テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
深い眠りから目を覚ますと、リィラはベッドの上に寝かされていた。眠りというよりは長い時間、気絶していたと思われる。
仰向けになると色が認識できないほどに高い天井がぼんやりと視界に映る。一人で寝るには大きすぎるベッドで、毛布の中で両手足を大の字に広げても障害物が何もない。
それに清潔で白いシーツ。それらを見る限り、餌と言われた割には丁重な扱いをされている気がした。
視線を天井から横に向けると、魔族の赤い瞳がリィラの顔を覗き込んでいた。
「目が覚めたか」
「きゃあっ!?」
気配もなく側にいた男の顔を見て思わず驚きに声を上げてしまった。
この人は確か、近衛兵のアレン。今は鎧ではなく黒いスーツを着ている。
「あ、えっと……私、どうしたんだっけ……」
「ずっと寝てた。今は夜だ」
最初に会った時からそうだが、アレンという男は無感情で言葉も短い。ゼンティの銀髪もだが、アレンの金髪も人とは思えないほどに美しい。
改めてアレンの赤い瞳と目を合わせて思うが、この男も間違いなく獣魔だ。という事は、彼の姿は……。
「……あなたの体も人間を食べて奪ったものなの?」
「そうだ。獣魔族は成人したら人間の体と名前を手に入れる決まりだ」
「生まれてから成人するまでは獣の姿ってこと?」
「そういう事だ」
リィラが質問すれば、アレンは丁寧に答えてくれる。
獣魔族は成人すると、捕食した人間の体を得る能力が備わるらしい。捕食される人間からすれば恐ろしい話だが、それが獣魔族の生態であった。
思い出してみると、生前のセンティは20歳。成人を迎えた魔物が手に入れる体としては適齢であった。
そしてセンティよりも少し年上に見えるアレンも、かつて成人したと同時にアディール王国の近衛兵・アレンを捕食したのだ。
……その時、リィラは重要な事に気付いた。
「なら、ここってアディール王国ではないの!?」
「そうだ。ここは獣魔の国、ベスティア王国。ゼンティ様は獣魔の王だ」
アディール王国に連れて来られたと思っていたが、全く別の国である事が判明した。
尽きない疑問の答えを求めてリィラは上半身を起こして前のめりになる。自然とアレンの赤い瞳と距離が近付く。
その時、いつの間にかアレンの後ろに立って腕を組んでいる銀髪の王子の姿がリィラの視界に映った。
「ちょっと、アレン。つまみ食いしちゃダメだよ? リィラちゃんは僕の餌なんだからね」
不満そうに頬を膨らますゼンティの子供っぽい仕草は演技に見えない。恐ろしい事に完全にセンティになりきっている。
ただ、リィラを餌扱いするところだけが、紛れもなく魔物だった。
アレンはゼンティの方を向くと軽く頭を下げた。こうしてみるとアレンはかなり長身だ。
「心得ております、ゼンティ様。……では、失礼します」
ゼンティの視線で心を読んだのか、アレンはすぐに退室した。代わりにゼンティがベッドの前まで歩み寄るとリィラの顔を覗き込む。
「リィラちゃん、もう起き上がれるかな? 僕と一緒に食事でもどうかな?」
起き上がれなくしたのは誰なのか。にこかやかにディナーのお誘いをしてくるゼンティにリィラは怪訝な顔を返す。
確かに眠ったら体は楽になった。体内の毒素が回復したようだ。しかし食事が喉を通る気がしない。
目の前のゼンティは魔物なのだ。センティを食い殺した魔物で、目の前の男はセンティではなくゼンティで……寝起きの頭で考えていたら混乱してきた。
「……食事? 私が餌なんじゃないの?」
なぜか、そんなツッコミのような質問だけが口から出てきた。さっき、この男に思いっきり口を吸われたのは一体何なのか。
真面目に問いかけたのが余計におかしいのか、ゼンティは盛大に吹き出して笑う。
「あはは! さっき言ったよね、リィラちゃんは『嗜好品』なんだよ。主食じゃないの。食事は別で食べるよ」
つまり私は気まぐれに吸われるタバコや食後のデザートのようなものなのかと、脳内ツッコミが止まらない。
「私も食事していいの?」
「当然だよ、リィラちゃんは大切な家畜だからね。大切に育てて食べてあげるよ」
気のせいか、ものすごく下衆な言葉を爽やかに言われた気がする。
そうしてゼンティに連れて行かれた部屋は壁も床も、長方形の大きなテーブルに至るまでが銀色に囲まれた食堂。
銀髪の王だから銀色が好きなのだろうか。少しでも触ったら指紋で汚しそうで怖い。
ゼンティの隣の席に座らされて、少し距離を置いた先の席にアレンが座っているのが見える。近衛兵だからいつでも王の側に控えているのだろう。
10人くらい座れそうなテーブルだが、この3人だけで使うのは贅沢だ。
何よりもテーブルの上に運ばれてきた料理にリィラは目を見張った。……良い意味で。
「これって、普通のハンバーグと普通のお米?」
「ふふ、本当に面白いなぁ、リィラちゃんは。他に何に見えるの? 僕の大好物のハンバーグだよ」
「……何の肉?」
「ビーフ100パーセントだよ!」
センティの人格を真似ているとはいえ、子供のように無邪気に喜ぶゼンティは不覚にも可愛らしいと思ってしまう。
それにしても獣魔が人間と同じ食生活だなんて驚いた。人を捕食するくらいだから、もっと血生臭い主食を想像していた。
ゼンティの好物というよりも、生前のセンティの好物がハンバーグだったのかもしれない。
「ほら、リィラちゃんも食べて」
「……いただきます」
恐る恐る両手にナイフとフォークを握ってハンバーグを口に運ぶが、その味は人間の自分でも驚くほどに美味しい味付けだった。
その時、ゼンティは握っていたフォークをテーブルの上に落としてしまった。小さな金属音を響かせて銀のフォークが銀のテーブルの上で踊り跳ねる。
ゼンティはフォークを握っていた左の手の平を広げて不満そうに見つめる。
「……まだ動かしにくいなぁ、この体。上手く握れないや」
今日まで獣の姿で生きていたのだから当然だろう。急に人間と同じ動作はできない。
隣のリィラしばらく何も言わずにゼンティの危なっかしい手元を横目で見ていた。