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 急ぎギルドに向かいたい気持ちとは裏腹に、その足取りは重い。

 ギルドに近づくにつれて、少しずつその内容が明らかになっていったからである。


「……です! ……言ってるじゃないですか! 許可がなければ面会は出来ません! お引き取り下さい!」


 カイルが痺れを切らし大声で捲し立てる。

 許可という単語と面会という単語が聞き取れ、憂慮していたことが起こってしまったのだろうと推測した。

 どうやら風が運んで来たのは、癒しとは真逆の凶兆である。


「どうかしましたかー?」


 ソフィアの声で揉めていた者達がこちらに気付くと、俺を見たカイルの表情で確信した。

 驚きと焦りの合わさったような表情。十中八九、俺のことだ。


「なんだお前は?」


 不躾に睨んできたのは、白いライトアーマーに身を包んだ二十前後の男性。腰には立派なロングソードがぶらさがっている。

 中肉中背。短髪で顔立ちは悪くないが騎士としてはまだ若い。その表情から機嫌が悪そうなことは読み取れる。


「私はこの村のギルド支部長を務めております、ソフィアと申します」


「……え? 嘘だろ? 支部長なのにカッパーなのか?」


 明らかにバカにした口調。どこの誰かは知らないが、それだけで格が知れるというものだ。

 いくら上等な鎧や武器を持っていようが、中身がそれに伴っていない。

 しかし、ソフィアはそれに動じる事なく相手の目をまっすぐ見つめ、言い返す。


「ええ、そうです。それが何か問題でしょうか?」


 それを聞いて、つまらなそうに舌打ちをする男性は顔を強張らせる。


「まあ待て。別にケンカをしに来たわけではない」


 そう言って前に出て来たのは、もう一人の同じ鎧を着た中年の男性だ。

 先程の男より背が高く、落ち着いた雰囲気を漂わせる騎士。短髪で口ひげを蓄えたダンディなおじさまという感じ。

 佇まいだけを見れば こちらの方が話は通じそうだが、はたして……。


「ギルドの支部長なら話は早い。この村にプラチナプレートの九条という冒険者がいるはずだ。案内してくれ」


 俺を前にしてそれを口にするということは、顔は知らないのだろう。


「だからさっきからダメだと言っているだろう? 領主様の許可証がなければダメなんだ」


 半ば呆れたように説明するカイル。それでも相手は聞く耳を持たない。


「お前には聞いてない。……で、お嬢さんはどうなんだ?」


「申し訳ありませんがカイルの言う通りです。会いたければ許可証を持参して来て下さい」


「ふむ……わかっていないようだが、私達はアルバート様の使いで来ている。領主の許可など必要ない。こんな田舎の村とて優先順位くらいわかるだろう?」


 口ひげの男は目を細めソフィアを見下し、横柄な態度で更に一歩前へ踏み出す。


「――ッ!?」


 その言葉に驚きを隠せなかった皆が絶句しているのだが、俺にはそれが誰なのかわからなかった。

 男はそれを見て気分が良くなったのか、鼻で笑うと更に追い打ちをかけた。


「アルバート様と九条は旧知の仲なのだ。アルバート様の言伝を伝えるだけ。知り合いなら許可証はいらぬだろう?」


 反射的にカイルとソフィアが俺の顔を見た。

 よく考えれば嘘だとわかるのだが、俺ならばその可能性もあるのではと推察してしまったのだろう。

 その様子を見ていた男が、察してしまうのも頷ける。


「ん? ……もしや、お前が九条なのか?」


「いえいえ、違います。……弟子です! 九条さんの!」


 苦しい言い訳だと自分でも思う。しかし、咄嗟に思いついたのがこれしかなかった。

 それに疑いの目を向けられるのも無理もない。


「……お前、名は?」


 偽名を名乗ればいいのだが、いきなりで思いつかない。八条……いや、六条にするべきか……。そもそも和名はおかしいか?

