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 冬の定番、暖炉の前のソファベッドでごろ寝をしながらサッカー中継を録画していたものを観るという、己にとっての幸せを具現化した休日の午後を過ごしていたリオンは、今日の休日を珍しいことに家から-どころか今日のリオンの移動箇所はベッドルームとキッチンとリビングのみ-一歩も出ずにいたが、愛する恋人から仕事が終わった、もうすぐ帰ると連絡が入った為、ソファベッドに起き上がって拳を突き上げて伸びをする。

 今朝目が覚めたとき、ベッドルームだけでは無く家中が静まりかえっていて、恋人が起こさずに出勤したのだと知り、以前ならばこの広い家に一人きりにされてしまったと分かった瞬間に大暴れをするか家を飛び出していたが、二人で暮らすために背中を押してくれた悲しい出来事を経た今は、いつもいかなる時でも伝えてくれている、一人ではないと言う言葉が胸の奥でひっそりと宝物のように光を発しているため、不安から来る恐怖を追い払うかのような言動を取る必要は無かった。

 だから撮りためていたサッカーを見たり、それに飽きれば普段滅多に目にする事の無い日中のテレビ番組を見ながらあくびをし、睡魔に負けて眠ったりと、ある意味正しい休日の過ごし方をしていたのだ。

 もうすぐ恋人が帰ってくる、帰ってきたらキスをして今日テレビを見ていて気付いた事を話し、二人で食事をしようともう一度伸びをしたときドアベルが小さく鳴る。

 ソファベッドにぐしゃぐしゃにして投げ出していた魔法のように暖かなブランケットをマントかケープのように肩に引っかけたリオンは、廊下の先から小さな音が聞こえたことに気付き、慌ててリビングを飛び出して行く。

 長い廊下の先、革靴から室内用にしているサボサンダルに履き替えている恋人の姿を発見し、歌っているような声で呼びかける。

「ハロ、オーヴェ」

「ああ、起こしてしまったか?」

 己の声に顔を上げて微苦笑を浮かべる恋人にリオンの頭が左右に振られるが、きっと今朝も今のような優しい顔で起こさないように気を遣いながら出勤していったのだろうと想像すると、一人ではないと言う言葉が根付いている辺りがじわりと温かくなってくる。

「平気。テレビ見てた」

「そうか」

 サッカーの試合が大量に録画されているんだったなと笑ったウーヴェにリオンも笑顔で頷くが、ウーヴェの様子がいつもと違っていることを何となく感じ取ると、表面上はほとんど変化の無い端正な顔を覗き込む。

「オーヴェ?」

「どうした?」

 そのセリフは俺のものだと言いたくなるのを堪えて何か様子が変だと呟くと、眼鏡の下の双眸が一瞬見開かれて唇が小さく噛み締められる。

 その様子からきっと今日の診察でやるせない出来事があったと察したリオンは、ああ、恋人のような洞察力と今感じた事を言葉に出来る力が欲しいと心底願いつつ、もう一度どうしたと問いかける。

 勘の良いウーヴェならば理解してくれるだろうという希望が多分に含まれていたが、それは外れることは無く、ウーヴェが眼鏡を外して目頭を揉みほぐすようにつまんだ後、微苦笑混じりにお前の目の良さには本当に舌を巻くと告げられて今度はリオンが目を瞠る。

「そんなことねぇけどな」

「……まあ、そう思うならそれでも良い」

 玄関先で話し込むような事じゃ無いからリビングに行こうと肩を竦めたウーヴェに一つ頷いた後、握りしめられている拳に気付いてそっと手を取ったリオンは、訝るように見つめるウーヴェに子供じみた笑みを見せつける。

