「花は口ほどに物を言う」
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気持ちが花になって口から出て放っておくと死ぬ病気の話(通称、花吐き病)
※作者が見たいものを書いています。
※花吐き病noobなのでそれはどうなんだろうみたいなのがあったら申し訳ありません。
※ネタの都合上、マイルドな嘔吐描写があります。
御本人様には一切関係ございません。口調間違いなどご容赦ください。
「匠ー!!おはよ-!それどうしたんだー?」
朝の挨拶もそこそこに、オルカは大きな目をまんまるにしてつぼ浦を見る。
「ん?ああこれか?運転席に置いてあったんだ。誰かの落とし物だったらいけないと思ってな」
本署前の駐車場、ちょうどライオットから降りてきたつぼ浦の手には花束が握られていた。どう見てもカタギではない格好の常夏男が持つにしては繊細すぎる花が、カラフルなフィルム紙に巻かれている。花に埋もれるように「大切な人へ」というメッセージカードが刺さっていた。
「起きてすぐ見たらもうあったんだよな。オルカ、心当たりあるか?」
「うーん、オルカも今起きたところだしなあ」
顔を寄せてしげしげとその花束を見る。花の種類はよくわからないが、誰かに送るようないわゆる普通の花束にしか見えなかった。
「ていうか匠に送られたものなんじゃないのか?ライオットにあったんだろ?」
「なるほど、ならキャップもそうだな」
「ああそっちもか……」
脳内でオルカが想像していた候補者にキャップが滑り込んできた。
花束を贈られたのは猫耳メイドおじさんか、アロハを着た歩くロケランか。道行く一般人に聞けばどちらも候補に入りようがないラインナップにオルカは深く悩む。そして気付いた。
「でもライオットにあったってことはさ、警察の誰かなんじゃないか?オルカが聞いてやるぞ」
起床してからまだつけていなかった警察無線に挨拶をし「ところで、」と切り出す。だが言葉を続けるより前に、後ろから大きな咳が聞こえた。振り向けばつぼ浦が苦しそうに身をかがめている。
「匠?大丈夫か?」
言葉を遮るように緊迫した無線が入る。馬ウアーの声だ。
『みんな、緊急だ。いいか、花みたいなものには絶対に触らないでくれ!花に触っちゃ駄目だ!』
署長室に集まってくれ、という声が耳をかすめる。
オルカの目の前で咳き込むつぼ浦は何かを吐き出した。
それは一輪の花だった。
この時間に出勤していた署員たちが駆け足で署長室に集まる。
いつものようにつぼ浦は上座の椅子にふてぶてしく腰掛けているが、今回に限っては話の主役なので最適な席だった。
「先ほど市より通達があった。厄介な病気が入り込んだようでな、もう少し早ければうちの署員に被害者を出さずに済んだんだが……」
そう言いながら哀れっぽく馬ウアーに見られ、つぼ浦は目に見えて不満げになる。脳裏に浮かんだのはあの煮ても焼いても食えない市長の顔だ。
「で、どんな病気なんすか?」
「それがなぁ……」
なんと言ったものか。馬ウアーはシワのある顔にさらにシワを加えて話しだした。
感染源である花に触れたものがまず感染する。
感染者は時折花を吐き出す。それは感情などによって種類が変わり、それに触れたものも感染する。
花は体内で臓器に根を張り、栄養を奪い、いずれ衰弱死する。
「衰弱死……ですか」
署長の言葉に驚きを隠しきれずまるんがつぶやく。
「ごめんな、オルカがもっと早く起きてれば、匠が花を触るより前に気づけたかもしれない」
同期二人の落胆は甚だしいもので、陰鬱な空気が部屋に満ちる。
「なんか、治す方法とかないんすか、それ。おかしいっしょ、元気の塊のつぼ浦さんがこんな花なんかで」
力二が署長の前に出る。死ぬにしてもつぼ浦さんはもっと面白い死に方をしないと駄目だ、そう心で叫ぶ。
深刻な署員と裏腹に、署長と、そしてその横で腕組みしていたキャップだけが神妙な顔をしていた。
「なんすかあるんすか?隠し事は良くないっすよ二人とも。詐欺罪とか切れないっスかねこれ」
自分の命の話をしているというのに、つぼ浦はなんの罪ならこのかわいそうな上司たちから小遣い稼ぎできるかを考えていた。
