この作品は、ゆさんの「わんちゃんのお世話」(nasm)という作品の続編です。
ゆさんの作品を読んでからの読むことをお勧めします。というかゆさんの作品がとても素晴らしいので絶対に読んでください。
【Side Nakamu】
夢を見た。
自分の住む街が、怪獣によってぐちゃぐちゃにされる夢。途中自分も踏み潰された気がするけど、不思議と恐怖は感じなかった気がする。すごく特撮みたいな夢だったけど、悪くなかったんじゃないか。
起きたら、そこはもういつものベッドの上。
まどろんだままスマイルに手を伸ばしたが、その手は空を切った。
飛び起きて横を見ると、そこには昨日スマイルに着せた服だけが乱雑に落ちている。
彼の姿は、跡形もなく消え___
「わふっ!!うぉん!!うぉん!!」
突然、白くて丸いものが視界に飛び込んできた。「それ」は俺に乗っかって、ざらざらした舌で俺の顔を躊躇なく舐めてくる。
恐る恐る目を開くと、そこには一匹の犬がいた。
白くてふさふさの毛。ぴんと張った三角形の耳。ぱたぱたと振られるもふもふのしっぽ。どれも見覚えがあるものだった。
「もしかして、スマイル……?」
「わん!!」
やっと気づいてくれた、と言わんばかりの元気な返事。犬が高い位置で尻尾を振るのは喜んでいる証なはずだ。
これは紛れもなく犬で、多分スマイルだ。昨日まで辛うじて人間の姿をしていた彼の面影はもうどこにもなかった。
「ちょっとちょっと!一回離してよ!」
「うぉぅ……」
無理矢理スマイルを引っ剥がすと、ちょっぴり悲しそうな顔をしてはいるが大人しくもなった。
「本当に、犬になっちゃったの?」
俺の呼びかけに、スマイルは首を傾げる。きっと言葉の意味もあまりわかっていないのだろう。
とりあえず起き上がり、トイレを済ませ洗面所へ向かう。
当たり前のようにスマイルはついて来るし、トイレの中まで入って来ようとする。流石にやめてくれ。
手早く顔だけ洗いリビングに向かうと、閉めたはずの扉が開いていた。
まさかと思い中を覗くと、そこには想像以上に悲惨な光景が広がっていた。
よれたカーペット。
ひっくり返ったゴミ箱。
本棚から引きずり出された本。
引っこ抜かれた、枯れかけの観葉植物。
倒れて中身のこぼれたオキニのタンブラー。
綿が溢れ、見るも無惨なクッション。
箱から全部出された無数のティッシュペーパー。
極めつけに、ソファーの足元には水たまりができていた。
踏んだり蹴ったりとは多分こういう事を言う。こんな現実から目を逸らしてしまいたくて仕方がない。なんて事してくれたんだ。ぐっちゃぐちゃじゃないか。夢ならばどれほどよかったでしょう。しかしこれは現実。
足元のわんこを見ると、清々しい顔をしている。私はやっていませんというアピールなのだろうか。まぁバレバレだけど。
「はぁ……」
しつけをしていない犬だから仕方がないのかもしれない。しかしこいつは昨日まで人間だった。人間としての矜持はないのか。そこん所はどうなんでしょう。ねぇスマイルさん。
何から手を付けていいかわからない。着替えたいし、部屋の片付けもしたいし、犬のお世話用品も買いに行きたい。かといってスマイルから目を離したくはない。
一人じゃ無理だ。そう悟った俺は、寝室へスマホを取りに戻った。
勿論スマイルも一緒についてくる。どこまでついてくるんだこの犬。
スマホを開き、連絡先をタップする。
数回のコール音のうち、彼が出た。
「もしもしきんとき」
『んん……おはようNakamu』
彼は寝起きなのか、かなり緩い声をしている。起こしてしまったことに、多少の罪悪感を感じた。
「落ち着いて聞いて」
「スマイルが犬になった」
『……は?』
「ほら、昨日耳とか生えてたじゃん」「朝起きたらもう完全に犬だった」
