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2月14日バレンタインデー当日、宮本はものすごく困惑していた。毎年この日は宮本にとって、チョコを貰えない憂鬱な日と化していたのに、今年に限ってそれが違ったのである。
「前から宮本さんのこと、いいなって思ってました。付き合ってください!」
「へっ!? ぉ、俺?」
ちなみにこの告白、本日これで3度目だったりする。3度目だからこそ、断る言葉が最初よりすんなり出るものの、胸がしくしく痛んだ。
「ごめんなさい。付き合ってる人が既にいて……」
なるべく傷つけないような言葉を選びたいのに、現実を突きつけて諦めさせなければならないことを考えたら、これ以外のセリフが出てこない。
「そうでしたか。わかりました」
放心状態で目の前を去って行くコや泣き出してしまうコ、そして今は勢いよく踵を返して事務所に戻って行くコに、宮本は丁寧に頭を下げた。
(普段はモテない俺がこの状態なのに、カッコイイ陽さんだったら、たくさんの女のコに言い寄られているんだろうな)
そんなことを考えながら、乗ってきたデコトラに戻ろうとした。
「ヒューヒュー、モテモテだね宮本!! よっ色男!」
肩を落として歩き出した瞬間、デコトラの荷台に寄りかかっていた人物が、いきなり話しかけた。
「えっ? あ、笹川さん、でしたっけ?」
橋本を助けるために古ビルに侵入したら、笹川という男に妙な追いかけっこをさせられたせいで、必然的に名前を覚えていた。
「俺のこと、忘れてなかったのか。それは嬉しいぜ」
荷台から上半身を起こして、ゆっくり近づいてくる笹川を見て、宮本なりに警戒を示すべく、両手に拳を作った。
何か不測の事態があって殴ることになっても、相手は喧嘩慣れしているヤクザなので、無駄な行動だろうが、気持ち的にはなにもしないよりはマシだった。
「そんなに怖い顔すんなって。今日は、ビジネスの話をしに来ただけだ」
まったく考えていなかった内容に、宮本の拳がふわっと緩んだ。
「ビジネス、ですか?」
いつもより声のトーンを上げて質問を投げかけた宮本に、笹川は満面の笑みを浮かべる。
「俺が指示した場所に、荷物を無事に送り届ける仕事だ。タイミングとしては、地震が起きたとき限定で」
「地震?」
笹川に自然災害を口に出されたと同時に、宮本の眉根に深い皺が寄る。マグニチュードが大きいものであれば必然的に道路が寸断され、荷物が運べなくなるのが容易に想像ついた。
しかめっ面をしている、宮本を目の当たりにしているのにも関わらず、笹川はにこやかな表情のまま、流暢に口を開く。
「被災した土地いる仲間に、食料品や日用品を届けてほしい」
「もしやその中に、ヤバいブツを混入しようとしてませんか?」
いつもは回らない頭を宮本はフルで回転させ、あり得そうなことを指摘してみた。
前回のやり取りでわかったこと。逃げる宮本をしつこく追いかけてきた、タチの悪そうなヤクザの笹川――仕事と称して、危険なことの片棒を担ぐことになったら、それこそたまったものじゃない。
そんな気持ちを込めて、じろりと睨みを利かせた。宮本としては必死に睨んでいるのに、笹川はそれすらもおかしいといった感じで、微笑みを絶やさなかった。
「おまえなりにいろいろ考えたんだろうが、非常事態のときにそんなことするかよ。素人相手にヤバいブツを運ばせるなんて、馬鹿な三下のやることさ。俺なら、絶対に足のつかない方法でやり取りする」
三白眼を細めて言いきった笹川を見て、宮本はじりじり後退りをした。嫌な予感が、宮本の中でふつふつと渦巻く。そのせいで、逃げ出さずにはいられない。
「……愛車を置いて、どこにとんずらしようとしてるんだ。さっき告った女のところに、助けを求める気か?」