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第七話 「パパ」になった日
春樹は、腕の中にいる小さな赤ちゃんを見つめていた。
小さな女の子。
そして、その隣には男の子。
双子だった。
女の子の名前は――ゆずき。
男の子は――はやと。
二人とも、生まれたばかりの0歳。
「……俺が、パパかぁ、」
春樹が呟く。
結衣が笑った。
「そうだよ」
「……なんか、まだ実感ない」
結衣はベッドの上で、二人の赤ちゃんを見つめる。
自分が母親になったことは、ゆみとゆいとが生まれたときに知った。
でも。
春樹と番になって。
春樹との間に生まれた、この二人。
それを見ていると。
新しい家族が増えたのだと、改めて思う。
「ゆずき」
春樹が小さな女の子を見つめる。
「はやと」
もう一人の男の子を見る。
「……可愛いな」
「でしょ?」
「うん」
春樹が笑った。
「結衣」
「なに?」
「ありがとう」
「……なんで春樹さんがお礼言うの」
「俺をパパにしてくれたから」
結衣は少しだけ照れた。
「……こちらこそ」
「何が?」
「私の番になってくれて……ありがとう」
春樹は何も言わなかった。
ただ。
結衣の隣に座った。
そして二人で。
小さな双子を見つめた。
◇
「ただいまー!」
家のドアが開く。
「ママ!」
「赤ちゃん!」
学校から帰ってきたゆみとゆいとが、勢いよく部屋へ入ってくる。
「静かにね」
春樹が笑いながら言った。
「赤ちゃん寝てるから」
「……あ」
ゆみが口元を押さえる。
ゆいとも、そっと覗き込んだ。
「ちっちゃい……」
「ね」
結衣が笑う。
「この子がゆずき」
「女の子!」
「こっちは、はやと」
「男の子!」
二人は目を輝かせる。
「俺、お兄ちゃんだ!」
「私、お姉ちゃん!」
「ふふっ」
結衣が笑う。
春樹も笑った。
いつの間にか。
この家には、四人の子どもたちがいる。
ゆみ。
ゆいと。
ゆずき。
はやと。
そして。
その子どもたちを見つめる結衣と春樹。
「……パパ」
ゆみが突然言った。
「ん?」
「パパって呼んでいい?」
春樹が固まる。
「……え?」
「だって、ママの番なんでしょ?」
「……うん」
「じゃあパパじゃん」
ゆみが当然のように言った。
ゆいとも頷く。
「パパ」
「……!」
春樹の顔が一気に緩んだ。
「……うん」
「パパ?」
「うん!」
「パパ!」
「うん!」
何度も呼ばれるたびに。
春樹は嬉しそうに返事をした。
その姿を見て。
結衣は少し笑う。
――ああ。
本当に。
この人は。
私たちの家族になったんだ。
◇
それから、しばらくして。
ゆみとゆいとの第二次性分かる時期が来た。
学校でも。
「第二次性なんだろうね、」
「Ωはやだなぁ」
そんな会話が増えていた。
α。
β。
Ω。
誰もが、いつか知ることになるもの。
二人も検査を受けた。
そして――。
「……α」
ゆみは結果を見つめていた。
自分がα。
その文字を見た瞬間。
嬉しいでも。
悲しいでもない。
ただ。
怖かった。
ママはΩ。
パパはα。
そして。
自分は――α。
「……どうしよう」
紙を握りしめる。
ママには。
絶対に。
「ママ……」
ママはαが苦手だった。
それを、ゆみは知っている。
小さい頃から。
ママがαという言葉を聞いたときに、少しだけ表情を曇らせること。
春樹――パパと出会ってから、少しずつ変わっていったこと。
それを知っているから。
「……言えない」
ゆみは結果をしまった。
◇
その頃。
ゆいとも。
「……Ω」
検査結果を見つめていた。
「俺……Ωなんだ」
胸が苦しくなった。
ママと同じ。
だけど。
嬉しいとは思えなかった。
怖かった。
Ωだと分かったら。
ママみたいに苦しい思いをするんじゃないか。
そんなことを考えてしまう。
「……嫌だ」
誰にも言いたくない。
特に。
ママには。
「……ママに言ったら、心配する」
パパにも。。
二人とも。
自分のために何かを変えようとしてしまう。
だから。
言えなかった。
◇
二人が最初に向かったのは。
「葉月さん……」
「どうした?」
土屋葉月。
α。
2人にとって第二次性について話せる、大人だった。
その隣には。
「……直人さん」
土屋直人。
Ω。
結衣の兄。
葉月の番。
二人は顔を見合わせた。
「二人とも、どうした?」
ゆみが言った。
「……第二次性、分かった」
直人の表情が変わる。
「そっか」
「私……αだった」
「……」
葉月が驚く。
けれど。
すぐに、優しく笑った。
「そうか」
「……怖い」
ゆみが呟く。
「ママに言えない」
「うん」
葉月は否定しなかった。
「言いたくなるまで、言わなくていいんだよ」
「……いいの?」
「うん」
ゆみが少し安心した顔をする。
その隣で。
ゆいとが俯いていた。
「俺も……」
「うん?」
「Ωだった」
