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いいから今はひとまず休憩してなさい、と言われてつぼ浦は休憩室に押し込められた。
花屋をしているさぶ郎に聞いたところ、先程の花はニゲラで、花言葉は「戸惑い」らしい。
おじさんのメロドラマ朗読を見て戸惑わないほうが難しい。花は口ほどに物を言う。少し便利なのではないか?と思いつつ、花を吐き出すときの感覚を思い出して首を振った。
胃の粘膜が剥がされ、血管の一本一本が繊維に変わっていくような。間違いなく自分の一部を吐き出している。
「このままだと死ぬらしいんだな、俺」
ポツリと呟き、外の空気を吸いたくなって屋上への階段を上がる。
今自分は片思いをしている。
そして両思いにならないと死ぬ。
どちらも言葉としては耳に入るが、事実として理解できない。
ヘリポートの縁に立ち、ロスサントスの町並みを見渡す。そうして同僚の顔を思い浮かべる。みんな好きだ。
市民や、ギャングの面々も思い浮かべる。憎むべきは罪であり人ではない。やはり好ましい。
愛という海で泳ぐ人たちが困るなら手を差し伸べられる。つぼ浦がつぼ浦である以上、それは当然のことだった。
「厄介な病気になったんだって~?」
背後から聞き慣れた長閑な声がする。振り向くとヘリから降りてくる青井がいた。ヘリの音も聞こえないほどに考え込んでいたらしい。
そういえば先程の騒ぎの中に青井はいなかった。アオセンなら真っ先に来てニヤニヤ笑ってそうなのになと思ううちに青井はつぼ浦の横に並び、ヘリポートに一緒に腰掛けた。
「アオセン、ちゃんと飯食ってます?」
「ちょっと勝手に渡さないでよ、食えてないのはつぼ浦の方でしょ」
胃がムカムカするので押し付けたハンバーガーがお互いの間で3往復くらいする。埒が明かないので最終的に青井が受け取ることになった。
「腹減ってるんですけどね、気持ち悪くて」
「ふーん」
「なんか両思いにならないと花吐き続けて死ぬらしいっす」
「花を?へぇ、おもろいね」
「絵面だけ見るとおもろいんすけどね」
間違いなく強面のおっさんがかかったほうがおもろかったであろうとつぼ浦は悔やむ。半チャーハンだかハンバーガーだかおじさんがファンシーな花とたわむれる姿は少し見てみたくもある。
つぼ浦の横で青井は鬼面を取る。ああ、パトロールでもして飯を食いに来たのかと気づく。先程押し付けたハンバーガーは横においたまま、ジュースを取り出しストローに口をつける。
視線を感じて口を離す。つぼ浦がしげしげと青井の顔を見つめていた。
「なに……なに見てるの?」
「やっぱアオセンってみんなに顔見られたくないのか?」
「そりゃ見せるものでもないからね」
「でもお面取ってるじゃないですか」
「そりゃご飯食べられないからね」
それもそうだ、堂々巡りが自明の結論に着地する。
普段仰々しい仮面の下に隠されている顔は、日を受けずとても白かった。アオセンって睫毛長いんだな、シャー芯乗りそう、つぼ浦は新しい発見をする。
「お前本当に大丈夫?水分取ってる?」
顔の前で手をひらひらと振られてつぼ浦は我に返った。途中からぼーっとしていたのは確かだ。これ飲む?と渡された飲みかけを口にする。そういえばすぐに騒動に巻き込まれ、起きて以来水分を取ってなかったかもしれない。スッキリしたレモンの風味が喉を通っていく。
「甘いもののほうが食べれたりする?」
一息に飲み終わり、口寂しくストローをガジガジ噛んでいるつぼ浦を見て青井はごそごそコーヒーゼリーを取り出す。スプーンで掬い、つぼ浦の口の前に差し出す。口を運ぶとほろ苦さとともにクリームの甘みが口に優しく広がる。つぼ浦が飲み込んだのを見て青井も残りのゼリーを口に運ぶ。
「固形物しんどいよねぇ、本当わけわかんない病気」
そんなことを愚痴る青井をつぼ浦はじっと見た。
点と点が繋がりそうだ。つぼ浦の脳内に先程の一般通過メロドラマの断片が現れる。
署長はなんと言っていたか?
