テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
遠くから近づいてくるサイレンの合唱は
かつて俺を絶望の淵まで追い詰めたあの忌々しい響きではなく
ただの無機質な日常の終焉を告げる事務的な音のように聞こえた。
霊園の入り口には、雪を激しく跳ね除けて数台のパトカーが急停車し、重武装の警官たちが次々と降りてくる。
彼らの吐き出す白い息が、張り詰めた空気の中に幾層もの層を作っていた。
「……黒嵜、本当にこれでいいんだな」
志摩が、これまで共に死線を越えてきた愛銃を、ゆっくりと、未練を断ち切るように雪の上に置いた。
「ああ。…あんたには、まだ守るべき家族がいる。明日を生きる理由があるはずだ。だが俺は、もう全部ここに置いてきた」
俺は拓海の墓石に背を預け、震える手で最後の一本のタバコに火をつけた。
親父のライターが、カチリと虚しく最後の一火を灯す。
冷え切った肺に流れ込む熱い煙が、俺に生を実感させる唯一の感覚だった。
「志摩!武器を捨てて両手を上げろ!」
拡声器から発せられる怒声が、静寂に包まれていた霊園を無遠慮に切り裂く。
志摩は俺を一目見ると、すべてを悟ったように小さく頷き、ゆっくりと両手を上げた。
その広い背中は、重責から解放されたのか、どこか晴れ晴れとして見えた。
警官たちが志摩を取り押さえ、残された俺に対して銃口を向けながら、雪を踏み締めて慎重に近づいてくる。
俺は身じろぎもしなかった。ただ、紫煙が朝日に溶け、透明になっていくのを静かに眺めていた。
「黒嵜和貴……貴様を、複数の殺人および組織犯罪処罰法違反の容疑で逮捕する」
一人の若い警官が、震える手で俺の右腕を掴み、冷たい鋼の手錠をかけた。
かつて新宿を震撼させた榊原組の若頭を捕まえるのが
これほどまでに頼りない若造かと思うと、皮肉な可笑しさが込み上げ、思わず笑みが漏れた。
「……大事に扱えよ。その手錠、今の俺の命よりは、よっぽど価値があるはずだからな」
俺は連行される間際、一度だけ拓海の墓を振り返った。
そこには、俺が供えた血塗られたICレコーダーと、親父のドスが、昇り始めた朝光を浴びて神々しく輝いていた。
極道の誇りも、親子という名の逃れられぬ呪いも、すべてあの場所に置いていく。
それが、あいつの隣で眠るはずだった俺ができる、せめてもの弔いだった。
パトカーの窓越しに、遠ざかっていく霊園の白い景色が見える。
すべてがリセットされたかのような、あまりにも静かな幕引き。
四方をコンクリートの壁に囲まれた、太陽の届かない「檻」の中へと舞台を移す。
だが、俺の復讐の炎が消えたわけではない。
中臣を失い、均衡が崩れた国家の闇は
さらに深く、さらに濁った深淵から、新たな「怪物」を産み落とそうとしていた。
俺は、檻の中で冷徹に牙を研ぎ直す。
再びあの街の汚れたネオンの下へ、復讐の続きを綴りに戻る、その日のために。