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地下道が続いている。緩く下る坂道は、闇へ闇へと手招いているようだ……。そんな必要はないのに、なぜか息を潜めてしまう。
奥に進むと、死人門がある。どうしてだろう。恐ろしいのに、時折神々しいものにも見える。跨ぐと、この辺りは急に腐臭が濃くなった。だいぶ慣れたが、それでもやっぱり少し吐き気がする。地下道は緩やかに登り、井戸へ続いている。
井戸の底まできた。地上へのハシゴがあるので、上っていく。
近くには開かずの扉がある。ノブのない両開きの扉。扉には、ノブがあった形跡すら見当たらない。最初からノブがなかったのかしら?それじゃ、ドアの意味がないと思うんだよね。
ここは噴水のある庭だ。見上げた空は、うっすら雲がかかっているせいか星は見えない。雲間からは時折、金色の月が顔を覗かせている。
南の扉をくぐると、回廊の入り口だ。
西の扉に行って、牢獄道へ向かう。並ぶ牢獄を一つ一つ確かめても、リズの姿はない。どこにいるの?
奥の扉へ行って通路を抜け、北の扉を入る。
ここは人柱の間。死体の柱が並んでいる。ベールを被った彼女たちは、まるで祈りを捧げているかのようだ。整然と同じポーズでくくりつけられたそれは、まさに彫刻だ。
「…………」
昨夜、リズはここにいた。気持ち悪さを押し殺して、人柱一本ずつ調べて回る。今夜は彼女の姿がない。詰めていた息を、大きく吐き出した。
リズがいないことには、がっかり。一方で死体も見当たらないことに、ホッとしていた。
昨日私が杖を持ってきた時には、もうここにいなかった。きっとお化けが来て、何とかして逃げ出したんだ。ここに来るまでだって……彼女の「体」は見なかった。だからきっと、どこか他の場所に無事でいるわ……。きゅっと口を結ぶ。捜しに行こう!
扉から出ると、二つの階段がある。地下に下り、酒樽の間に入った。腐った”何か”の臭いが充満している。樽の中が血だとして……一体何のために血なんて溜めておくんだろう?その血がどうやって調達されたのか考えそうになって、急いで頭を振った。
ここにもリズはいない。今は、彼女のことだけを考えよう。奥の通路を進む。
「!」
透かしの壁の向こう。池の対岸に、捜していた姿を見た。
「リズ!」
疲れた足取りで、ふらふらと通路に向かっている。水音に混じって、微かな呟きが聞こえる。
「レナ……どこへ行ったの……どこにいるの……置いていかないで……」
「リズ!私はここよ!リズ!!」
思わず池に飛び込んだ。水深は腰の辺りまでしかないので、溺れる心配はない。が、水は身を切るほど冷たかった。
「リズ、待って!!」
水をかき分けて進み、透かしの壁にしがみつく。
「リズってば!」
必死に隙間を探したのに、透かしの壁に切れ目はない。ここからは、向こう岸へ渡れないんだわ。
「リズ!!」
壁にしがみついたまま、もう一度叫んだ。彼女は通路の闇に、吸い込まれて消えてしまった。
「…………」
この池からは、壁があって向こう岸に渡れない。リズは向こうにいるんだもの。必ずどこからか回っていけるはずよ。その道を探さなきゃ!もう一度他の場所を調べてみよう!!
戻って酒樽の間だ。汚れた樽がぎっちりと並んでいる。悍ましい部屋だ。特に気になるところはない。
階段を二つ上って、雛鳥の間にやってきた。部屋の中央には円筒状の檻があって、隅に置かれた香炉から甘ったるい煙が立ち上がっている。頭がクラクラする。ここに用はないし、さっさと通り抜けてしまおう。
奥の扉を開けて、三階の扉をくぐる。その部屋は、がらんとしていた。舞い上がった土埃に顔を顰める。埃っぽい……。
部屋の隅には崩れかけの木箱が置かれ、何かの道具が無造作に突っ込まれていた。物置かな……。使われている部屋ではないみたい。
壁の一部には板切れが何枚も打ち付けられていて、そこから仄かな月の光が漏れている。どうやら窓を塞いでいるようだ。この忘却の間には、取り立てて何もない。がらんとした部屋だ。
入ってきた扉の右側ーー東の壁には、もう一つ扉が見える。その扉に近づいた。
ノブを引っ張ってみる。……ダメだ、鍵がかかっている。ここが開いたら、東塔へ行けそうなんだけど……。でも開かないんじゃ仕方ない。こんな頑丈そうな扉、手荒な方法でも開けられそうにない。他の道を探そう。
二階に下りると、雛鳥の間だ。檻の中にも外にも、誰もいない。四方に置かれた香炉が音もなく煙をくゆらせている。
一階の人柱の間に入る。人柱たちはただ静かに佇んでいて、部屋は暗い平穏で満たされていた。
さらに進んで、牢獄道に行く。この檻にいた罪人たちは許されたのだろうか?それとも許されることなく、この世を去ったのだろうか?いたはずのひとが今はいないって、何だか不思議……。
回廊から中庭に出て、建物を眺めた。中庭はぐるりと囲まれていて、東と西に塔が一つずつ建っている。そして、東西の塔の中間地点から少し奥に、もう一つ細くて高い塔が聳えていた。こう見る限り、だいたい左右対称の造りをしているみたい。
さっきリズを見かけた地下の池は……あの開かずの扉の下あたりにあるのかしら。それならあの扉が開けば、東棟に近づけそうな気がする。でもあの扉、開かないのよね……。ここには、他に道がないようだ。
回廊を通り、東の扉をくぐって廊下を歩む。
断罪の間の部屋の一角を仕切る柵の向こうには、ランプで照らされた木のドアが見えている。柵に設けられた内扉に近づいた。ここが開くといいんだけど!内扉を力任せに揺すってみる。けれど、扉は開かない。ダメね、鍵がかかっている。ここで行き止まりだわ……。