るよう促す。慌てて靴を脱ぎ、彼の後を追った。
階段を昇り、自室へと消えていくりもこん。躊躇いながら、ふうはやも彼の部屋に足を踏み入れた。
よく、遊びに来ていた部屋。多少ごちゃついてはいたが、何も変わっていない。
「で、何しに来たの?」
ベッドに腰かけたりもこんが問う。感情を殺したような、そんな声色で。
「ご、ごめん!」
反射的に謝罪の言葉が口をついて出た。
「何が?」
だが、言われて気付く。そんな薄っぺらい言葉では、りもこんには届かないと。
「俺…」
必死になって考える。今迄の状況を説明するのかと言われれば違う。そんなの自分の保身だ。
前のように戻ってほしいと言うべきなのか、と過る。しかしそれも違う。それを望んで、此処に来た訳ではない。
ふうはやにとって、りもこんはどういった存在なのか。そんな言葉が、頭に浮かんだ。それを履き違えたからこそ、勝手に履き違えることを望んだからこそ、今の状況へと陥ったのだ。
ならば、ふうはやが今此処でりもこんに言わなくてはいけないことは、明確な自分の気持ちだった。
「俺…俺、りもこんのことが好きだ」
言葉にしたことで、重みとして実感する。自分は随分と前から、りもこんのことが好きだったのだと。
違う言葉でそれを上書きしてきた。認めることで、二人の関係性が変化してしまうことを恐れて。
かざねとしゅうとが付き合い始めたと報告してくれた時、羨ましいと感じたのは嘘ではない。しかし同時に、りもこんはそんな感情を自分に向けてはくれないと勝手に思い込んだ。
りもこんとしゅうとが近い距離にいた時、言いようもない黒い何かが胸の中に浮かんだ。しかしそれに名前を付けることを恐れ、自ら蓋をしたのだ。
そんな時に、自分に擦り寄ってきた女子達。正直、付き合う気などなかった。しかし彼女達と一緒にいることで、りもこんから距離を置くことで、自分の気持ちは勘違いだったのだと、そう思い込ませようとした。
なのに、りもこんが自分の見えない場所にいることは嫌だった。それがどれだけ勝手なことか。
自分は好き勝手に過ごした。変わらず自分の視界に写り、絡みに行けば何時もと同じように接してくれる彼に安堵をしながら。
なのに、彼が学校に来なくなった時、酷い焦燥感に駆られた。連絡を返してくれないことに対しても。自分は、りもこんの何者でもないというのに。
余りにも勝手すぎた。許してくれなど、口が裂けても言えない。しかし、もう誤魔化すことなどしない。だからふうはやは真っすぐに、りもこんに自分の想いを伝えた。
「今更…なんで…」
呻くような言葉。りもこんの顔を見れば、彼はぼろぼろと大粒の涙を零していた。
「おれ、諦めようとしてたのに…なんで、なんでそんなこと言うのさ…っ」
「りもこん…」
「おれがかわいそうだからっ、だからそんなこと言うんだろ…⁈ 本当はそんなこと、思ってもいないくせに…!」
「りもこん!」
ふうはやは力いっぱいりもこんの身体を抱き締めた。彼の頭を胸元に押し付けるように。
「同情なんか、いらない! だって本当はふうはや、俺のことなんか…」
「違う!」
思わず、大きな声が出た。りもこんが驚いて言葉を止める。何時の間にか、ふうはやも泣いていた。
「違う、違うんだりもこん。俺は、本当にお前のことが好きなんだ」
格好悪いなんて、思う余地はなかった。泣きながら、ふううはやは自分の想いを吐露する。如何に自分が自分勝手で、りもこんのことを考えていなかったのか。なのにどうしようもなくりもこんのことが頭から離れなかったと。
「こんなになって気付いたんだ。俺は、ずっと、ずっと前からりもこんのことが好きだったんだって」
涙でぐちゃぐちゃで、何を話しているのかも正直聞き取りにくい。だがそれでも、ふうはやは懸命に自分の気持ちをりもこんに伝えた。それしか、自分に出来ることはないのだから。
「…ほんとうに…?」
顔を上げぬ侭、小さく、小さくりもこんは尋ねた。ふうはやの言葉を、信じたいと淡い気持ちを乗せて。
「本当だ」
りもこんの顔を上げさせる。そしてふうはやはひとつ、彼の唇にキスをする。
「もう、隠さないって、誓うよ」
再びりもこんの瞳から涙が溢れる。互いに強く抱きしめ合いながら、二人は暫くの間泣き続けていた。
―――――
―――――
―――――……
「漸く収まる所に収まったか」
後日、何時もの屋上にて、ふうはやとりもこんの二人からかざねとしゅうとは報告を受けていた。
「ああ。心配かけて悪かった」
寄り添い合う二人は、しっかりと手を繋いでいて。はにかみながらも隣で幸せそうな顔をしているりもこんに、二人は安堵した。
「いやもうマジでどうなることかと思った…」
「俺達の心労分、何か奢ってもらわないとね」
「まあ、その辺りはしっかりとお礼するよ。色々と俺のせいだしな」
まだ、りもこんの体調は完全に整ってはいないがそれも時間の問題だろう。ストレス源が解消すれば、後はゆっくりと回復していくだけだ。
「そういえば、ひとつ聞きそびれてたんだけどさ」
「ん?」
「ふうはやは何であの女子とキスしてた訳?」
りもこんの発言にかざねとしゅうとから殺気が放たれる。言った本人は、もうふうはやは自分のものだと確信している為ダメージを受けているようには見えない。だが、この出来事がトリガーとなったことを知っている二人は、怒りを露わにしている。
「あ、あれか」
そんな殺気にビビりながらも、、ふうはやは懸命に説明をする。キスなど、していないと。
「はぁ?」
どう見てもあれはキスしている態勢でしかなかった。あれが勘違いとはどういうことかと。
「確かに女の子の方からキスしようとしたのはほんとだ。でも、寸前で避けたんだよ、俺」
「そんなの信用出来る⁈」
「しゅうと、めちゃくちゃキレてない⁈」
「怒るに決まってるでしょ!」
「いやでも本当なんだって!」
事実など分からない。りもこんはこれでメンタルを崩壊させた。これは追求せねば、とあのしゅうとが臨戦態勢に入った時だった。
「へ?」
ちゅっと、突然りもこんがふうはやにキスをする。余りに突然のことに思わず固まる三人。それを知ってか知らずか、りもこんは朗らかに言う。
「ま、でも今は俺だけしかふうはやにキス出来ないもんね」
それは何処か勝ち誇ったような。どうやらりもこんは一周廻って随分と逞しくなったらしい。
「しゅうと、お前が引くべきだ」
ぽん、としゅうとの肩に手を置いてかざねが言う。すっかり戦意喪失したしゅうとははぁ、と息をつくとかざねに寄りかかった。
「お幸せに、ってことにしとくか」
「もうそれでいいよ…」
「でないと収集つかないしな」
穏やかな空気へと戻る。関係性は変化したが、それは嘗てと同じ、平和な色。
雲一つない晴れた空。寒すぎず、暖かすぎず。ちょどよい冬の昼下がり。
「ねえ、ふうはや」
繋いだ手を愛おしそうに見ながら、りもこんは言う。
「ずっと、隣にいろよ」
「当たり前」
――― 白晴、きみのとなり
晴れた空に、願いを込めて ―――