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(言葉が分からないんだから、1回で上手くいかないのが当たり前。ここは根気で勝負だ!)
アリエッタは諦めずに、ミューゼへのアピール作戦を考える。
2度目の作戦は、パフィのナイフを思い出した為、何故か今いないパフィを呼んでもらうというもの。そして手をナイフに見立て、髪を切るようなジェスチャーをした。
しかし……
「ぱひー、ぱひー」
「困ったわね。パフィは出かけてていないし、それにパフィには他人のヘアアレンジなんて無理じゃないかなぁ……」
相変わらず髪型を変える事だと勘違いし、さらにパフィがいない事でも失敗している。
それからも、包丁を持ってきてちょっと怒られたり、自分で探そうとしても棚の上には手が届かなかったりと、上手くいく事は無かった。
(うぅ……このまま諦めてたまるかっ……)
アリエッタにとって、既に史上最大の闘いになっていた。
言葉と常識の壁は、かなり分厚いようである。
すっかり策が尽きたアリエッタは、一旦諦めて、気分転換する為に部屋の隅に置かれている箱へと向かった。
(ふぅ……あまり根詰めても上手くいかないか。ミューゼにも迷惑だろうし、また明日にしようかな)
箱には紙の束、炭筆、インクなど、アリエッタの為に購入した物が入っている。
紙を1枚、一緒に入っていた板に乗せて、蓋をした箱に寄りかかって座り、筆を握る。これがこの数日で確立したアリエッタのお絵かきスタイルである。
「あら、今日は何を描いてくれるのかなー?」
アリエッタが箱を開けたのを見て、ミューゼが微笑む。
描かれるモノは気まぐれで決まるが、そのどれもが息を呑む程の出来栄えで、見知った顔の似顔絵やその辺りの家具などが、既に数枚描かれていた。
それらは別の箱に、大切に保管されている。
(うーん、折角だからアレ試してみたいんだけど……)
アリエッタは炭筆を見つめた。
(あ、そっか。もしかしたら出来るかも。だったら最初に描くべきなのはやっぱり……)
一瞬チラリと顔を上げ、描く題材を決めたアリエッタは、炭筆を走らせ始めた。
ミューゼは邪魔しないように、静かに本を読み進めていく事にした。
(ふふっ、何描いてくれるのか楽しみね)
しばらくして、本を読み終えたミューゼが顔を上げた。
「あら、まだ描いてるの? 結構時間経ったと思ったんだけど……ん?」
ミューゼはすぐに、アリエッタの変化に気づいた。
「髪解いたんだ。何でだろう?」
絵を描いている最中に、アリエッタは自分でサイドテールを解いていた。
気にはなるが、聴いても分からないし、描いている時はあまり近づくのは嫌われそうだと思っている為、一旦諦めた。
(ま、次に絵を描く時にでも、時々様子見れば良いか)
そう判断して、2つのカップを持ってキッチンへと向かう。
飲み物を入れ、アリエッタの邪魔にならないように、テーブルのアリエッタ側に片方のカップを置き、自分のカップもおいてから、棚からノートを持ってきて広げた。
(保護観察の仕事になっちゃったし、こうやって日常でも見た事を記録していけば、何かアリエッタの行動基準が分かるかもしれない。伝えるのが楽になるし、パフィにも書いてもらおう)
それはアリエッタの観察記録だった。
本人に悪いと思いつつも、今日あった事……起きてから、食事、健康状態、服やヘアスタイル、そして先程のやり取りなど、思いつく事はなんでも書いていく。
「うーん、あとは今までの事も書いて……後ろからはアリエッタが覚えた言葉でも書いていこうかな」
書くべき事を決めたミューゼは、次々とノートにまとめていった。
「んふふ~、なんだか育児日記みたい。これじゃお姉ちゃんというよりお母さんになった気分だよ」
どっちにしても、満更でもないミューゼだった。
時々アリエッタを見ながら、今まであった事を思い出す。その時、
「あれ?」
ミューゼがアリエッタに違和感を感じた。
(何かおかしい? でもなんだろう……おかしいのは確かなのに……ん~?)
アリエッタの何かが違う。しかしどれだけ見てもそれが分からなかった。
板を斜めにして絵を描いている為、手元は見えていないが顔は見えている。顔つきは真剣で、
視線に気づいたか、アリエッタがミューゼの方を見る。
「ん?」
(あ、じっくり見過ぎたか)
とりあえず笑顔で誤魔化したら、アリエッタはパチクリと瞬きをして、絵の作業に戻った。
「……気のせいかな?」
いくら考えても分からないミューゼは、観察記録を書く作業に戻った。
しばらくの間、静かな時間が過ぎていく。
そんな中でも、ミューゼは時々アリエッタをチラ見する。
(あれ? さっきとも何か違うような……う~~~ん?)
