いいかげん腹をたててもよさそうなものだがと、考え込む様子をみせる幾ヶ瀬。
「そもそも、有夏は怖くないの? れ…オ、オバケ?の画像なんて見つけちゃって」
こいつは馬鹿だから、恐怖を感じる神経がないのかもしれないと、幾ヶ瀬が半ば本気で信じかけたときのこと。
有夏が小首を傾げてみせた。
「別に怖くはないかな。自分家だし。幾ヶ瀬もいるし」
「いや、ここ俺ん家。有夏の家じゃないから」
「?」
「いや、ポカンとした顔しないで」
「でもまぁ、幾ヶ瀬がいるから怖くはないな」
「………………」
突如、黙り込んだ幾ヶ瀬。
その口元がニヤリと歪んだのは、しばらく経ってからのことであった。
「……それって、俺がいるから怖くないってこと?」
「まぁ……」
いても役には立たないだろうけど──なんて呟きは聞こえちゃいない様子で、おもむろに宣言した。
「有夏、俺は稲川淳二大先生を尊敬しているんだ」
「はぁ……」
「なので稲川淳二大先生が主催されている怪談コンテストのチャンネルをよく見るんだ」
「はぁ……」
「その流れで、コンテスト出場者の方がアップしている動画も見るんだよね」
「はぁ……」
「そこで怪談師の方が言ってたんだ」
「怪談師の方? はぁ……」
腹がいっぱいになって、そろそろおねむといったところか。半眼を閉じて生返事を繰り返す有夏。
その前で拳を固め、そう、幾ヶ瀬は宣言したのだ。
「霊は生命力に弱いらしいんだ。つまり、エッチなことを考えていると霊は寄ってこないんだ!」
「はぁ……」
「聞いてる!?」
叫ぶような問いかけに、有夏の目が薄く開く。
「聞いてる。ビックリした。幾ヶ瀬ってホンモノのバカなのかと思って」
「ホンモ……バッ……!?」
コイツにだけは言われたくないと思ったか、幾ヶ瀬のこめかみが一瞬ひくついた。
でも、負けない──なんて呟くや否や。
ふわり。
有夏を抱きしめた。
細い腰をそろりと撫でる。
小さく息を吐いたろうか。
幾ヶ瀬の肩に、頭を凭せかける有夏。
「……幾ヶ瀬、今なに考えてる?」
「れ……オ、オバケいなくなったかな、って」
「霊がいなくなったかどうかは……オマエだーーー!!」
「ぎゃああああっっっ!!」
「ダメじゃん!」と、軽やかな笑い声。
有夏の指がついと伸びる。
幾ヶ瀬の顎をとらえると、くいと顔を近付ける。
「パソコンを媒体に幾ヶ瀬に乗り移ろうとしている怨霊のことじゃなくて、有夏のこと考えなきゃ! デスクトップに突然現れる数字がカウントダウンをはじめて、それがゼロになった瞬間、画面から怨霊がいっぱい出てきて幾ヶ瀬の背中に貼りつくかもしれないなんてことより、有夏のことを考えなきゃ」
「ひぃぃ……」
「オマエだーーー!!」
「あひぃぃぃ…………」
蒼白を通り越して、幾ヶ瀬の額はもはや土気色である。
「あ、あ……あり、か、わざと怖いこと言うし…………」
「アッハッハッハ!」
けたたましい笑い声。
「何その笑い方……怖いよ?」
本当に恐ろしいのは霊じゃなく、目の前にいる恋人なのかもとれないと幾ヶ瀬は嘆息した。
※ ※ ※
「それで、怨念女はまだパソコンにいるのかよ」
「怨念女言わないで。怖いから!」
「ちょっと見てみるか……ああ、まだデスクトップにいるわ。恨みがましそうな顔して幾ヶ瀬のこと見てるわ」
「ちょっ、やめてよ! 何で俺が恨まれ……ああっ、常連マダムのメス豚さま、悪口言ってごめんなさいぃぃ」
「でもコイツ、ウイルスだよ?」
「何言ってんだよ……」
「こないだ読んだマンガに載ってた。うっかりヘンな広告クリックしたせいで、怖い顔した画像が勝手にダウンロードされてデスクトップに固定されるんだって」
「……有夏、どんな漫画読んでるの?」
「再起動したら一発で消えるって!」
「……知ってたのに、俺が怖がるの見て楽しんでたの?」
「うん!」
「……怖っ、リアル怖っ!」
「冬だけど…リアル怖い話」完
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