このままでは切符を切られる。覚悟を決めて二人はつぼ浦を見た。
「ああ、それが……な、うん、あるんだ、方法は。あるんだが、」
「いいかつぼつぼ、よく聞け。この病気が発症するのは、誰かに片思いをしている人間だけなんだ」
「そして両思いにならないと治らないんだ!」
急に流れが変わった。
元凶である花束は、つぼ浦が発症したのを見届けるように消えてしまった。
だがつぼ浦が吐いた花は回収でき、犯罪現場の証拠よろしくチャック付きのビニール袋に入れられてデスクに置かれていた。
これはポピュラーな花なので名前を知っている署員もいた。スズランだ。隠れてスマホでスズランの花言葉を検索する。花言葉は「純粋」だ。
たまらず力二が顔を押さえて部屋から出ていく。廊下からこれでも頑張って声量を抑えたであろう特徴的な笑い声が聞こえた。キャップがまるんを殴る。お互いに拳が震えていることに気づく。そうでもしてないと笑いをこらえて体が震えるのを隠せない。
「ん~~~~~~まぁ、そうだな、お前はそういうやつだと思ってたよつぼつぼ、なんというか、いいヤツだな」
馬ウアーは大人びた理解を示した。最初の「ん」を伸ばす間に笑いを丁寧に噛み殺したのは年齢のなせる技だった。そんな事はわかっていたが改めて花から「純粋」の烙印を押されるこのお祭り男が可愛くもあり、不憫でもあった。
「え、花言葉とかそんなんまで選んで出してくるんすか?!すげぇなこの病気」
仲間たちに「恋愛とか地平線の彼方ほど縁遠いピュアボーイつぼ浦が発症し、しかも出てきたのが純粋とかいう花」で爆笑を提供しているというのに、つぼ浦本人は心を代弁するような小賢しい病気の仕組みが気になって仕方がなかった。カレーが食べたいときは「カレー」という花言葉の花が出るのだろうか。もうそれは新しいコミュニケーションの手段なのではないか?
ひとしきり笑いが落ち着いたところで、誰ともなくもっと深刻な事態が起きていることに薄っすらと気づき始めた。
そう、つぼ浦は純粋無垢ピュアボーイだ。
「つぼ浦さんつぼ浦さん、聞いてもいいっすか?」
「ああ、どうしたカニくん」
「つぼ浦さんて、好きな人いるんすか?」
「ああ、いないぞ」
ーーーーまずい。
「いや、みんな好きだ」
ーーーーもっとまずい。
この男は純粋で、無垢である。
正義を骨に、愛を肉に、燃える狂気を目に宿して進む天災だ。
その彼がいう「みんなが好き」は、「誰も好きではない」よりも重く、問題解決を困難にする言葉だった。
「アア~~これがまるん先輩だったらよかったのに!」
「ダメだまるんは無理だ!死んじゃうぞ!!」
「ど、どういうこと!?」
廊下では流れ弾で同期と後輩に貶され、そしてその意味(†両思いにならないと死†)を理解したまるんがテーザーを抜いている。
相変わらず椅子に腰掛けたままのつぼ浦の前で、キャップと馬ウアーが深刻そうな顔を突き合わせていた。
「困ったな、キャップ」
「ああ困ったな、馬ウアー」
きっとつぼ浦の前には深く大きな愛という海があり、そこでみんなが浮かんだり泳いだり沈んだりするのを等しく見ているのだろう。
なんという博愛。だが、それでもこの病が発症したということは海の中の誰かのことを特別に好いているのだろう。
勝機はそこにしかない。
「つぼつぼ」
「ハイ」
「恋愛ってなんだか分かるか?」
「ああ~見たことありますよ、狼みたいな顔の」
「それは狼恋だ!そういう言葉遊びをしてるんじゃない、お前の命の話なんだぞ」
「チクショウ、やられたぜ。つまりこれ俺が誰か好きな可能性あるってことっすよね。てことは今からダウンするんで、そのへんの記憶飛ばしたらウヤムヤになるんじゃないっすか?」
「待て!それは特殊すぎる!!!!」
立ち上がり懐から出したグレネードをキャップは強引に押し戻した。特殊なら許されるかもしれないがあまりにも特殊すぎる。
キャップに椅子に押し込められてつぼ浦は少し真面目に考えた。
恋とはなんだ。馬ウワー曰く、手に入れたいけど手に入らないようなじれったい気持ちのことらしい。