考えても分からないので、とりあえず『絵を描いている間は何か違和感がある』とだけ、書き記しておくミューゼだった。
それからしばらくして、アリエッタが息を吐いた。
(ん……なんだか眠い……)
立ち上がり、板と炭筆を箱に入れた後、箱の横に用意されている浅い箱に、今描いていた絵を入れ、フラフラとミューゼの方へと歩き出した。
そして大きなあくび。
「あら、アリエッタ眠いのね。ほらおいで」
「みゅーぜ……」
ミューゼが両手を差し出して誘うと、眠気に抗えないアリエッタは素直にミューゼに抱きあげられ、そのまま腕の中で眠りについた。
(素直に抱かれるアリエッタも可愛いっ! というか、絵が完成したみたいだけど、これじゃ見れないなぁ……どうしよう)
「ミューゼ~、今帰ったのよ」
「お邪魔するしー」
ちょっと困っていると、タイミング良くパフィがクリムと共に帰ってきた。買い物がてら、先日あった騒動の事を話しに行っていたのである。
「おかえりパフィ。クリムもいらっしゃい」
「アリエッタ寝てるし? じゃあ小声で喋るし」
「ゴメンね。さっき寝ちゃったばかりだから」
「タイミング悪かったのよ。でも寝顔を堪能するのよ」
「これだけでゴハンおかわりいくらでもいけるし」
突如、アリエッタの寝顔鑑賞会が始まってしまう。……が、少ししてからミューゼが思い出した。
「あ、さっきアリエッタが絵を完成させたみたいなんだけど、片づけてすぐ寝ちゃったから、まだどんな絵なのか見てないの。ちょっと取って見せてくれない?」
「分かったのよ。完成箱に入ってるのよ?」
「うん」
先程アリエッタが絵を入れた箱は、今までに描きあげた絵が入っている。パフィが用意した完成箱なのだ。
アリエッタにも、完成した絵を入れる所をしっかり見せてそれを教えてある為、自由に描いた絵がいつの間にか増えたりもしていた。
パフィは部屋の隅に向かい、アリエッタが絵を入れた箱を開けて、
「………………」
動きが完全に停止した。
「? どうしたし?」
「パフィ?」
この数日で、アリエッタの上手過ぎる絵を見てきたパフィは、もう慣れたと自負して、軽い気持ちで箱を開けたのだ。
なんとか硬直から抜け出したパフィは、箱を1度閉め、深呼吸してから再度開き、目をこすって2度見、3度見と繰り返し、もう一度閉めた。そして横を向いてため息をつきながら、何かを否定するように頭を振る。
どうしたんだろうと、お互いを見るミューゼとクリム。
突然、パフィが笑い始めた。
「ふふ……ふふふふ……」
「うわっ、パフィどうしたし!?」
「一体何が描いてあったの?」
パフィがおかしくなったのは、絵を見た瞬間から。何が描かれているのか気になるのは、当然である。
笑いながらその場にへたり込み、ゆっくりと顔を上げるパフィの目は、何故かちょっと潤んでいた。
「ミューゼ……アリエッタを部屋に寝かせてくるのよ。急ぐのよ」
「え……うん……?」
不信に思いつつも、素直に部屋に向かうミューゼ。
「何があったし? 見るだけなら寝かせに行く必要ないし」
「……さっきは咄嗟に声も出なかったのよ。次見たら叫ぶ自信あるのよ」
「どう言う事だし……」
クリムは意味が分からない。
確かにアリエッタの絵は驚く程上手いが、もうそこそこ見慣れている筈。そう考えると、ちょっと怖くなってきたクリム。
「寝かせてきたよー。絵みせてもらっていい?」
「……じゃあ座るのよ。クリムも。」
パフィは2人を座らせ、絵に触るのが怖いとばかりに、箱ごとテーブルへと持って来た。
「それじゃあ、開けるのよ」
「うん」
「早くするし」
目を閉じ、心を落ち着かせて……勢いよく箱を開けた。
「………………」
「………………」
「…………な」
声も出ないというのはこの事である。
かろうじて声とも言えない音を発したパフィは、一旦蓋を閉じてみた。
そして3人ともゆっくりと、お互いの視線を合わせる。
『あは…あはははは……』
同時に笑い、揃って溜息。次の瞬間、一斉に叫んだ。
「なにこれー!?」
「なんなのよこれはーっ!?」
「なんだしこれー!?」