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私は、イルドラ殿下とともに最寄りの森に来ていた。
その森の中には、泉がある。そこは静かで涼しく、過ごしやすい場所だ。ここに来ると、いつも心が落ち着く。
「……綺麗な場所だな」
「そうでしょう? 私のお気に入りの場所なんです」
「だが、危険がない所という訳でもないだろう? 森の中には、どんな獣がいるかもわからないぞ?」
「大丈夫ですよ。この辺りには獣も滅多に近づきませんから」
ここは、私が子供の頃からよく来ていた場所だ。
もちろん、森の中ということもあって、危険だと言われたこともある。
ただ、いつも無理を言ってでも、時に無理をしてでもここに来ていた。それくらい、私にとっては来たい場所なのである。
「それに、獣を寄り付かせないための準備はしますから問題ありません」
「それは……木か?」
「ええ、これで火を起こします」
「なんだって?」
私はてきぱきと準備を進めて、火を起こしていく。
こういうことをするのは結構久し振りなのだが、体が覚えてくれている。私は無事に、火を起こすことができた。
「リルティア嬢、あなたは意外と野性的だったんだな?」
「野性的、そうでしょうか?」
「ああいや、悪い意味ではないんだ。今のあなたを、俺は格好いいと思っている……いや、これは褒め言葉にはならないのだろうか?」
「いいえ、そんなことはありませんよ。そう言ってもらえて嬉しく思います」
私は、焚火を挟んでイルドラ殿下と腰掛けた。
この火があれば、まずここには獣は近づいてこない。そもそも、この辺りには狂暴な獣なんていないとは思うが、念のためだ。
「小さな頃から、こういったことはしていたのか?」
「ええ、まあ、サバイバルとかそういったものに、少し憧れがあって……」
「意外とやんちゃだったんだな」
「そうかもしれません。両親やお兄様のことを、困らせることもありました」
私は、イルドラ殿下の言葉にゆっくりと頷いた。
昔の私は、今と比べるとかなりやんちゃだったといえるだろう。
そういった気持ちは、いつしか忘れてしまっていた。ここに来なくなったのは、いつの頃だっただろうか。その頃から、今の私はできたといえる。
ただ、だからといって昔の私を忘れた訳ではない。こうやってここに来て、それがわかった。
「イルドラ殿下は、どうだったのですか?」
「俺?」
「ええ、私はイルドラ殿下の話が聞きたいです」
私は、イルドラ殿下をじっと見つめた。
すると彼は、笑みを返してくれる。それは話してくれるということだろう。
「俺は今と、そこまで変わらない子供だったと思う」
「……そうなのですか?」
「ああ、というか、兄弟達皆そうさ……いや、兄上は違ったな。少なくとも昔は、純粋な人間だったと思うんだが」
イルドラ殿下は、少し自信なさそうに呟いていた。
アヴェルド殿下は、なんだかんだ言って父親や兄弟達を欺いていた人だ。子供の頃から、色々と隠していたという可能性も、あるかもしれない。
とはいえ、流石に子供の頃からあんな人間だったということは、ないのではないだろうか。人には誰しも、純粋な頃があったはずだ。
「リルティア嬢のことを野性的なんて言ってしまったが、俺も結構やんちゃだったといえるな。兄弟の中では問題児だったといえるだろう。兄上は真面目な子供だった。ウォーランもそうだ。エルヴァンなんかも物心ついた頃から本の虫だった。その頃は絵本だったがな」
「そうでしたか……」
兄弟のことを語るイルドラ殿下は、なんというか楽しそうだった。
それは、アヴェルド殿下のことを語っていても変わらない。純粋だった頃は、本当に仲が良い兄弟だったということだろうか。
それが既に戻って来ない過去であるということは、悲しい事実である。とはいえ、それは仕方ないことだ。年月がアヴェルド殿下を変えてしまったのだから。
