「今度こそ覚悟は出来たし。ミューゼ開けるし」
「えっ、まだちょっと怖いんだけど……」
「あの絵だから、ミューゼが開けるのが相応しいし」
「でも畏れ多くて……あたしには無理よぉ……」
再度中身を見てみようと、誰が蓋を開けるかで言い争いが勃発。
中にある絵のせいで、開けることを畏れてしまい、押し付け合いになっている。
しかしその流れをぶった切る、勇気ある発言が飛び出した。
「いえ、ここは私が開けるのよ。……ここ、この箱を御開帳するのは……と、とても光栄な事なのよ」
とか言いつつも、声が震えているパフィ。
「ちょっと待つし、だったらボクが開けるし」
「そうはいかないのよ。これはアリエッタの保護者たる私の使命なのよ」
「関係ないし。この箱を開けるだけだし」
今度は自分が開けると言い出し、パフィとクリムが争い始めた。
そんな2人の様子をしばらく見ていたミューゼが、勇気を振り絞って宣言をする。
「あ、あたしが開けるから!」
その言葉に2人はピタリと止まり、
「分かったし」
「どうぞなのよ」
2人揃って、あっさりミューゼに譲った。
「…………へっ?」
思わぬ返しに、間の抜けた顔で硬直するミューゼ。
2人はミューゼの向かいに座り、今度は急かし始めた。
「ほらほら早くするしー」
「もう一度見る覚悟は出来たのよ」
「え? え?」
「あの絵なのよ、ミューゼが開けるのが相応しいのよ」
最初から、ミューゼに「開ける」と言わせたかった2人は、ちょっとしたコントも含めて、少し満足していた。
ミューゼ本人は、ハメられたと気づき、ジト目で2人を睨む。
「うぅ……意地悪……」
パフィの言い分も納得していたミューゼは、それ以上何も言えずに、箱へと手を伸ばした。
「じゃあ開けるよ……」
2人は黙ってうなずき、再度箱へと視線を落とす。
そして再度、箱が開かれた。
「うぅ……絵なのに輝いて見えるのよ……」
「2回目でもドキドキするし」
「凄いよね。あたし、色がついた絵なんて、初めて見たよ」
箱の中に鎮座しているのは、本を読んでいるミューゼの似顔絵。
しかしこれまでとは違い、色が塗られている。
しばらくの間、3人は時間を忘れて目の前にある絵に見入っていた。
「はぁ……アリエッタ凄いのよ……どうやったらこんな事出来るのよ」
「そ、そうよ。一体どうやって色なんて付けたの!?」
ミューゼはちょっと前の出来事を思い出して、疑問に思った。
ずっと一緒にいたが、アリエッタが使っていたのは炭筆。色はもちろん黒のみである。
しかし描かれたミューゼの絵は、肌も髪も目も服も、水彩画の様に淡く色を付けられていた。短時間だった為か塗り面積は少な目だが、簡単な影や光沢も表現されている。
絵自体を見慣れていない3人にとって、それは生きているようにも見えていた。
「あの子一体何なのよ〜。なんでこんな事出来るのよ~」
「魔法みたいだし」
クリムは魔法と言っているが、ファナリアで生まれ育ったミューゼは、このような色を付ける魔法を知らない。
それに、これを魔法とは思っていなかった。
「魔力は感じなかったよ。一緒の部屋にいたんだから間違いない」
「そうなのよ?」
「うん、それにあの子はグラウレスタにいたから……もしかしたら私達の知らない能力でも持ってるのかも……」
「それって、あの大きい生き物をぶっ飛ばした能力なのよ?」
「分からないけど、もっと観察する必要がありそうね」
そう言って、先程書いていたノートを手に取った。
「それは何なのよ?」
「育児にっ……観察記録よ」
「今何て言おうとしたし……」
クリムのツッコミに、顔を逸らすミューゼ。うっかり願望が漏れてしまったようだ。
とりあえずノートをパフィに渡し、説明していった。
「これは良い感じなのよ。総長への報告にも使えるのよ」
「んふっ……さっきパフィに聞いちゃったし。あの幼女総長が妹になっちゃったし!」
シーカー総長の見た目が幼女である事、そして子供扱いが嫌いであるということを、クリムは知っていた。そしてそんなピアーニャを、アリエッタが妹にしてしまったという話を、店でパフィから聞いた時、腹がよじれる程笑い転げていたのだった。
「ふふふ…あははははは!! やっぱりその話面白すぎるし! 思い出すだけでもお腹痛いし!」
「ホント、ビックリだよね~、あはは」
昨日のアリエッタは、誰がどう見ても『妹の為に頑張るお姉ちゃん』という風にしか見えなかった。もちろん本人もそのつもりだったが。
話を聞いたクリムは2人の事を知っていた為、手を繋いで仲良く歩いている光景を想像し、大笑いしている。
それを横目に、記録を読んでいたパフィが首を傾げた。
「ねぇ、アリエッタに感じた違和感って何なのよ?」
「それが絵を描いている時に感じたんだけど、全然分からなくって。次はよく観てみないとね」