直人が静かに息を呑む。
「……そっか」
「俺もママには言えない」
「どうして?」
「ママがΩだから……」
ゆいとの声が震える。
「ママみたいに、俺も怖い思いするのかなって……」
結衣の過去を。
ゆいとは全部知らない。
でも。
子どもながらに。
結衣が昔、苦しい思いをしたことだけは知っている。
直人はゆいとの隣に座った。
「ゆいと」
「……うん」
「Ωだからって、同じ人生になるわけじゃないよ」
「……」
「結衣は結衣。ゆいとは、ゆいとだ」
ゆいとの目に涙が浮かぶ。
「……本当?」
「本当」
葉月も頷いた。
「それに、ゆいとがΩだからって、誰かがゆいとの人生を決めるわけじゃない」
「……うん」
「ゆみも」
葉月がゆみを見る。
「αだからって、何かを背負わなくていい」
ゆみは俯いた。
「……私、αなのに」
「ママを怖がらせる側になったらどうしよう」
葉月は一瞬黙って。
ゆみの頭を優しく撫でた。
「結衣さんはゆみのこと怖がらないよ。」
「……」
「人をどう扱うかは、その人自身が決めることだ」
ゆみが顔を上げる。
「じゃあ……」
「うん」
「私がαでも、ママの娘でいていい?」
「当たり前だろ」
直人が答えた。
「ゆみは、ずっと結衣の娘だよ」
ゆみの目から、涙が落ちた。
◇
その帰り道。
二人は並んで歩いていた。
「ゆいと」
「ん?」
「私たち、まだ言わない?」
「うん」
「ママとパパに?」
「うん」
二人だけの秘密。
それが少し寂しい。
だけど。
今はまだ。
言う勇気がない。
「でもさ」
ゆみが言った。
「いつかは言おうね」
ゆいとは少し考えて。
「……うん」
「一緒に」
「一緒に」
二人は小指を絡めた。
◇
その夜。
「ただいまー!」
玄関から、いつもの声。
「おかえり!」
春樹の声。
「ママ!」
「ゆみ、おかえり」
「ゆいとも!」
結衣が二人を抱きしめる。
「今日はどうだった?」
「普通!」
「普通だった!」
「そっか」
結衣は笑う。
何も知らない。
ゆみがαだということも。
ゆいとがΩだということも。
葉月と直人だけが知っている。
二人はまだ。
自分たちの子どもたちが抱えている秘密を知らない。
「ゆみ?」
「なに?」
「今日はなんか静かじゃない?」
「……そう?」
「うん」
「気のせい!」
ゆみは笑った。
「ゆいとも?」
「俺も普通!」
「……そっか」
結衣は二人を見る。
何かある。
母親として、なんとなく分かった。
けれど。
「話したくなったら、いつでも話してね」
それ以上は聞かなかった。
ゆみとゆいとは顔を見合わせる。
そして。
「……うん」
二人で答えた。
その夜。
結衣が眠ったあと。
春樹は子どもたちの寝顔を見ていた。
ゆみ。
ゆいと。
ゆずき。
はやと。
「……四人か」
春樹は小さく笑う。
自分が父親になるなんて。
昔は想像もしていなかった。
「パパ……」
寝言が聞こえる。
春樹は振り返る。
「ん?」
ゆみが眠ったまま。
「……パパ、好き……」
春樹の顔が一気に緩んだ。
「……俺も好きだよ」
その声を。
ゆみは聞いていない。
春樹は知らない。
その小さな娘が。
αだと知って。
怖くなっていることを。
そして。
隣で眠るゆいとが。
Ωだと知って。
悩んでいることも。
まだ。
何も知らない。
――けれど。
いつか。
二人が自分たちの口で話す日が来る。
その日まで。
結衣も。
春樹も。
葉月も。
直人も。
この家族は。
ゆっくり歩いていく。
「家族だから、全部話さなきゃいけない」
そんな決まりはない。
話せるようになるまで。
待っていてもいい。
そして。
その「いつか」が来たとき。
二人が一番最初に思い出せるように。
この家には。
「大丈夫」と言ってくれる人がいる。
♡お願いします。
ゆう
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白井 あま 👾
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コメント
1件
うわあ……もう、胸がいっぱいです。双子が生まれて「パパ」って呼ばれる春樹さんの顔が浮かぶようで、こっちまで温かくなりました。でもその後の二人の子供たちが二次性の結果を隠す場面が切なくて。αになったゆみが「ママを怖がらせる側になったらどうしよう」って思う気持ち、Ωになったゆいとが「ママみたいに怖い思いをするのかな」って震える声、読んでいて苦しくなりました。葉月さんと直人さんの「言いたくなるまで言わなくていい」「人をどう扱うかはその人自身が決めること」という言葉に、どれだけ救われたか。何も知らない結衣さんと春樹さんの姿が逆に、この家族の形を静かに見せてくれている気がします。家族だから全部話さなきゃいけないわけじゃない——その一文に、この物語の優しさが全部詰まってるなあ。