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「――っ!!」
何を、どんな夢を見たのかを一瞬思い出せない中限界まで目を見開いたリオンは、無意識に隣から聞こえる穏やかな寝息の発生源へと手を伸ばし、己よりも少し低いがそれでも温かな身体があることに気付いて震える身体を寄せる。
身体が震えていることから飛び起きる原因となった夢は悪夢やそれに類するものだとは思うが、脳味噌が一瞬前まで見ていた夢を忘れさせるほどの悪夢とは何だと思案し、そんなもの、今こうして抱き寄せている温もりを喪うこと以上のものは無いと小さく呟いてしまう。
「……リオン……?」
その呟きが意識を覚醒させたのか腕の中で小さな声が上がるが、己の内面と向き合っているリオンにはその声は届いていないようだった。
この温もりが喪われたときのことを考えた瞬間、身体の震えが強くなり、抱きしめる腕に力がこもってしまう。
そんなことは考えたくはなかった。だがと反論したとき、腕の中の身体が動いた事に気付き視線をそちらに向けると、寝起きの割にはそんな気配を微塵も感じさせないターコイズ色の双眸が肩越しに振り返っている事に気付く。
「……起こした」
「夢でも見たのか?」
リオンが苦笑交じりに眉尻を下げると同時に腕の中でウーヴェが器用に寝返りを打って正対してきたため、額にキスをして悪いと小さな声で謝罪をする。
「だと思うんだけどなぁ。覚えてねぇ」
「そうか」
覚えていないものを無理に思い出す必要もないと笑うウーヴェに同じく笑ったリオンは、ウーヴェの手が汗ばむ額を撫でてくれるのに目を細め、先程とは違って今度は甘えるようにウーヴェの腰に腕を回してその肩に額を軽く押し当てる。
「……オーヴェ、ちょっとだけこうしていても良いか?」
その言い方はリオンと仲良くなった人達でも数える程しか見聞きすることの出来ない弱さを滲ませていたため、もちろん何の問題もないとウーヴェがそっと返すが、良い意味での子どものようなリオンを愛してやまないため、早く戻ってくれと願いつつ口の端を意地悪な角度に持ち上げる。
「明日のランチでワインを飲ませてくれるなら許そうかな」
「げー、何だよその交換条件。それだとオイシイのはオーヴェだけじゃん」
俺にハグしてもらえるしランチで美味いワインも飲めるなんて文字通りオイシイ思いをするのはお前だけだとリオンがウーヴェの肩に直接文句をぶつけるが、リオンの背中を撫でたその手で髪も撫でてウーヴェがくすくすと笑うと、こうしてハグする事は別問題として明日のランチのワインは断固拒否すると声が上がる。
「ダメったらダメ!」
「ふぅん」
その割にはすごく嬉しそうな顔をしているがと目にした人が安堵するような太い笑みへと切り替えたウーヴェは、何で分かるんだよと顔を上げたリオンの鼻を摘まんで真夜中に見るには鼓動が早まりそうな綺麗な笑顔で、ほら、言った通りだと笑ってリオンの目を見開かせる。
「オーヴェ……」
「その顔で断固拒否と言われてもなぁ」
すごく嬉しそうな顔をしている上に拒否反応というのは身体に覿面に表れるものだがまったくその素振りも感じられないと笑うウーヴェにリオンの頬がみるみるうちに膨らんでいくが、限界まで膨らんだ瞬間に風船が音を立てて萎んでいく様を連想させるような盛大な息が枕に吐き出される。
「……拒否なんてできねぇし。出来ないものを表すこともできねぇ」
「そうか」
「そう!」
だからオーヴェは俺が寝るまでずっとこうしていなさいと、何だかおかしな理由がリオンの中に芽生えた事を教える顔で笑われ、どういう理屈だと笑うと理屈なんか関係ねぇと断言されてしまう。
「……このままが良い、オーヴェ」
再度目の前の肩に顔を寄せた後、ウーヴェしか聞くことの出来ない声で小さく懇願すると、背中に回っていた手に肩を掴まれてベッドに押しつけられ、驚いた様に目を瞠るとウーヴェが心配だけを浮かべて額を重ね合わせてくる。
「……お前が満足するまでこうしている。だから安心しろ、リーオ」
「……ダンケ、オーヴェ」
優しさと強さが程よく混ざる声に全身を委ねるように目を閉じたリオンは、閉ざされた世界で額と頬、鼻の頭と順番にキスをされて自然と口角が持ち上がり、最後に上がった口角を更に上げようとするのか、触れるだけのキスが何度も繰り返される。
「オーヴェ、くすぐってぇ」
「これも断固拒否する?」
「絶対にしねぇ!」
だからバードキスじゃなくてもっとちゃんとしたものが良いとウーヴェの表情を予測しつつ目を開けると、それと寸分違わない笑みを浮かべたウーヴェが見下ろしていて。
「……オーヴェ、大好き」
「ああ」
何があろうとも絶対に忘れてはいけないし忘れない言葉を伝え、ウーヴェの夜中でもよく見える髪に手を差し入れて抱き寄せたリオンは、覆い被さってくる背中に片手を回す。
今ではすっかり慣れて手に馴染んだ背中を抱き、身体の震えが完全に消え去っていることに気付くと逆にウーヴェの口の端にそっとキスをする。
「リーオ?」
「……さっきさ、震えてたのがきっと拒否反応だったんだぜ」
覚えていない悪夢に対する拒否反応が出ていたものの、お前とのキスやハグが拒否反応を示すなんてあり得ないと囁くリオンの頭を抱きしめ、それが出る夢など忘れてしまえ、いつだったかお前が言ったように夢の続きを見ることはどれほど望んでも出来ないのだからと確信を持って伝えてくれるウーヴェに頷いたリオンは、うん、どうせならばお前が出てくる楽しい夢が良いと笑う。
「そうだな」
「……このままだと……そんな夢が見られるかも」
「ああ」
さっきの言葉ではないがお前が寝るまでこうしている、だから安心しろと再度伝えたウーヴェに素直に目を閉じたリオンは、悪夢の残滓などまったく感じられない気持ちで再度眠りに向かうが、己の前言通りに抱きしめてくれる腕の中で小さく欠伸をし、何があっても守られる安心感を得ながら眠りに向かうのだった。