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その日は、運悪く五条先生の無茶ぶりに付き合わされた…というか強制連行されてトンデモ物件にての任務だった。「先生のこと一生恨んでやる」と悪態をつきつつも何とかなったが、もう二度と先生の無茶ぶりには付き合わない。私を置いてさっさと逃げやがったパンダには今度何か奢ってもらう。絶対にだ。 その後、先生は別の任務があるということで私は一人で高専に帰ることに。私以外の四人も今日は皆それぞれ任務が入っているため高専内で誰かにすれ違うことは無い。特にやることも無かったため、部屋で課題をやっていたが一時間半ほどで集中力が切れてしまった。
「あ〜…何もやる気しない。あと喉渇いたし」
自販機でジュースでも買うか、と財布を持って部屋を出る。シーンと静まり返った廊下を歩きながら、そう言えば今日の夜は高田ちゃんの生配信があったな、と思い出した。
高田ちゃんは高身長のめちゃくちゃ可愛い女性アイドルだ。ハマっていた恋愛漫画が今年の十月にアニメ化したのだが、オープニングに使われていたのがその高田ちゃんの曲。初めて聞いた時は「何この可愛い声!!」とテンションが上がった。「これ歌ってんの誰だ?」と調べて彼女のことを知り、とりあえず動画投稿サイトで公式チャンネルにて公開されていた曲を全部聞いた結果、物の見事にハマったのだ。
彼女がやる配信は基本的に雑談やファンからの質問に答えるというものだが、たまにリクエストに応えて歌ってくれる時がある。前回の配信では私が彼女にハマるきっかけとなった曲を歌ってくれた。その曲が今のところ一番好きなので、「それじゃあ歌うね!」と彼女が言った瞬間に「ありがとうございます!!!!」と叫んでしまい、隣の部屋真希ちゃんから壁ドン食らった。ごめんて。
今回も歌ってくれないかな〜と考えつつ、その曲を口ずさむ。そう言えば高専に入ってからカラオケ行ってないな。真希ちゃんはそういうの行きたがるタイプじゃないし、パンダを連れてくのはアレだし、棘くん……はどうなのかな?音楽聴きながら鼻歌歌ってんのは見たことあるけど。ちなみにそれを目撃した際、「はぅあ!!」とあまりの尊さに胸を押さえてその場に崩れ落ちたら、偶然見ていたらしい五条先生に笑われた。 もしカラオケとか行ったらリズムに合わせておにぎりの具で歌ったりするのかな。何それ、めちゃくちゃ見たい。
なんて、カラオケ云々と考えていたせいか、いつの間にかガチで歌ってた。廊下を歩きながらアイドルソングを熱唱する女…。あっ、通報しないで怪しいものじゃないので!!…って言っても同級生も先生も任務に行ってるから高専内にいないしいっか。と、ノリノリでくるくると踊りながら二番のサビ部分を歌う。
──ねぇ、アナタは知らないでしょ?私がアナタのことをこんなにも好きだなんて
──ねぇ、キミは知っているかな?僕はキミのことが大好きで仕方ないなんて
──伝えたい、この想い。今すぐに聞いて欲しい。ねぇ、
「『好きだよ!』………って、え?」
自販機前に到着した私は、ピシリと固まった。私は、昔から何かに熱中し始めると周りが見えなくなってしまうところがある。だから、歌い終わるまで気付かなかったのだ。自販機に先客がいるなんて。その先客というのがこちらにスマホを向けている棘くんだなんて。
棘くんのスマホから、ピコン、と録画を終了させる時の音がした。
スマホを片手にニコニコと楽しそうな棘くん。それに対して私は顔を引き攣らせ冷や汗を流していた。
(…………人いたんだが?????)
同級生は任務に行っていて高専内にいないからいっか!と考えていた数分前の自分を殴りたい。いた。一人いた。いつの間にか帰ってきてる人いた。
「あ、あ〜…棘くん帰ってきてたんだね!お帰り!」
「しゃけ」
「あぅ、えっと…と、棘くんは何買ったの?」
「すじこ」
「そのお茶美味しいよね〜!あは、あはは………」
誤魔化すの下手くそか?確かに棘くんが持ってる緑茶は美味しいけど!!
「………………どこから聞いてた?」
誤魔化すのを諦めて素直にそう聞くと、棘くんはスマホを操作して画面を見せてきた。そこに写っていたのは、くるくるとスカートの裾を翻して踊りながら歌う私。スマホからは「ねぇ、アナタは知ら〜な〜い〜でしょ」と私の歌声が聞こえてくる。なるほどね、二番のサビ部分丸々聞かれてたってことね。把握した。
それにしても自分の歌声って録音して聞くとなんでこんなに気持ち悪いんだろ。不思議だよね〜。……じゃなくて!
