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#一次創作
眠狂四郎
590
麗太
593
Cafe Latteベース隊長
48
第231話 拒む門
【異世界・旧石造建物跡/地上部・朝】
石壁は、静かだった。
地下階段があったはずの場所。
白い研究施設へ続いていたはずの入口。
木崎たちが、白いコアと成人遺体カプセルを運び出した場所。
今そこには、ただの石壁しかない。
だが、その壁の前に立つ者たちは、誰もそれを「ただの壁」とは思っていなかった。
ダミエは、壁の前に座っていた。
大きすぎる制服の裾が床に広がり、フードの奥の目だけが壁を見ている。
隣では、ミレイが水晶板を両手で持ち、何度も反応を確認していた。
王都軍の隊長は、少し後ろで兵士たちを配置している。
「全員、壁から三歩下がれ」
「命令があるまで攻撃しない」
「何か見えても、名前を呼ぶな」
その最後の一言に、兵士たちの顔が少し強張った。
名前を呼ぶな。
それはもう、ただの注意ではない。
この事件に関わった者なら、名前が道にも罠にもなることを知っている。
ミレイが通信を開く。
「ノノ主任、こちら準備できました」
『聞こえてる』
ノノの声が返る。
『ダミエ、無理に開けないで』
『今回やるのは、入口を開けることじゃない』
ダミエは短く答えた。
「拒否すること」
『うん』
『でも、全部を拒否しちゃ駄目』
『ここが入口だった記憶は残す』
『Cの針だけを弾く』
「難しい」
ダミエは、いつもの調子で言った。
ノノは一瞬だけ黙り、それから少し柔らかい声になる。
『難しい』
『だから、ダミエに頼む』
ダミエは小さく頷いた。
「分かった」
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー/南東サービス導線跡・朝】
日下部の前には、隔離端末が置かれていた。
ネットワークには繋がっていない。
クロスワールドゲートの履歴もない。
匠から届いた手順だけを移した、まっさらな端末。
その画面には、石造建物側の反応が細い線で表示されている。
日下部は、息を整えてから言った。
「現実側、拒否処理を準備します」
城ヶ峰が短く聞く。
「こちらが何をする」
「Cの門が、石造建物側を入口として使おうとした瞬間に、こちらから“接続拒否”を返します」
「ただし、完全拒否ではありません」
「入口だった履歴は残す必要があります」
木崎が壁を見た。
「開けない。でも、忘れさせない。か」
「はい」
「面倒な綱渡りだな」
日下部は頷いた。
「ここで失敗すると、二つの結果がありえます」
「一つは、入口の記憶ごと消える」
「もう一つは、逆にCの門として開く」
木崎が顔をしかめる。
「どっちも最悪だ」
「だから、人は通しません」
佐伯の声が通信で入る。
『石造建物側の反応、安定しています』
『ただ、壁の奥に黒い針が出ています』
村瀬も続ける。
『針が、こちらの反応を見ています』
『まだ刺してはいません。待っている感じです』
城ヶ峰は静かに言った。
「向こうも試験を見ている」
木崎が低く笑う。
「カシウスか、Cか」
「両方だろう」
城ヶ峰は、隔離端末の画面を見た。
「始めろ」
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/分析室・朝】
ノノは、両手を水晶板にかざしていた。
画面には三つの層が映っている。
一つ目、地下階段の記憶。
二つ目、ヴァルドの消失線。
三つ目、Cの針。
その三つが、重なり合っている。
どれか一つを乱暴に切れば、全部が崩れる。
セラは、ノノの隣で静かに見ていた。
「入口だった記憶を残すには、言葉が必要です」
ノノが聞く。
「名前じゃなくて?」
「はい」
セラは頷く。
「名前は、人を呼びます」
「けれど、今必要なのは場所の確認です」
ノノはすぐに通信へ流す。
『ダミエ、ミレイ』
『壁に向かって、人の名前は言わないで』
『場所だけ確認して』
『ここは、地下階段だった場所』
『今は、開かない場所』
『でも、消えたわけではない場所』
ミレイが復唱する。
『ここは、地下階段だった場所』
『今は、開かない場所』
『でも、消えたわけではない場所』
