薄暗い廊下から現れたのは椿妃と遊女屋の旦那と女将、そして椿妃、金襴、茉莉花の禿と新造たちだった。
椿妃を筆頭に、両脇に旦那と女将、その後ろには椿妃の新造と禿が控え、さらにその後ろには金襴と茉莉花の禿と新造が控えている。
大人三人の影に隠れよく見えないが、見える範囲だけでも禿と新造の顔には殴られたような跡が残り、着物も乱れ、表情には影が落とされていた。
金襴と茉莉花は少女たちの姿に嫌な予感を覚え、顔に冷や汗を流す。
「金襴、茉莉花」
しわがれた老婆の声に名を呼ばれた二人は、椿妃から目線を外し、椿妃の右隣に立っている老婆へと目線を向ける。
「邪魔だ。そこをどきな」
手で追い払うような仕草をする老婆、基、女将に、金襴と茉莉花は素直にその場から離れた。
女将に逆らっていいことなんてない。この遊女屋では女将が絶対君主であり、ほんの少しのことでも女将に逆らえば数日は日の目を見ることは出来ない。最悪の場合、もう二度と日の目を見ることだって出来なくされる。
女将は椿妃を見上げると、椿妃は女将に軽く会釈をすると十人超えの禿と新造たちを引連れ医務室の中へと入って行く。
「永武、この馬鹿共見てやりな」
「……女将、これは…」
「見て分からんのかい。殴り合いだよ、殴り合い」
「椿妃のところと金襴、茉莉花のところの禿が喧嘩して、茉莉花のところの禿が椿妃のところの禿を殴ったんだ。そこからこの有様さ」
女将の言葉に説明を付け加えるように話の輪に入ったのは、遊女屋の旦那だった。旦那は手に持っていた煙管に口を付け、呆れたように吸った煙を吐き出す。
「で、大和」
「…はい、旦那様」
「お前も怪我をしていること、お前が医学に興味があることに免じて、今回のその巫山戯は不問にしてやる。が、次は無いぞ」
「…旦那様の寛大なお心に、感謝致します」
大和は旦那に深々と頭を下げると、今度こそ夏蝶に手を伸ばす。
「金襴、茉莉花。お前たちは話がある。ここに残れ」
「はい」
「はい、旦那様」
金襴は大和に夏蝶を預けると、茉莉花と共に医務室の中へと入っていった。
大和も夏蝶に「私たちも行こうか」と声をかける。が、夏蝶からの返答はなかった。頷くこともしない夏蝶に大和が声をかけようとした時、夏蝶の口からある言葉が零れる。
「お母さん──…」
刹那、夏蝶と大和の身体がわずかに浮いた。
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