『は?マジで言ってんの?』
正に寝耳に水ってやつだ。
先ほどとは一転、きんときの声はかなり動揺しているのが伝わる。
「マジ」
「ほらスマイル、きんときにおはようして」
「わふ!」
俺がスマホをスマイルに向けると、スマイルは元気に返事をした。コイツ媚び方は分かってんじゃないか。
『ヤバ…めっちゃ犬なんだけど』
「そういうわけだからさ、ドッグフードとペットシーツとキャリーハウス、あと掃除道具も買って家まで来てくんない?」
『え、俺が?』
「そう、宜しくね〜」
『えちょっとま』
プツッ
彼に文句を言わせる前に電話を切る。きっと彼は大荷物でこの家に現れるのだろう。
「さ、スマイル」
「これからきんときお兄さんがご飯を持ってきてくれます」
「それまで何したいですか?」
「?」
俺の言っている意味がわからない、という風にスマイルはこちらを見つめる。
「わかんないよねぇ」
俺は諦めてもう一度ベッドに寝転んだ。勿論スマイルも寝転んだ。
犬について色々調べてみる。
サイズ的に、スマイルは中型犬といったところだろうか。年齢は、犬換算で2歳半ぐらい。犬種はよくわからなかった。雑種とかかな。
彼はこれから、二度と人間に戻らないのだろうか。ふと、淋しい気分になる。俺の友人は、もういないのだろうか。もう、6人で遊ぶことはできないのだろうか。
すると、スマイルが上から覗き込んできた。べろりと頬を舐められる。意外と悪くない感覚だ。いやちょっとキモいか。
口で服を引っ張り、俺のことを起こそうとしてくる。
「あーもう、お前はほんっとうにかわいいなー!」
起き上がってからスマイルをごろりと押し倒し、お腹や耳のあたりをわしゃわしゃと撫でる。
「きゃん!!きゃんきゃん!!」
お腹を見せるのは信頼している証___それだけでなんだかちょっぴり嬉しい。動物の持つパワーとはなんと不思議なのだろう。こうやって愛でてるだけで幸せになれるのだから。
スマイルは、目を細め嬉しそうに笑っていた。
「お手!」
試しに、右手をスマイルに差し出してみた。スマイルはそれを不思議そうに眺める。
「」
がぶり
「痛ってぇ!」
そして、俺の右手を噛んだ。血は出ていなかったが、まぁまぁ痛い。
「スマイル、ダメ」
「くぅーん……」
俺が叱ると一気にしょげるスマイルが面白くって、思わず笑ってしまう。
もしかしたら、俺が悲しんでるのを分かって笑わそうとしてくれたのかもしれない。
そうだ、感傷に浸っている場合ではない。まだまだやることはたくさんある。その内きんときも来る筈だ。スマイルに飯をやって、部屋の掃除をしよう。もちろんきんときも一緒に。
他のメンバーにも伝えなきゃいけない。きっとみんな面白い反応をしてくれるだろう。
そしたら病院に連れて行こう。本当のことは言わずに、拾ったとでも言っておけばきっと大丈夫。
この犬のしつけもしないと。きっと賢い犬だ。すぐに覚えてくれるはず。
戻る保証はないけど、戻らない保証もない。些か不謹慎かもしれないけど、犬のスマイルだって面白いじゃないか。ふわふわで、素直で、感情表現が激しい。まるで子供のようにずっと着いてくる。最っ高に可愛いと思わない?
お前は犬になっちゃったけど、俺ならお前を守れるよ。
俺が一生世話してやるからさ。
ピンポーン
チャイムが鳴り、俺は急いで玄関へ向かった。
まだ続きあるかも
コメント
2件

とても素敵な続編ありがとうございます…! とても楽しく読ませていただきました!!✨ 犬ならではの暴走具合が可愛くて仕方ありません…💕 そして実は🐼も犬🙂を可愛がってて本当に最高です…😭🙏 まだまだつづきが読めるのですか!? すごく楽しみに待ってます…!🥰