金襴と茉莉花は声がした斜め後ろへと顔を向けると、そこに立っていたのは一人の新造だった。
金襴と同じ濃い紫色を基調とした着物を着た少女に、茉莉花はあっと声をあげる。
「大和!?」
大和と呼ばれた少女は茉莉花にぺこりと頭を下げた。
大和は金襴付きの新造で、金襴が夏蝶の次に気にかけている子である。
大和は永武に向き直ると、袖を捲り腕を前に突き出した。陶器のように白い腕には三本の切り傷が刻まれ、その傷口から赤い血が滲んでいる。
「野良猫に餌をあげていたら引っ掻かれました」
「おやおや、それはいけないね。こちらへいらっしゃい。手当をしてあげよう」
先程の低い声はどこへ行ったのか、永武の声は柔らかく穏やかなものへと変わる。自分たちとは全然違う態度に気味の悪さを感じ、茉莉花は身震いした。
永武は大和に部屋に入るよう小さく手招きをしているが、大和はその場から一歩も動かず、大和の淡い桃色の瞳はじっと永武を見つめている。
「どうしたんだい?」
身体はまるで糸の切れた人形のように動かず、部屋に入ろうとしない大和に永武は不思議そうに尋ねた。
「新しい薬草を仕入れたそうですね」
大和の突飛な言葉に永武の顔がひくりと引きつった。
「傷薬として使うと聞きました。私も医学には興味があるんです。その薬草を使って傷薬を作りたいので、少しばかり貰っていきますね」
大和は懐から小袋を取り出すと、医務室の中に入り引きつり面の永武の手に小袋を握らせた。戸惑う永武を他所に、大和は手早く傷薬に使う材料を手に取り医務室を出た。
「その小袋に入ってる金の分だけいただきました。これはもう私が買い取ったものなので、私の好きに使わせていただきますね」
では。と、大和は永武にお辞儀をすると、手に持っていた薬草の材料を懐に入れ、金襴に抱かれている夏蝶を代わりに抱こうと手を伸ばす。
夏蝶も金襴から大和に移ろうと大和の方へ向いた瞬間、夏蝶の身体がピタリと動きを止めた。
薄暗い廊下の奥。誰かがこちらへ歩いてきている。その足音と気配は一人や二人などではなく、複数人のもの。ぼんやりと浮かぶ人影は、五人以上は確認出来る。
その中でも、二番目に背の高い人影は、薄暗い場所にもかかわらず、その存在感が際立っていた。
薄暗い廊下に光る、赤と黄の瞳。今を盛りと咲く椿のような瞳。
「…椿妃太夫」
茉莉花が恐れを為したように呟いた。