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「九条さん。非常に申し訳ないが、どうか村興しに協力してくれないじゃろうか? プラチナプレート冒険者という肩書だけ貸して下されば名前は決して出さないと誓う。この通りじゃ……」
村長が頭を下げ、それを見ていた村人達もそれに倣う。
「いや、申し訳ないがそれは無理だ……」
出来れば協力してあげたいという気持ちはある。俺が晒し者になることで村の為になるなら一肌脱ぐのもやぶさかではない。
しかし、そうしてしまうと逆に迷惑をかける可能性もあるのだ。
例えどんな条件を出されようと俺はこの村を出るつもりはないし、引き抜きに応じるつもりもない。だが、引き抜きに来る奴等が「はい。そうですか」と素直に帰ってくれるだろうか?
盗賊が来るならそれは追い返せばいい。しかし、貴族が相手ならばそうはいかないだろう。
権力がある分、余計に|性質《タチ》が悪い。
「俺がこの村にいると触れ回れば、それを知った者達が村を訪れるだろう。その中には俺を引き抜きに来る奴等もいるはずだ。そいつ等が村に迷惑をかける可能性は考慮しているのか?」
確かに村の行く末も大事だ。だが俺の気持ちもわかってほしい。
そんな想いとは裏腹に、返ってきた答えは予想とはまったく別のものだった。
「そんなことなら、とっくに解決しておるが?」
村長がそう言うと、まわりの村人達もホッとした表情を浮かべ頷く。
「どういう事ですか?」
「九条さんの引き抜きじゃったら、もう何度も村に来とるよ。すべて追い返しているがの」
相手は貴族だ。貴族ではなくともその息が掛かった者達だろう、それなりの権力を振るってもおかしくない連中である。
「追い返すって……。危険ではないですか?」
「いやなに、これは全て領主様が決めたことじゃ。何の問題も起きとらん」
コット村は現在アンカース領に属している。ならば、ネストが何か手を回してくれているのだろうか?
「えぇと……どこにやったかの。領主様からの書状がどこかにあったはずなんじゃが……」
村長はベッドから降りると、近くにあった箪笥を漁り始めた。
「……おお、あったあった。これじゃ」
そう言って渡された書状は恐らく本物。開封済みだが封蝋はアンカース家の物であり、書状にはダンジョンの権利書にもあった署名と押印。
細かい字でビッシリと書かれたそれを読み進めると、それに関連するであろう項目が目に留まる。
『プラチナプレート冒険者の扱いについて』
・プラチナプレート所持者を王都スタッグ以外に常駐させる試みはモデルケースとして扱われることに留意しなければならない。
・プラチナプレート所持者との面会には領主の許可が必要である。(村民を除く) よって許可なき者の入村は認めずともよい。
・上記規則に違反する者に対しては二条六項による罰則が適用される。
・申請についてはノーピークス又はスタッグの……
罰則というのが何を指すのか俺にはわからないが、さすがはネストと言うべきか、アフターケアもバッチリであった。
そもそも誰が来ようと、最初から許可を出すつもりはないのだろう。
「こんな物あるなら、最初から言ってくれれば良かったのに……」
「えっ……。ご存じなかったんですか?」
「そりゃそうですよ。何も言われてませんから」
「おや? 領主様は同じ物を九条さんにも渡してあると言っていたのじゃが……」
「いやいや、そんなはずは……」
最後にネストに会ったのは、王女と一緒に来訪された時。しかし、受け取ったのはダンジョンの権利書と、バルザックの小さなメモ書きのみ。それ以外に渡された物などないはず……。
そこでふと一つの可能性が脳裏をよぎる。
ネストに権利書だと言われて受け取った証書筒。あの中に村長が貰った物と同じものが入っていたんじゃなかろうか……。
「おや? 九条さん。顔色が優れぬようだが、いかがなされた?」
「いえ、別に……。とにかくあの目立つ看板はどうにかして下さい」
少々焦りはしたものの、それは村に迷惑が掛からないだけであって、俺の気持ちを考慮した訳じゃない。俺は観光名所ではないのだ。
「九条さんがそこまで言うなら……。そうじゃ、九条さんも何か代わりになる村興しのアイデアを考えてはくださらぬか?」
正直って面倒臭い。とはいえ、あの看板が撤去されるのであれば致し方あるまい。確認を怠ったこちらにも非はある。
「……まあ、考えるだけなら……」
「それは良かった。プラチナプレートの冒険者が考えるんじゃ。さぞいい案が浮かぶじゃろうて。ホッホッホッ……」
正直、期待されても困る。特産品も観光地もないこんな田舎の小さな村で、村興しのアイデアを出せと言われても一体どうすればいいのか……。
出口の無い難問に頭を抱えながら俺とソフィアは村長の家を出ると、柔らかな土を踏みしめながら、ギルドへと続く田舎道を歩き出す。
「ソフィアさんは、この村の出身ではないんですよね?」
