胸に手を当てると、自分の鼓動がダイレクトに伝わってくる。早鐘を打つリズムを刻む心臓に、樹の不安は増大する。
「ハァ…」
ため息をつくと、視線が足元に下がる。新しい車いすに座った自分の足を見つめる。
樹やメンバーのみんなは、セットの舞台裏にスタンバイしていた。音楽番組にSixTONES6人で出演するのは、復帰後初だ。
明らかにテンションの低い樹を見て、努めて明るく声を掛ける。
大我「樹、緊張してんな?」
北斗「大丈夫だって」
ジェシー「楽しみだったんでしょ? なら楽しむしかないじゃん!」
樹「…うん、そうだね…」
高地「絶対大丈夫。樹なら大丈夫」
優しく背中を撫でる高地。
「ずっとステージに戻りたくて、頑張ってたんでしょ。その努力、全部出しな」
樹「でも……、もし、失敗したら」
そう弱気になるのにも、訳があった。リハーサルで通したとき、どうにもターンのあとの動きが一拍ほど遅れてしまうのだ。
再びぶち当たった壁に、樹は以前より気勢をそがれていた。
ターンで一回転し、手でタイヤを止め、それから手の振り、というのが、早いリズムに合わせるのが難しい。
ブランクが長かったから思い通りに身体が動かない、と嘆く樹に対し、みんなは「樹のパートじゃないから、多分カメラには抜かれない」「最初だからしょうがない」と言ってきたのだが、樹は聞かなかった。完璧にしたい、の一点張りだった。
「この世界、『しょうがない』じゃ済まないんだよ。それに、俺、障がい者だからって下に見られたくない。いつも通りにできて当たり前にしないとダメなんだって」
その言い分もわからないこともないが、なんとかたしなめようとしていた。
慎太郎「そんな、樹のこと下に見るやつなんていないよ。温かく“おかえり”って迎えてくれるはず」
樹はそっと慎太郎を見上げる。「うん…」
高地「ねえ樹、なんであのとき隠してたの?」
突然、高地が質問を投げかける。
樹「え?」
ジェシー「あのとき?」
高地「リハとか、ライブ前。目を押さえてたでしょ。俺ら知ってるよ? 運ばれたあと、医師の人が低血圧って言ってたこと。めまいがしたんでしょ? どうして言ってくれなかったの?」
樹「…みんなに言ったの?」
北斗「うん。樹のことだから、心配かけたくなくて自分からは言わなかったと思ってるけど」
ふふ、と樹は自虐的な笑みを見せる。
「そう…かな。結局はそうなるかな。俺のせいでみんなのライブを止めたくなかった」
高地「でも樹が言わなかったことで、事故が起きちゃった…。俺は思うよ。樹だけがあんな悲しみを浴びなくてもよかったんじゃないかって。樹が言ってれば、ライブも止めれたし、落ちてなかったかもしれない。俺らも一緒に立ち止まることができた」
樹「じゃあ、結局俺の自業自得ってことか」
高地「違う、違うよ樹」
樹の自傷するような言動を止めようと、首を振る高地。
樹「俺のせいで、みんなの音楽の場を奪いたくなかったし、俺も絶対にやりたかった。だって、Show must go onじゃない」
それはみんなも、何度も教えられていた言葉だった。
慎太郎「そんなこと言ったって…」
ジェシー「体調が悪かったら、しょうがないよ?」
と、大我が樹の正面に回り込み、しゃがんだ。ちょうど目線が同じ高さになる。
樹「…きょも?」
大我「お前、音楽好きなんだろ? 歌、好きなんだろ?」
突然の「お前」呼びと質問に、いささか困惑する。「え…うん」
大我「それじゃダメだ。もっと自信持って言え」
樹「うん。きょもに負けないくらい好き。ラップも」
大我「だよな。ここにいる6人、みんな音楽好きなの知ってるだろ?」
樹「もちろん」
大きく頷いた。
大我「Show must go on。その強さももちろん大事。でも楽しむことも大事だと思う。倒れたときのライブ、樹は楽しかった?」
樹「それは…」
樹の目が泳いだ。「ちょっと不安があった…。やり抜けるかって」
大我「それじゃあ良い音楽は作れないでしょ? 音を楽しむ。そう書いて、音楽だよ」
大我はニッコリと笑った。一方の樹は、大我を見つめたまま固まっている。
ジェシー「6つの音って書いて、SixTONESだしね」
慎太郎「今しかできないパフォーマンスを楽しめ!」
バン、と強く樹の背中を叩く。「うへぇ! いって、おい背中折れるって!……もう折れたか」
高地「はは、そうだったな」
慎太郎「ごめんごめーん」
北斗「今できる最大限を出せばいい。な、楽しんだもん勝ちだぞ」
樹「…そうだね、そうだよね。楽しんだもん勝ち!」
満面の笑みを浮かべた。
「マジで記憶ない。俺、生きてた?」
パフォーマンスが終わったあと、樹は興奮した様子で話していた。
北斗「んなわけねーだろ。なんか覚えてるだろ」
慎太郎「いや、喋れてるってことは生きてるでしょ」
樹「ほんとに覚えてない! めっちゃ早く終わったなーって。え、音外してなかった?」
ジェシー「いやー。みんないつも通りに上手かったよ」
大我「まあ、夢中になりすぎて忘れちゃうことあるよね」
樹「うん、きっとそういうことだ。でも、多分楽しかったと思う」
高地「そっか、なら良かったじゃん!」
樹「そうだね。まあ、復帰後初のステージは成功ってことで」
大我「うん。大成功!」
すると、スタッフも6人のもとに駆けよってきた。
「いやあ、良かったですよ! 田中さん、ちゃんとできてました」
「最高にかっこよかったです」
樹「ありがとうございます」
「この車いす、やっぱいいですね。すごく合ってます」
樹「嬉しいです!」
スタッフも喜んでいる。
樹「……みんな」
ふと、静かで、かつどこか楽しげな声が響く。呼ばれた5人は、樹のほうを見、次の言葉を待った。
北斗「なに?」
樹「やっぱり音楽って、ほんと楽しいよね」
明るくそう告げた。
それに対し、5人は、ただ笑って頷いた。それだけで、分かち合えた。十分だった。
樹の目は、あの時の人生の終わりを見たかのような暗黒の瞳ではなく、以前のような、いや以前より輝きの増した瞳だった。
その瞳の光は、みんなの眩しい笑顔を受けて、キラキラと6色に煌めいていた――。
終わり