その言葉に合わせて、石壁の反応がわずかに変わった。
セラが目を細める。
「動きました」
ノノは息を呑む。
「入口の記憶が、返事してる」
◆ ◆ ◆
【異世界・旧石造建物跡/地上部・朝】
石壁に、細い白い線が浮かんだ。
今度はすぐに消えない。
階段の輪郭のような線。
けれど、階段そのものではない。
ただ、そこに階段があったという記憶だけが、薄く形を取っている。
ミレイが声を震わせる。
「出ました」
「地下階段の記憶反応です」
王都軍の兵士たちがざわめきかける。
隊長がすぐに手を上げた。
「静かに」
ダミエは、壁を見つめたまま言った。
「ここは、入口だった」
白い線が、少しだけ強くなる。
「今は、開かない」
白い線が、横へ広がりかけて止まる。
「勝手には、通さない」
その瞬間、白い線の下から黒い針が出た。
細い。
だが、鋭い。
黒い針は、白い階段の輪郭へ刺さろうとした。
ミレイが叫ぶ。
「C反応、上昇!」
ノノの声が飛ぶ。
『まだ弾かない!』
『針が何を入口にしようとしてるか見る!』
ミレイは震える手で水晶板を拡大した。
黒い針は、階段の輪郭に文字を浮かばせようとしている。
『地下施設』
『残存資料』
『回収対象』
『未確認反応』
次々に、意味のある言葉が出てくる。
それらは嘘ではなかった。
かつて、この下には地下施設があった。
資料もあったかもしれない。
回収対象も存在した。
未確認反応だって、あった。
だが、今は違う。
白いコアは現実側に回収された。
成人遺体カプセル二基も、現実側の管理下にある。
ここに残っているのは、入口だった記憶だけ。
ダミエは、静かに言った。
「それは、もうここにない」
黒い針が止まる。
ミレイが息を呑む。
ダミエは続けた。
「白いコアは、ここにない」
「成人遺体二つも、ここにない」
「地下施設は、今は開かない」
白い階段の輪郭が、細く震えた。
黒い針が、もう一度刺さろうとする。
その瞬間、ノノの声が響いた。
『今!』
『拒否!』
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー/南東サービス導線跡・朝】
日下部は、隔離端末へ指を走らせた。
「接続拒否、送ります」
画面に、短い表示が出る。
『入口化要求を拒否』
『入口記憶を保持』
『人員通過を禁止』
日下部は実行した。
隔離端末の画面が一瞬、白く光る。
同時に、オルタリンクタワーのコンクリート壁に、細い亀裂のような光が走った。
木崎がカメラを構える。
「こっちにも出た!」
城ヶ峰が言う。
「触るな」
壁の光は、扉の形にはならなかった。
ただ、かつてここに何かがあったという輪郭だけが、一瞬だけ浮かび、すぐに沈んだ。
日下部は画面を睨む。
「Cの針、弾かれます」
佐伯の声が入る。
『石造建物側、黒い反応が後退』
村瀬が続ける。
『でも、入口記憶は残っています』
『消えていません』
日下部は、深く息を吐いた。
「成功……です」
だが、次の瞬間、画面の端に黒い点が一つ浮かんだ。
日下部の顔が強張る。
「いや、待ってください」
木崎が聞く。
「何だ」
「拒否条件を、読まれました」
◆ ◆ ◆
【異世界・旧石造建物跡/地上部・朝】
黒い針は、壁の奥へ引いた。
石壁は開かない。
階段も現れない。
けれど、白い階段の輪郭だけは、細く残っていた。
ミレイは震える声で報告する。
「入口化要求、拒否」
「C反応、後退」
「地下階段の記憶、保持」
王都軍の隊長が、短く息を吐いた。
「開かなかったな」
「開けないのが成功」
ダミエはそう言った。
その言い方があまりにも淡々としていて、隊長は少しだけ苦笑した。
だが、ミレイは笑えなかった。
「主任」
「拒否は成功しました」
「でも、Cの針が最後に、こちらの拒否線をなぞっています」
通信の向こうで、ノノが息を呑む。
『やっぱり、見てた』
ダミエは壁を見た。
「次は、変えてくる」
ミレイが頷く。
「はい」
「同じ拒否では、次は通るかもしれません」
ダミエは、ゆっくり立ち上がった。
「じゃあ、次は同じにしない」
◆ ◆ ◆
【異世界・オルタ・スパイア入口前・朝】
アデルの左手首で、副鍵が小さく震えた。
石造建物側の試験が、こちらにも伝わっている。
扉の表面に浮かぶCの針が、一瞬だけ反応した。