「ふ~ん?」
クリムを含めた3人は、観察記録を含めて、これまで以上に注意してアリエッタを観ていこうと、頷き合った。
その観察対象本人はというと……
「んへ……みゅーぜ……んにゅぅ」
幸せそうな顔で寝返りを打っていた。
「おーい、ジャマするぞー」
「ぉあっ、はーい!」
玄関から幼い声が聞こえ、慌ててミューゼが迎えにいった。
「総長なのよ」
「幼女総長来ちゃったし?」
玄関に出ると、ピアーニャと荷物を抱えたロンデルが立っていた。
「どうしました? アリエッタなら寝てますけど」
「ねてるのか! よし!」
アリエッタを恐れながらやってきたピアーニャは、思わずガッツポーズ。
ミューゼは苦笑しながら、家の中へと通した。
「パフィー、2人追加で飲み物おねがーい」
「分かったのよ」
「手伝うし」
「おや、お客さんもいらっしゃいましたか。これは失礼しました」
「気にしないでください。暇な夕方とかはよく来てるので」
促されてソファに座った2人は、テーブルに置かれた絵の入った箱を見て、目を見開いた。
3人共先程まで絵を鑑賞しながらアリエッタについて話し込んでいた為、箱は開きっぱなしになっている。
「な……んですか? これは……」
「ん? んん? ミューゼオラ? なんでハコのなかでホンをよんでいるのだ?」
何度も何度も、絵とミューゼを見比べ、目を丸くしている。
そこへパフィとクリムがお茶を持って来たので、ミューゼは箱を閉じて片づけた。
「どうぞなのよ」
「あ、ハイ……ええと……」
2人は困惑している。
「それで何か御用でしょうか?」
「んーあー……なんだったか?」
「……す、すみません。余りにも衝撃的な物を見てしまい、思い出せません」
なんとアリエッタの描いた絵を初めて見た2人は、その衝撃で用件を忘れてしまっていた。
「その気持ちは分かるし」
「私達もさっきまで、アリエッタの絵を見て大変だったのよ」
「もういちど、みたいのだが……」
「それは用件を聞いてからですね」
「だし」
ピアーニャ達の驚く姿を見て、すっかり冷静さを取り戻した3人。
反応が面白かったから、話が終わったらじっくり楽しもうという、ゲスい考えがよぎっていた。
「はっはやくおもいだせロンデル! きになってしかたない!」
「あー…えー…ああそうでした! 手帳手帳……」
ピアーニャはともかく、普段冷静なロンデルがアタフタしているのは貴重なのだが、そんな事を知らない3人にとっては、これが素なんだなぁという感想を抱く程度で終わる。
それどころか、2人してソワソワしながら用件を思い出そうとする姿は、とてもベテランにはみえないなぁ…と、思ってしまっていた。最初ではないが、初期の印象としては残念である。
手帳に目を通したロンデルは、咳ばらいをしてから話を切り出した。
「えー……現在グラウレスタにあるレウルーラの森に先行調査を行ってもらっています」
「レウルーラの森……あの森ってそんな名前だったんですね……」
「はい、それで先行調査で安全が確認出来次第、アリエッタさんを護衛という形で、我々4人が森にある家へと向かう事になります」
「ふむふむなのよ」
ミューゼとパフィも、出来れば早いうちに家に向かっておきたかった。
なぜなら以前持ち帰った芋モドキと葉野菜を家で栽培実験。試しに芋を土に埋め、葉野菜は根を植えて葉を刈り取ってみたところ、なんと2日後には実と葉をつけるまでに成長し、食べられるようになっていた。そうなってしまえばもう採り放題である。
嬉しさや驚きと共に、放置したらどうなるのだろう…という不安も生まれていたのだ。
「了解したのよ。副総長がいれば安心なのよ」
「わちもいるぞ?」
「ピアーニャちゃんはアリエッタが護衛するから、安心していいですよ?」
『ぶふっ!?』
あえて総長とは呼ばないミューゼの冗談に、ロンデルとクリムが思いっきり噴き出した。
「おいミューゼオラ!」
「確かに、アリエッタならピアーニャちゃんの手を離さないのよ」
「うぐっ……」
揶揄われるピアーニャを見て、笑いが止まらないロンデルとクリムは、一時的にリビングの外へと避難した。
「アリエッタは優しいですから、絶対にピアーニャちゃんの盾になろうとします。あたし達も頑張るので、総長もなんとかして守ってあげてくださいね」
「おまえらなぁ……」
『ピアーニャ』と『総長』を巧みに使い分けるロンデルやミューゼにウンザリし、内心すっかり疲れ切ってしまったピアーニャ。
しかしピアーニャの不幸はまだ始まったばかりだった。
「ぴあーにゃ?」
部屋の外から聞こえた声に、ビクリと震えるピアーニャ。
恐る恐る振り向いたその先には、寝ぼけ眼のアリエッタが立っていた。
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