騒動から数か月。
季節は冬から春へ移ろい、冷たい風も、二人で並んで歩けば温かさに変わった。
吉沢さんと暮らし始めた部屋は、窓から朝日がたっぷり入る。
小さな観葉植物と、二人で選んだ木のテーブル。
そこに並ぶ朝食は、彼が淹れてくれるコーヒーと、私が焼いたパン。
そんな何気ない日々が、何よりも尊く感じられた。
ある夜、夕食後にソファで並んでテレビを見ていたとき、彼がふとリモコンを置いて、私の方へ向き直った。
「あのさ、前から考えてたんだけど……そろそろ家族のこと、考えない?」
その言葉に、胸がじんわり温かくなる。
「うん……私も、そう思ってた。」
言葉のあと、自然に顔が近づき、唇が触れ合った。
それは急ぐものではなく、互いの想いを確かめ合うような、静かで深いキスだった。
彼の手がそっと私の頬を包み、私の心は安心と幸福で満たされる。
それからの私たちは、日常の中で未来を少しずつ描き始めた。
栄養のある食事を一緒に作り、夜は穏やかな時間を過ごし、休日には公園を歩きながら「もし子どもができたら…」と笑い合った。
急ぐわけではないけれど、二人で同じ夢を見られることが、何よりの幸せだった。
ある春の朝、ベランダで洗濯物を干す私の背中に、そっと腕が回される。
「これからも、ずっと一緒に夢を叶えていこうな。」
その声に振り向くと、朝日を受けた彼の瞳がまっすぐ私を見つめていた。
私は頷き、また静かにキスを交わした。
それは、私たちの新しい家族への、小さな一歩だった。
妊活を始めてから、季節は春から初夏へと変わった。
基礎体温を毎朝つけ、食事に気を配り、時には病院にも通った。
日常の中で自然に続けていこうと決めてはいたけれど、思うように結果が出ない月もあった。
「ごめんね…」
カレンダーを見つめながら、つい口にしてしまう。
吉沢さんは、そんな私の肩を優しく抱き寄せた。
「謝ることなんてないよ。これは二人の旅だろ? ゴールは一緒に迎えればいい。」
その言葉は、焦りでざわついていた心を静かに鎮めてくれた。
彼は、どんな時も変わらず、笑って隣にいてくれた。
ある休日の朝。
いつもより早く目が覚めた私は、なんとなく胸が高鳴っていた。
キッチンの隅にしまっていた検査薬を取り出し、そっと確かめる。
――二本の線。
瞬間、足元からふわっと熱が広がった。
震える手で検査薬を握りしめ、リビングへ駆ける。
「亮さん……!」
呼ぶ声が少し涙で震えていた。
寝起きの彼が心配そうに立ち上がる。
「どうした? 何かあった?」
私は息を整えられず、そのまま彼の手に検査薬を渡した。
彼は数秒、目を見開いたまま固まり――そして笑顔が一気に咲いた。
「……本当に? 俺たちの…?」
私は頷いた。
次の瞬間、彼は私を抱き上げ、くるりと一回転して笑った。
「ありがとう…本当にありがとう。」
抱きしめられた胸の中で、私は未来の気配を感じた。
もう一人分の命が、この家にやってくる。
これから先、きっと楽しいことも大変なこともあるだろう。
でも、この人となら――全部、乗り越えられる。
窓の外では、初夏の光がまぶしく降り注いでいた。
その温もりは、これから始まる私たちの新しい日々を祝福しているようだった。
第1話(続編)
ー完ー