「なんっっっっで撮影してるんですかぁ!?!?」
「ツナ、いくら♡」
「え、そうかなありがとう……ってならないよ!『可愛かったから』って理由で撮らないで!?」
「おかか」
棘くん、私と付き合い始めてから本当に遠慮しなくなったね!?スキンシップ増えたし堂々と私の写真撮るようになったし。昨日たまたま見てしまったスマホの壁紙、私が彼パーカーした時に撮った写真に変わってたし。同じく見てしまった乙骨くんとパンダには「可愛いでしょ?」って自慢してた。私は真希ちゃんと五条先生にからかわれた。
「……とりあえずその動画消そうか」
「お・か・か♡」
「なんで!!!!」
マジで消してくれ…。歌に合わせて適当にくるくると踊ってたのを見られてたのが恥ずかしいポイントその一。人がいないと思い込んでデカい声で歌っていたのを聞かれていたのが恥ずかしいポイントその二。歌詞の内容が私と棘くんの関係性に若干マッチしてるのが恥ずかしいポイントその三。そしてそれを棘くんも察している様子なのが恥ずかしいポイントその四。
以上四つの点から早急に動画を削除して頂きたいです。しかし一向に首を縦に振らない棘くん。マジで消すつもりないな、これ。
「…絶対真希ちゃん達に見せるでしょ」
「おかか」
「嘘だぁ…」
見せないよという彼に疑いの目を向けると、少し不満げな顔をした後、私の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「えっ、なになになになに?」
突然の行動に混乱していると、棘くんは私の耳元に唇を寄せ、いつもより若干低い声でもう一度「おかか(見せないよ)」と呟いた。そしてそのままスタスタと歩いて行ってしまった。
「…………いや、耳元で話さないでくれ」
自分がイケボだと理解してるのか??耳が孕んだらどうするの???棘くんの声って一回聞くとなかなか忘れられないから、しばらくはあの低音ボイスが頭から離れないじゃんマジでどうしてくれんの。
手櫛でぐしゃぐしゃにされた髪を直していると、スマホの通知音が鳴る。開かなくても分かる、棘くんだな。最近こうやってメッセージでどストレートに感情をぶつけることが増えてきた。声に出せないからって毎日好きって送ってこなくても…。別にそれが嬉しくて毎回送られてくる度にスクショとかしてないから。
スマホの電源を付け画面を開くと、棘くんから来ていたメッセージは二つ。
《あんな可愛い姿ほかの奴に見せるわけないでしょ》
《俺以外の前では歌わないでね?》
「……わぁ」
棘くんにも独占欲とかあるんだな、とつい笑ってしまう。そんなにも想われてるんだなーと嬉しくなる反面、こうも連続でしてやられたのが少し悔しい。
「仕返しとして何か仕掛けてやろ…」
ところで、彼パーカーは自慢するのに今回の動画は誰にも見せないってどこからが見せたくない基準なの?
▷side 棘
思っていたよりも早めに任務が終わり、高専へと戻る。部屋に行く前に何か飲み物を買って行こうと、俺は自販機の方へと向かった。緑茶を買い、そして部屋に戻ろうと歩き始めた時だった。聞き覚えのない歌声が聞こえてくる。遅れて、それが彼女の歌声だと気付いた。綺麗なソプラノが辺りに響く。普段の声も可愛いけど、歌声も可愛いんだなぁ。
それにしても随分と気持ち良さそうに熱唱しているが、彼女のことだから「同級生や先生いないしいっか」みたいなことを考えたのだろう。残念ながら俺がもう帰ってきているが。でも、早めに帰って来れたのは幸運だった。まさか彼女の歌声を聞けるなんて。
ステップを刻みながら歌う彼女はこちらには一切気付いてないようで、それが少し面白くてスマホを構える。動画撮影を始めると、ちょうどサビに入ったのかくるくると裾を翻して踊りながら歌う彼女の姿が画面に写る。歌は聞いたことの無いものだったが、歌詞やリズムからしてアイドルソングだろうか。後で彼女に聞いてみよう。
なんだか自分達の関係性に若干マッチしている歌詞を歌う彼女に、自然と口角が上がってしまう。そしてラストに「好きだよ」と囁くように歌った彼女は、ようやく俺がいることに気付いたようだ。録画終了ボタンを押すと、ピコン、という音が響く。それを聞いて顔を引き攣らせる彼女。いや、自分の彼女のこんなにも可愛い姿見て動画撮らない彼氏なんているの?
下手くそな誤魔化し方をする彼女を見てニコニコしていると、誤魔化すのは諦めたのかどこから聞いていたのか問われた。先程の動画を再生して見せると恥ずかしそうに頬を赤く染めて「なんで撮影してるの!?」と言われる。可愛かったからに決まってるだろ。少しドヤ顔でそう答えると「そんな理由で撮るな」と怒られた。解せない。
動画を撮られていたのが相当恥ずかしいのか、消して欲しいと頼む彼女。悪いけどそのお願いは聞けないかな。これから癒されたい時はこれ聞くつもりなんで。しかし彼女は俺がその動画を真希達に見せるつもりなのではと疑っているようだった。そんなわけないでしょ、と言うも信じてくれない。それに少しだけイラッとしてしまって、俺は彼女の髪をわしゃわしゃと掻き回した。そして彼女の耳元に唇を寄せ、もう一度、見せないよと伝えてその場を去る。
あぁ、でも彼女は鈍いから少しくらい独占欲見せとかないと分からないかな。ポケットからスマホを取り出してメッセージを二つ送る。
君のあんな可愛い姿と歌声を知ってるのは俺だけで十分でしょ?……なんて、ね。