「まあ、俺も父上や母上には怒られていたな。今ではもちろん落ち着いているからそういうことはなくなかったが、なんだか懐かしいな」
「イルドラ殿下は、怒られたいのですか?」
「いや、そういう訳ではないさ。というか、これから父上には怒られることになるだろうな。次期国王として、色々と叩き込まれそうだ」
イルドラ殿下は、苦笑いを浮かべていた。
これから起こることは、決して望ましいことではないのだろう。それは当たり前だ。誰だって、怒られたくはない。
しかし彼は、既に覚悟を決めている。もう迷いなどはないだろう。
それは私も同じだ。王妃として、彼の隣に並び立てる。そういう人にならなければならない。
「私も、王妃様から色々と教えてもらう必要はありますね」
「言っておくが、母上も厳しい人だぞ?」
「それは怖いですね」
「まあ、いざとなったら、お互いに傷を舐め合うとしよう」
「ふふ、そうしましょうか」
私とイルドラ殿下は、そこで笑い合った。
こうやって和やかな時間を過ごせることが、なんだか幸せだ。その幸せとは、一体どういうものなのだろうか。
それを私は、改めて考えていた。ラフェシア様が言っていたこと、それはきっと合っていたのだろう。私は次期国王に相応しいというだけで、イルドラ殿下を相手に決めた訳ではないのかもしれない。
「……イルドラ殿下、私はあなたと婚約できて良かったと思っています」
「……どうしたんだ? 藪から棒に?」
少し悩んでいた私は、イルドラ殿下に対して素直な言葉を口にしていた。
それに対して、彼は驚いている。いきなりこんなことを言われるとは、思っていなかったということだろう。
ただ唐突なのは、この際仕方ないことである。これはきちんと、伝えておかなければならないことだ。なるべく早く、言っておいた方がいい。今言わなければ、きっと言えなくなってしまう。
「私がイルドラ殿下を選んだのは、ただ王位に相応しいと思っただけではないということです」
「それは……」
「私はきっと、もっと単純明快な……」
「リルティア嬢、待ってくれ」
私の言葉を、イルドラ殿下は少し強引に止めてきた。
それに私は、少し面食らってしまう。もしかして私が言おうとしていることは、イルドラ殿下にとって不都合なことなのだろうか。
それは中々に、ショックなことだ。とはいえ、仕方ないことだともいえる。いくら婚約しているからといって、そこに恋愛関係のあれこれを持ち込みたくはないのかもしれないのだから。
「そこから先は、俺から言わせてくれ」
「え?」
「こういう時くらいは、格好つけたいものだからな。情けない話ではあるが……」
「それは……」
イルドラ殿下の言葉によって、私はラフェシア様が言っていたことを理解することになった。
本人も言っている通り、それは格好いいことではないだろう。ただ私は、そんな様子も愛おしく思えていた。
私は思わず、笑ってしまっていた。自分でも思っていた以上に、私という人間は単純明快であるのかもしれない。
「リルティア嬢、俺もあなたと気持ちは同じだ。あなたと婚約できて良かったと思っている。俺はあなたのことを……愛しているからな」
イルドラ殿下は、私の目を真っ直ぐに見つめて言葉をかけてくれた。
それは私にとって、とても嬉しい言葉だった。同時に私から言おうとしていたことでもある。
「……そのように思って、くださっていたのですね?」
「ああ、いつからだろうな。それは正直、よくわかっていないんだ。ただ、あなたに俺は惹かれていた。もう少し早く、気付ければ良かったんだがな」
「いいえ、こうして伝えてもらえて良かったと思っています。私もイルドラ殿下のことを愛していますから」
「ありがとう、リルティア嬢」
私とイルドラ殿下は、森の泉の傍でゆっくりと笑い合う。
それから私達は、しばらくそこで時間を過ごした。それは和やかで心地良い時間だった。
これからも私達は、二人で前へと進んで行く。それが険しい道であっても、きっと大丈夫だ。彼となら未来が切り開けると、私は信じている。