なら金だ、とつぼ浦は理解した。
愛とはなんだ。キャップ曰く、すべてを投げうってでも離れがたくずっと一緒にいたい存在らしい。
やはり金か、とつぼ浦は深く納得した。
「埒が明かねぇな、つまり金ってことですね?」
なぜ今の問答でその結論に至ったのか理解できない二人を尻目に「今日124番なんだよなぁ~」などと斜め上を見てうそぶく。
「つぼつぼ、真面目に考えなさい。なんでそうなったかわからんが金じゃない。人だ。人!!」
肩をガタガタゆすられ、キャップのツバがつぼ浦の顔に飛ぶ。
いくら離れがたくても出ていってしまう。なるほど確かに金とは両思いにはなれなさそうだ。
おじさん二人と話していても埒が明かないので年の近い同僚に聞いて回ることにした。
オルカは好きな人とは一緒にいるだけで楽しくて、癒やされて、なによりその空気がいいんだといった。
そこに通りかかったまるんはなぜか血の涙を流していた。
さぶ郎は深く考え込んでしまったのでミンドリーがメンタルケアをして去っていった。
カニはつぼ浦さん、本当はわかってるんでしょ?気づかないふりをしてるだけで、と意味深なことを言ってキザに去った。
つまり森林浴か、とつぼ浦は思った。
一番まともなオルカの言葉を信じるなら癒やされる空気だ。マイナスイオンだ。だが大自然とも両思いにはなれなさそうだ。
我に返れば命に制限時間がついたらしい。映画とかではよく見る設定だなとつぼ浦は思った。
たとえるならピンを抜かれ、宙を舞う手榴弾だ。いずれ炸裂するそれと同じように、つぼ浦のピンはすでに抜かれていた。
死にたいなどと思ったことは一度もないし、こんなことで死にたくはない。
何より正体のわからない片思いの相手とやらが気になった。
「恋ってものが大体わかりました」
ひとしきり聞き込みをしたつぼ浦は、署長室で相変わらずあーでもないこーでもないと議論しているキャップと馬ウアーのもとに戻ってきた。
「ああ、本当か?」
「わかったんすけど、それで実際何をすればいいんですか?その、コイビト?と」
つぼ浦匠はピュアである。少しはにかみながら聞いてきた青年を見て、二人は絶句した。
通りかかったミンドリーが「おしべとめしべ……」といいかけて馬ウアーに押し出されていく。
少し離れた廊下で力二が腕を組んで壁に寄りかかっている。やっと本題が来たな、面白くなってきた、ペンギンの顔にはそう書かれていた。
「ン~~~~そうだな、私の若い頃はだな、」
馬ウアーが眉間にシワを寄せて語りだす。
それはとても長く、本当に長く、更にじれったく、遠回りな話だった。
例えばトロピカルなジュースを2本のストローで飲むとか。手作りのケーキをお互いにあーんするとか。不意な雨に相合い傘をしてお気に入りの車でドライブして流行りの曲を流して映画館で暗闇のなか手を繋いで誰もいない夜の展望台で星を見て砂浜を裸足で歩いて海のさざめきを聞いてそして心の通じ合った二人は愛のーーーー
「あ~~~~古い!聞いてられん!!そして長過ぎるぞ馬ウアー!!!」
「そっすよ署長、昭和、昭和っすよそれ!!!」
たまらずロケランを取り出したキャップと、廊下から突撃してきたペンギン頭にガン詰めされる署長。
「え、じゃあ今の若い子はどんなのにときめくんだい?!わ、私が若い頃はなぁ、そういうのにドキドキしたのに今となってはこんな、こんな……」
いいながら床に突っ伏して血の涙を流している。力二が「SNSとか電子機器出てこない時点で負けですよ」と死体蹴りをする。
ベタなメロドラマが一般通過した。つぼ浦は頭に大量の情報を流し込まれて口を半開きにしていたが、不意に吐き気を覚えて口を押さえてえづく。
「ウ、ゲホッ…グ、ッ」
言い合っていた面々も慌てて様子を見る。喉を押さえて苦しがるつぼ浦の口からぞろりとみずみずしい花が落ちた。
苦しい息を吐くつぼ浦を見て、誰ともなく理解した。
ああ、これは本当に死ぬ病だ。
心と感情と、つぼ浦の血と肉。それを奪ってあざ笑うように花は咲いていた。
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