 悩む俺を見かねて、即座に声を上げたのはカイル。その応答速度は不自然には見えぬほど。


「ハカだよ……」


「……墓?」


「墓じゃねぇよ。ハカだ。……お前も何か言ってやれよハカ。らしくねぇじゃねぇか」


「あ、ああ……」


 カイルに肩を叩かれ、それに相槌を打つのがやっとだった。


「コイツは村付き冒険者のハカ・イーシンってんだ。九条の弟子で結構強いんだぜ? お前もブッ飛ばされないよう気を付けるんだな」


 得意げな表情でどこか相手をバカにしたような素振りを見せるカイル。

 ビックリするほどの対応力だ。俺の自己紹介も自然にこなし、軽く挑発することで名前の方に意識を向けさせないその手際は、見事と言う他ない。

 この時ばかりは、カイルの悪知恵に感謝せねばならないと思ったほど。


「そ、そうです。 気軽にハカと呼んで下さい」


 握手を求める手が握られる事はなく、返ってきたのは舌打ちだけ。

 当然だが基本プレートは首に掛けておくものだ。ゴールドやプラチナなら尚更、それだけで誰もが一目置くだろう。

 普通は隠すという選択肢はない。だからこそ俺の疑いは晴れた。


「まあいい。九条の弟子ならわかるだろう。アルバート様からの言伝がある。さっさと九条の元へ案内しろ」


「すみません。師匠は現在ダンジョンに籠っていまして……。言伝なら自分が師匠に伝えておきましょうか?」


「それはならん。機密にも関わることだ。直接が望ましい。……で、九条は何時頃戻って来る?」


「さあ? 一週間の時もあれば一ヵ月ほど掛かる事もありますので、正確にはちょっと……」


「なんだと!? ならば呼んで来い!」


「それは構いませんが、往復で四日ほどかかりますので、しばらくお待ちいただくことになりますが……」


 中年の騎士から出る盛大な舌打ち。その苛立ちを隠そうともしない。

 王都からこの村までは四日。そこから更に四日も待たされる。苛立って当然だ。


「……仕方ない。では、四日だけ待ってやる」


 その言葉に若干の心の余裕が出来た。ひとまずは時間を稼げる。

 最悪正体をばらして交渉すればいいのだが、村に迷惑を掛けない形で断る自信が俺にはなかった。


「よろしければ、ギルドの方で宿をお取りしましょうか?」


「いらんわ! こんな村の安宿に泊まるくらいなら自分達のテントの方がマシだ! 村の外にテントを張る。そこで待つ!」


 ソフィアの気遣いに憤慨した男達はそれだけ言うと、馬を引き村を出て行った。



「「はぁ……」」


 男達が見えなくなると、皆が一斉に溜息をつく。


「九条さんの言っていた意味が分かった気がします……」


「他の奴等は、何も言わずに帰ってくれてたんだけどなぁ」


 今までとは違い、話の通じない連中相手にうんざりしたのだろう。

 カイルとソフィア、それと警備を任されていた冒険者の表情には、疲労の色が滲み出ていた。


「じゃあ警備に戻りますね。また何かあれば呼んで下さい。……出来れば勘弁してもらいたいですけどね……ははは」


 苦笑いを浮かべ警備任務へと戻って行く冒険者。余計な仕事が増えたと愚痴をこぼさないだけありがたい。


「で? これからどうするんだ九条? 誤魔化したってことは引き抜きには応じる気はないんだろ?」


「もちろんだ。というかアルバートって誰だ?」


「「はぁ!?」」


 カイルもソフィアも驚きを隠せないといった様子。

 カイルに至っては「嘘だろお前」とでもいいたげな目で俺を見る。


「お前、第四王女のことは知ってるクセに、第一王子は知らねーのか!?」


「ああ、第一王子の名前がアルバートって言うのか」


「マジかよ……」


 まあ、その驚きもわからなくもない。俺は一般人とは逆なのだ。

 名前は知っているが顔は知らないというのが殆どだろうが、俺はスケルトンロードに身を移し|曝涼《ばくりょう》式典に乗り込んだ際に拝見している。

 護衛を除いて王に一番近い位置にいた男。周りの貴族達より数段豪華な衣装に身を包んでいたし、何より多くの護衛に守られていた。

 恐らく奴がアルバートなのだろう。


「第一王子の引き抜きだからって受けるって事はないよな? な?」


 カイルが急に弱気になったかと思うと、俺の両肩を掴みガクガクと揺らす。

 相手は王族であり、第四王女より権力は上だ。

 アルバートが第一王子なのだと知り、俺の決意が揺らいでしまうかもしれないと懸念しているのだろう。


「急になんだ。気持ち悪いから止めてくれ。どんなことがあろうと俺は第一王子の派閥に入ることはない」


 口ではそう言っているものの、本当かどうかは本人にしかわからないのも事実。

 カイルとソフィアは未だ危惧しているといった感じだが、気休めにはなっただろう。

 それよりも、まずは王子の使いだと言う二人をどうするかだ……。

 村興しのアイデアも出さねばならぬと言うのに、余計な面倒を増やされ億劫である。


「とにかく九条。何か協力出来る事があったら言ってくれ! 村の為なら何でもするぜ!」


 カイルの言葉に力強く頷くソフィア。俺はそれを見てニヤリとほくそ笑む。


「よし。じゃあ早速で悪いが、こういうのはどうだ?」


 そして俺の指導のもと、村を挙げての悪だくみが幕を開けた。

死霊術師の生臭坊主は異世界でもスローライフを送りたい。

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