ヴェルニが気づく。
「今、動いたな」
「ああ」
アデルは扉を見つめた。
「石造建物側で拒否された針が、こちらの針へ知らせた」
ヴェルニが顔をしかめる。
「針同士で連絡してんのかよ」
「同じCなら、当然だ」
通信の向こうでノノが言う。
『アデル、そっちはまだ動かさないで』
『今の拒否条件を、Cが読んだ』
『本命のオルタ・スパイアで同じことをやると、対応される』
アデルは頷いた。
「分かっている」
ヴェルニが拳を鳴らしかけて、止めた。
「また見張りか」
「そうだ」
「退屈だな」
「退屈なら、生きている」
ヴェルニは一瞬だけ目を丸くし、それから笑った。
「アデル、それ慰めのつもりか?」
「事実だ」
アデルは扉から目を離さなかった。
ここは本命だ。
石造建物側で成功したからといって、同じ方法でここを守れるとは限らない。
むしろ、敵は今、拒否の仕組みを知った。
次は、もっと上手く来る。
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・朝】
「成功したのか」
ハレルが聞く。
ノノの声が返る。
『半分成功』
『入口は開かなかった』
『Cの針も弾いた』
『地下階段だった記憶も残った』
サキは、少しだけ息を吐いた。
「よかった……」
だが、ノノの声は明るくならなかった。
『でも、Cに拒否条件を読まれた』
『次は同じ形じゃ駄目』
リオは伏せたスマホを見た。
まだ震えている。
その中で、クロスワールドゲートは待っている。
「つまり、こっちが一回守ったら、向こうは一回学ぶ」
日下部の声が入る。
『その通りです』
『Cは壊すだけではなく、観測して更新します』
『拒否されれば、拒否されない形を探す』
ハレルは拳を握った。
「じゃあ、毎回変えるしかない」
セラの声が静かに続いた。
『はい』
『門を固定しすぎてはいけません』
『正しい条件は持つ』
『けれど、形は一つに決めない』
サキのスマホで、reが光った。
reは、石造建物の白い線と、Cの黒い針を分けるように、小さな光を置いた。
サキは画面を見て言う。
「reが……分けてる」
「こっちは残していい線」
「こっちは駄目な針」
ハレルはその画面を見る。
小さな光が、二つの線の間にいる。
名前も分からない。
正体も分からない。
けれど、Cの針を見ることができる存在。
リオが低く言った。
「ユナを戻す時も、これが必要になるな」
ハレルは頷いた。
「ああ」
リオはスマホを伏せたまま、もう一度言った。
「名前だけじゃない」
「器と場所も揃える」
「それまでは、開かない」
その言葉に、サキの画面でreが小さく光った。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深層】
Cは、拒まれた。
石造建物の壁。
入口だった記憶。
そこへ通した細い針は、弾かれた。
だが、Cは揺れなかった。
黒い針が、静かに回る。
「拒否条件を記録しました」
ジャバが退屈そうに言う。
「弾かれたのにか」
「はい」
Cは答えた。
「弾かれたため、境界が分かりました」
ジャバは鼻を鳴らす。
「負け惜しみくせえな」
その奥で、カシウスが笑った。
「負けではない」
ジャバが肩をすくめる。
「じゃあ何だよ」
「試験だ」
カシウスは、石造建物の壁に残った白い線を見ていた。
「匠の手順は、入口だった記憶を残した」
「Cの針は弾いた」
「人は通さなかった」
黒い瞳が、わずかに細くなる。
「悪くない」
「だが、見えた」
Cが静かに言う。
「次は、入口だった記憶に針を混ぜず、記憶そのものを入口化します」
ジャバが笑う。
「性格悪くなってきたな、C」
Cは答えなかった。
カシウスは、短く言った。
「やれ」
深層の暗がりで、白い線と黒い針が離れた。
次に狙われるのは、針ではない。
記憶そのものだった。
コメント
1件
えーもうめっちゃ良かった…!!😭💕 「入口だった記憶を残す」っていう発想、めちゃくちゃエモいし怖い…。Cが拒否条件を読んで「次は変えてくる」って伏線、心臓に悪いけど好きすぎる…!ダミエが「退屈なら生きてる」って返すアデルのセリフ、一瞬で空気変わった…。 めっちゃ痺れた〜!!次が気になりすぎる…!! 次回も全力で待ってます🔥✨