「もしかしてアオセンって俺のこと好きですか?」
一瞬の間。口を大きく開けた青井の手からスプーンが落ち、持ち手までゼリーに突き刺さる。
「何いってんの?」
「同じ飯を分けて食べるのは、恋人がやるって教わったんすよ!」
キラキラした目で言うつぼ浦の前で「は?と「え?」を何通りかに組み合わせて青井はぱくぱくと口を開く。
相手が自分を好いているのではないか、というなかなかに重たい指摘。にもかかわらすつぼ浦は目を見つめるばかりで、動揺しているのは青井だけだった。
「もしそうだったらさぁ、つぼ浦はどうすんの?」
「どうしよっかなァ~……アオセンはそれでいいんすか?」
回答のたらい回し、まさに平行線。目を泳がせているつぼ浦を見て、青井は眉間にシワを寄せた。
「ん?つまり?お前が俺のこと好きになったら両思い、はい解決って思ってる?」
「いい作戦じゃないっすか?」
「いやまずそもそも俺がさぁ?お前のことさ、どう……」
こんこんとお説教をしようとしたとき、つぼ浦が不意に首を押さえた。身をかがめて苦しそうに肩を上下させる。
まただ。腹の中に溜めた言葉が、思いが、メリメリと形を成して喉を駆け上がる。
「ちょ、ちょっとつぼ浦!」
「ア、オセ、だめ、離れ……」
言葉がうまく出ない。心配した青井が背中をさすってくれ、勢いのまま吐き出す。
「グッ、ウ、カハッ!」
喉からずるりと花が落ちる。嘔吐中枢が刺激され、気持ち悪さで目が眩む。
「うわ~チューリップかなこれ。ガチでエグいね、大丈夫?まだ出そう?」
生理的に出た涙でぼやけた視界でも目の前に差し出された花は見えた。
唾液に塗れるそれを、青井の手が握っていた。
「あ、アオセン、花、触っちゃ駄目……!」
「え」
一番肝心なことを伝えていなかった。つぼ浦は青ざめる。
当惑したのもつかの間、今度は青井が口と腹を押さえる。そのまま床につくほど体を屈め、腹の中に現れた異物を吐き出す。
赤い大きなアネモネ。何本か数えられないほどだ。最後の方はもはや花の形にならず花びらのままボタボタと落ちていく。
「う、そだろ、アオセンまで……」
魂の一部が削れていくかのようだ。喉に指を突っ込んで最後の一枚まで吐き終わり、青井は冷や汗で濡れた顔でつぼ浦を睨む。
「やったなお前」
「……スイマセン」
二の句も継げない。二人して命に導火線がついてしまった。もう先端に火はついており、あとは身体がどれだけ耐えられるか。
そんなチキンレースに青井を巻き込んでしまった、つぼ浦は深く後悔する。
「どうしようこれ。本署だと俺達だけなんだよね?」
「多分、俺が一番最初だったから」
「キッツ……」
青井は天を仰ぐ。
しばらく沈黙が流れる。風の音と、それに乗る大通りの喧騒。足の下にはいつもの日常があるというのに。
「アオセンも片思いしてるんすね」
顔は合わせずつぼ浦がぽつりと言う。
「俺はつぼ浦が片思いしてることが驚きだけどね」
「こっちも驚きっすよ、心とかあるんですね」
「あるんだよ」
殴ろうかと思った。思いの外しょげていたのでやめた。
つぼ浦はそのIQ99の頭を回転させて考えた。自分はもちろん、巻き込んでしまったこの心があるらしい先輩のためにも。
「アオセンって俺のこと好きっすよね」
「……本当にそう思う?」
「てことはやっぱ俺が好きになったら解決っすよね」
「超暴論」
「じゃあ付き合ってみませんか?」
さらりと、まるで飯でも行きませんかみたいな温度でつぼ浦は告白をした。
本当だったら顔を赤らめたり、涙を流したりしながら言うセリフだ。
つぼ浦匠はピュアでウブで、そして何も知らない。
本来「恋愛」が持つ、質量を知らない。
「はぁ?え?お前がいうのそれ?」
「え?ダメだったか?なんか言葉間違ってたか?」
「いやいいけど……」
釈然などまったくしていない顔で、青井は深くため息を付く。
タイムリミットは、おそらく数日。
両思いにならないと死ぬ。
こうして導火線に火のついた二人は、「片思い」という感情をぶら下げたまま付き合うことになった。