「ねぇ、もしさ――このまま10年後も生きてたら、何してると思う?」
放課後の屋上、今日も風が冷たい。
優羅は膝を抱えたまま、美咲の問いに答えられずにいた。
10年後。
そんな遠い未来のことなんて、考えたこともなかった。
考えたくもなかった。
「たぶん…何もしてない。どこにもいない」
「私も。死んでるかも」
ふたりとも、笑いながら言った。
まるで他人事のように。
「ねえ、優羅さん」
「なに?」
「私たちってさ、“恋人”なのかな」
その言葉に、心臓がひとつ跳ねた。
“恋人”
それは、ふたりがいちばん避けてきた言葉だった。
「……分かんない。そんなの、どうでもよくない?」
「うん、そうかも。でもね、周りの子たちってさ、好きな人ができたとか、キスしたとか、セックスしたとか……そんな話で盛り上がってるのに、私たちは」
「――手も繋がない」
「うん。でも、そのくせ、離れると死にそうになるよね」
それが、ふたりの“歪んだ愛”のかたちだった。
触れなくても、キスしなくても、身体が求めなくても。
“心”が、完全に依存していた。
「私たち、“恋人”って呼べるほど綺麗な関係じゃないよ」
「じゃあ、なんて呼ぶ?」
「……壊れかけの、同類」
「それ、好きかも」
ふたりは笑う。
だけどその笑顔は、もうどこかで“諦め”と手を繋いでいた。
その日、学校の廊下で美咲が男子と話しているのを、優羅は見てしまった。
ただ、何気ない会話だったのかもしれない。
でも、美咲は楽しそうに笑っていた。優羅の前では見せたことのない、明るい笑顔だった。
胸が、ぎゅっと潰される。
“やっぱり、私だけが壊れてるんだ”
そう思った。
放課後、屋上に美咲は現れなかった。
30分、1時間。
風だけが吹き続ける中、優羅は座ったまま動かなかった。
スマホに連絡はない。
きっと、美咲には“普通の時間”があるのだろう。
“だったら、もう終わりにした方がいいんじゃないか”
そんな考えが頭をよぎったとき――扉が開いた。
「ごめん、遅くなった」
息を切らせて、美咲が駆け寄ってきた。
「……何してたの?」
「ちょっと…先生に呼び出されてて。進路のこと」
「……そう」
優羅は、ほっとするのと同時に、自分の浅ましさに吐き気がした。
“美咲が他の誰かに笑いかけただけで壊れそうになる自分”が、気持ち悪くてたまらなかった。
「ねぇ、美咲さん。私たち、どうなりたいんだろうね」
「分かんない。でも、“なりたい”なんて思わないよ。なる前に、終わればいい」
その言葉は、どこまでも静かだった。
「僕たちに、未来なんてない。あるわけがない」
それが、美咲の本心だった。
夜、優羅は自室の天井を見上げながら、そっと呟いた。
「僕たちに未来なんてない」
そう言葉にすることで、逆に“今”を感じていた。
明日は来る。
でも、それが“幸せ”だとは限らない。
ただ、明日もまた――あの子が、屋上にいてくれますように。
願いというには、あまりに切実で。
祈りというには、あまりに淡くて。
その夜、夢の中でふたりは、何もない白い部屋でただ抱き合っていた。
名前も、時間も、何もいらなかった。
ただ“一緒”であることが、すべてだった。