兄様のいない世界は、音がなかった。色彩も、温もりも、寒ささえも—–存在しなかった。
—–あの日。
セイカの亡骸を連れて帰ってから、
ユイはずっと、兄を抱き続けていた。
古参の側近たちは、その姿に、かつての光景を重ねていた。
リーシの亡骸を抱き、後を追ったケイシの姿を。
「殿……殿……」
「セイカ様……なぜ……なぜ、セイカ様が……」
嗚咽は、途切れることなく続く。
だがユイは—–
涙が枯れ果てたのか、
死人のように白い顔で、ただ、ただ、
壊れ物を抱くようにセイカを抱いていた。
「…………」
小さな、小さな声で、何かを呟いている。
「……ユイ、様……?」
泣き叫んでいた側近たちが、一斉に静まり返る。
「……はやく……しにたい……
はやく……兄様の……もとへ……」
「ユイ様ーー!!」
誰かが、嗚咽を押し殺しながら叫んだ。
「殿の……殿の、ユイ様への遺言を……
お忘れですかーー!!」
それでもユイは、
セイカを抱いたまま、壊れたように呟き続ける。
父ケイシが、リーシの後を追って自害したことは、
赤子だったユイには伏せられていた。
病に倒れたのだと、そう伝えられていた。
だが—–
物心つく頃には、知っていた。
誰かの会話を、聞いてしまったのだ。
(兄様……兄様……
なぜ、俺はいけないの?
父様は、母様の後を追ったのに……
なぜ、俺は駄目なの……)
枯れたはずの涙が、再び頬を伝う。
(城も、国も、戦も……
もう、どうでもいい)
翌日。
セイカは静かに埋葬されることとなった。
かつてはケイシとリーシの部屋。
今は、セイカとユイの部屋となった、その庭に。
そこには、花に囲まれた墓石がある。
ケイシとリーシの眠る場所。
その隣に、セイカは眠ることになった。
「ユイ様……」
誰が声をかけても、ユイは一言も発しない。
(しにたい……
なぜ……あのような遺言を……兄様……)
ふらりと、ユイが棺へと近づいた。
—–ばさっ。
何かが落ちる音。
皆が目を向けると、
ユイはセイカの髪を一束切り、
自らの艶やかな黒髪も一束切って、
そっと、兄の胸元に置いていた。
見守る者たちは、誰一人、声を出せなかった。
次の瞬間—–
ユイは、短刀を自分の左頬に当てた。
「ユイ様ーー!!」
制止の声は、間に合わない。
ユイは、自らの左頬を、深く、深く切り裂いた。
流れ落ちる血を、
棺の中で組まれたセイカの右手に塗り重ねていく。
—–その大きな手は、
いつも、優しくユイの左頬を撫でていた。
やがて、血に染まったその手は、
静かに胸の上へ戻された。
—–セイカは、
ユイの髪と、ユイの血に守られながら、
眠りについた。






