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「助けを求めるなんて、そんなこと――」
「格好悪くてできないよなぁ。しかも告白を断った相手だし」
「彼女には助けを求めません。そうじゃなくて……」
この場をどう乗り切るか焦ってしまい、言葉が空を切る。
「あの女に告白されたこと、橋本さんには内緒にしておくんだろ?」
笹川の追求に、後退りしていた宮本の足がぴたりと止まった。
「へっ!?」
ぽんと軽く投げかけられた質問に、頭がついていかない。
「陽さんには今日あったことを、一応報告しますけど」
「なんでだ。俺と追いかけっこしただけで、心配を通り越して妬きまくったあの橋本さんに、女に告白されたことなんて言ったら、おまえ殺されるかもしれないぞ」
驚きを隠せないのか、笹川は身振り手振りまで使って、このあと起こるであろう出来事をまじえつつ、宮本に熱く語りかけた。
「殺されはしないと思いますけど……。ただ、延々と文句くらい言われる気がします。『外でカッコつけて仕事してるんだろ』なぁんて」
宮本は後頭部をバリバリ掻きながら、橋本の不機嫌そうな顔を頭の中で思い浮かべた。
(ヤキモチがあったらあったで、それが刺激になり、なんだかんだ仲良くなれる気がするんだよな。だから余計なことかもしれないけれど、どんなことでも陽さんにぶっちゃけられちゃうところはある)
「宮本……」
「あ、はい?」
「俺、ますますおまえに仕事を頼みたくなった」
あっと思ったときには目の前に笹川がいて、逃げ出す間もなく宮本の利き腕を掴んでいた。どんなにもがいても、びくともしない。腕力差は歴然としていたが、空いてる手を使って利き腕を外すべく、果敢にチャレンジした。
「んもぅ、この手を放してください!」
橋本のことを考えるとそれにとらわれて、つい動きが鈍ってしまうことに気がついても、すでに遅し――。
「表裏のないおまえが、すっげぇ気に入った。とりあえず今日はこのまま諦めて帰るが、絶対に弱みを握って仕事をさせてやる」
「弱みを握ること前提で仕事をさせるって、恐喝じゃないですか。そんなものには屈しませんよ」
掴まれてる腕を振り解こうと、両腕に力を入れたら、あっけなく外れた。思いっきり力を入れていたこともあり、その勢いがそのまま左手の拳に乗っかり、裏拳となって笹川の額に当たる。
ごんっ!
「ひっ! すんませんっ、殴るつもりはなかったっす!」
「宮本に暴力を振るわれた、すげぇ痛い。病院行って、診断書を出してもらおうかなぁ。赤くなってるだろ?」
殴ってしまった左手を右手で握りしめて、これ以上なにもしないことをアピールしながら、笹川のオデコを見てみると、少しだけ赤みがあった。
「ぁあぁああ、赤くなってますぅ……」
(不可抗力とはいえ、ヤクザ相手に暴力を振るってしまった! 警察沙汰にならない代わりに、すごいことを要求されるか、はたまたコンクリ漬けにされて、海の藻屑にされるかもしれない。万事休す!)
「俺は優しいから、高額な慰謝料なんてものを請求しない。そこんところは安心しろ」
顔を青ざめさせて怯える宮本に、笹川はオデコを擦りつつ満面の笑みを浮かべた。普段は空気を読めないのに、非常事態だったせいで、その笑みが嫌なものにしか見えない。
宮本はそんな雰囲気を、ひしひしと肌で感じとった。
「笹川さん慰謝料の代わりに、なにかを請求したりしませんよね?」
こういうときだからこそ、白黒はっきりさせねばと意を決して訊ねた。自分の命を請求されませんようにと、心の中でひたすら祈る。
「俺の願いはただひとつ。おまえに荷物を運んでもらうことだけさ。断ることなんてしないよな? こんな大怪我を負わせたのに、そのまま帰るなんて不義理なことを、生真面目な宮本がするはずないし」
「なっ、大怪我じゃないでしょ! オデコがちょっとだけ、赤くなってるだけじゃないですか」
「赤くなってる時点で、打撲痕決定だ。残念だったなぁ」
肩を落としてがっくりうな垂れる宮本に、笹川は胸ポケットから何かを取り出し、手に握らせた。仕方なくそれを確認したら、暴力団らしくない横文字の会社名が印刷された名刺だった。
「ほら、おまえの連絡先を寄こせ。仕事の依頼ができないだろ」
「あ、はい……」
逃げきれないと観念して、デコトラに置きっぱなしにしている名刺を渡すことにした。
「どうしても仕事が忙しくて、手が回らない状態なら、遠慮なく言えよ。無理強いはしないから」
「わかりました……」
宮本が手渡した名刺を受け取り、大事そうにポケットにしまう笹川に、茫然自失な様子で対処する。
「まずは今日の記念に、っと!」
いきなり肩を組まれたと思ったら、笹川の顔が宮本の頬にぴったりとくっついた。
「ひえっ!?」
次の瞬間、目の前にかざされるスマホからシャッター音がした。
「宮本、逃げようとしても無駄だからな。さっきまでのやり取りはボイスレコーダーでしっかり録音させてもらったし、おまえの傷害の記録はこうして写真で残したからさ」
(いつの間に、ボイスレコーダーなんてもので録音していたんだ!? ヤクザ恐るべし!)
かくて八方ふさがりとなった宮本は、笹川が依頼する仕事を引き受けなければならなくなったのだった。