「はい」
「では、なぜそこまで村に肩入れするんです? ギルドがなくなれば村が困ることはわかります。自己犠牲は素晴らしい考え方だと思いますが、プレートを偽装したり、盗賊達の人質になろうとするのは些か過剰なのでは?」
「……確かに九条さんの仰る通りです……。私だって最初はこんな小さな村の支部長なんてやりたくありませんでした。とはいえ、初めて任されたギルド支部です。少しでも盛り上げようと頑張りました」
ソフィアは曇った表情で俯きながらも、過去を思い出すかのように言葉を紡いだ。
「結果は散々でした。冒険者の数は伸び悩み、依頼は溜まっていく一方。家畜や作物への害獣は減らず、山のように出る期限切れの依頼の数々。知ってます? 期限切れの依頼は掲載料として依頼料の十パーセントをギルドが徴収するんです。それが苦痛でした」
ソフィアは話しながらも村人からの挨拶を欠かさず返していた。
その一瞬だけは、笑顔を見せていたのだ。
「ある時、一人の冒険者が依頼を受けたのですが、出発してすぐに帰って来たんです。依頼完了のサインを持って。いくらなんでも早すぎると思い話を聞いたのですが、元々仕事なんてありませんでした。村の人達はギルドが潰れないようにとワザとカラの依頼を出し、掲載料を払っていたんです。自分の無力さに情けなくて……。申し訳ない気持ちでいっぱいでした。そんな私にカイルとレベッカは皆と一緒に頑張ろうと励ましてくれたんです」
村とギルドがお互いを支え合っているのだろう。
ソフィアが村の為にと躍起になるのも頷ける。
「それでも採算は取れず、このままではコット村から撤退するかもという打診を本部から受けました。そこに現れたのが、九条さんだったんです」
折角登録した冒険者がプラチナであれば、本部専属になってしまう。
それを防ぐ為、プレートの偽装に踏み切ったということか……。
それだけの理由があれば、魔が差してしまっても仕方がないのではないだろうか。
「そういうことだったんですね」
「申し訳ありませんでした……」
「いえいえ。気にしないでください。俺はのんびりとした村での生活の方が好きですから」
ソフィアに笑顔を向けると、少々ぎこちないながらも同じように笑顔を返してくれた。
「そういえば九条さん。村興しの件……、何かいい案でもあるんですか?」
「……あるといいんですけどね……」
笑顔が消えると、引きつる表情。そんなものあれば苦労はしない。
しかし、看板撤去の為にも出来るだけ早急に案を出してしまいたいのも確かだ。
ギルドへの道すがら、武器屋の親父が何やら軒先で作業している姿が目に入る。
「こんにちは親父さん」
「おっ、ソフィアちゃんいらっしゃい。プラチナの坊主も一緒か」
武器屋の親父は俺より年上だ。五十歳前後といったところだろうか。
親父から見れば当然俺は年下だから、子供という意味で坊主と呼んでいるのだろうが、元の世界では寺の住職の息子、いわゆる本当の坊主だった。
なので、違和感はそれほどないのだが、坊主の前に『プラチナの』を付けると、若干ダサいから止めていただきたい。
「何かの修理ですか?」
丁度作業を終えたようで、踏み台から降りた親父は自慢げにそれを指さした。
「コレだよコレ」
それは剣と槍が交差している装飾が施されている武器屋の看板。……の下に付けられた新たな看板のこと。
『プラチナプレート冒険者御用達の店』
「思いっきり嘘じゃねーか!」
俺の悲痛な訴えに親父は一瞬驚いたようにも見えたが、まったく気にしてはいない様子。
「いやいや、ウチのハンマー買ったじゃねぇか」
「確かに買いましたが、あれは俺が壊したから弁償の意味で買い取っただけでしょ。壊れてなければ買ってませんよ」
「結果買ったんだから一緒だ。こまけぇこたぁ気にすんな! ガハハ」
そもそも御用達と言うほど通っていない。大雑把というか適当というか……。
田舎のおおらかな雰囲気は嫌いではないのだが、それとこれとは別である。
ここで強く言っておかなければ、いずれ同じようなことを繰り返すかもしれないと抗議の声を上げようとしたその時だ。
隣の店の扉が開くと、出て来たのは防具屋のせがれ。小脇に抱えているのは木製の板。それには武器屋の新しい看板とまったく同じことが書いてあった。
防具屋のせがれが俺達に気が付き目が合うと、持っていた看板を後ろ手に回しヘラヘラと笑う。
本当に仲が悪いのかと疑うレベルである。
「今更隠しても遅いわ!」
溜息しか出ない……。もし俺が引き抜かれてこの村を出て行く事になったら、その看板は無意味な物になると言うのに……。
落胆している俺の心を癒してくれるかのように撫でる僅かな風。
ソフィアの髪が靡くと同時に、それが運んで来たのは村にはめずらしい喧騒であった。
カイルと見張りの仕事を任されていた冒険者。それを相手に、同じ鎧を着たガタイの良い二人組の男性が、ギルドの前で言い争っていたのである。