「俺は、お前みたいに人の心を読み取れる力があるわけじゃねぇし、思った事を言葉にする力もねぇ。だから言ってくれなきゃ分からねぇ」

「……」

「だからオーヴェ、言ってくれよ」

 今一番して欲しいこと教えてくれと上目遣いで拳に懇願のキスをすると、ウーヴェの手がリオンの頭に宛がわれて胸元に引き寄せられる。

「……ダンケ、リーオ」

「その言葉は好きだなー。愛してるも好きだけど。でも今はもっと聞きたい言葉がある」

 さあ陛下、遠慮せずに何を望んでいるのかお話し下さいと少し戯けた顔で告げれば、ようやくウーヴェの顔に苦笑以外の笑みが浮かび、次いで何かを思案する顔へと変化していく。

 その変化をじっと見守っていたリオンだったが、確かにここで立ち話をする必要は無いことを思いだし、ウーヴェの手を再度取ってリビングに歩いて行く。

 先程まで己がいた居心地の良いリビングに二人で入り、暖炉の前のソファベッドに座ったリオンの手が隣をぽんぽんと叩くと、ウーヴェがやや躊躇いがちに腰を下ろす。

「陛下、これは魔法のブランケットにございます」

 これを使えば真冬の寒さもあっという間に消えてしまう不思議なものですと戯けた調子のまま告げてウーヴェの肩にブランケットを被せると、その上からしっかりと腕を回して抱きしめる。

「素直じゃ無いお前も好きだけど、素直になったお前は本当に好き。だからオーヴェ、言ってくれ」

 どうして欲しい、何を望んでいる、それを察することの出来ない俺を許してくれとも告げれば、ブランケットの下で手が上がり、リオンのシャツをぎゅっと握りしめる。

「……もう少しだけ、このままが良い」

「ずっとこのままでも良いぜ」

 お前の気が済むまでこうしているから口に出来ない何かが産まれたのなら、腹の中の収めるべき場所に早く収めようと笑うとウーヴェが腕の中で一つ頷く。

 お互いの職業柄守秘義務が発生し、一人眠れない夜を過ごすこともあったが、今はこうしていられるのだからと白とも銀とも付かない髪に口付けたリオンは、明日も頑張るために今夜は他の誰にも見せることの無いお前を見せてくれと胸の奥で呟きながらずっとウーヴェを抱きしめているのだった。


 そうしてどのくらいの時間が経ったのか、ようやく顔を上げたウーヴェがはにかんだような笑みで礼を言い、それを受けたリオンが目と口を丸くして驚きを表してしまう。

「……そんな顔をするなっ」

「や、無理だっての! 今どんな顔してるか分かってっか、オーヴェ?」

 今すぐこの場で抱きたいくらい綺麗なんだと捲し立てればウーヴェの目元がさっと赤く染まる。

「うるさいっ!」

「あー、まーたそんなことを言う。まったく、ホントに俺の陛下は素直じゃ無いんだからなー」

 ぶつぶつと不満を並べるリオンだったが、ウーヴェの様子がいつもの穏やかさを取り戻していることに気付くと両手を突き上げて伸びをする。

「オーヴェ、メシにしようぜ」

「ああ、そうだな」

 不毛な言い合いを続けていても仕方が無いと笑い、今夜の食事は何だろうと浮かれ調子で問えば、朝の残りだと返されてがっくりと肩を落とす。

「むぅ……。仕方が無いか」

「冗談だ」

「だー! お前の冗談はマジで笑えねぇ!」

 リオンのくるくる変わる表情が楽しいのか、ウーヴェが小さく笑い声を上げて宥めるようにくすんだ金髪にキスをする。

「用意をするから手伝ってくれ」

「ん、分かった」

 二人並んでキッチンに向かおうとするがどちらからともなく手を伸ばして互いの腰を抱くと、ウーヴェがリオンの肩に頭を預けるように首を傾げる。

「美味いメシ食ってさ、ゆっくりしようぜ」

「ああ」

 それで今抱えているものを少しでも昇華して明日もお前を待つ患者の為に頑張ろうと笑えば、ウーヴェの口から決意が籠もっているらしい短い言葉が流れ出すのだった。

 そんな二人を、リビングの暖炉の炎が応援するように小さく爆ぜるのだった。




Über das glückliche Leben.

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