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手紙が届いた日、昼過ぎから子爵と領地を回っていたジェストが留守だった為、ナーシャは彼が帰ってきてから執務室に向かい、ルオン公爵の手紙を見せた。 ジェストは手紙を読み「フゥー」と大きく嘆息する。
「これは、父上と叔父上、それにレミィ様に見せてもいいか?」
「レミィ様にも?」
「あぁ、見せなければならないようだ」
そう言って、ジェストはナーシャを連れて子爵の執務室へと向かった。
執務室へ向かいながら、ジェストは少し抑えた声で、ナーシャに話しかける。
「ナーシャ、実はレミィ様とオリジエル侯爵が離婚する時に色々とあってね、取り決めを行っているんだ。それを我が家が証人として署名もしている」
「お兄様のこととかですか?」
「ん、それだけじゃないんだ。ナーシャ、侯爵の事心配かもしれないが、王都には行かせられない。許可できない」
「大丈夫です、私も行く気はありません。特に今は絶対に行きません」
ナーシャは、この数日前に妊娠してる事がわかってジェストに伝えている。まだ安定するまで少なくとも1ヶ月は、義両親以外には報告するのを控えている状態だった。
ナーシャは、|子爵家《ここ》に来て、レミィに質問したことがあった。
それはセシルの事だ。
すると、彼女は今でも半年に一度は王都に行き、影からこっそりセシルを見に行っていると教えてくれた。行かなかったのは、カーゼルとレミィの間に生まれた、レジールを妊娠している時から2年間だけだという。
『いつまで経っても息子は息子なの』
レミィはそう言って瞳を潤ませていた。
その時に、レミィはナーシャにこう告げた。
『離婚してセシルを連れて出られなかったのは、《《彼の為》》とはいえ身を切るほどに辛かった。でもね、ミゼラ様に言われたの。あなたも幸せにならなければいけないって。その時、詫てもくれたわ。自分が不甲斐なくて、親戚を蹴散らせなかった為に、私の運命を狂わせたって。ミゼラ様のせいではないのに、そうやって謝ってくれたの。だからね、私も幸せにならなくちゃって自分に言い聞かせたわ。ナーシャも私と一緒でしょう?幸せになりたいからあの家を出たのでしょう?』
レミィの言葉に、ナーシャは何度も頷いていた。
そんな会話を思い出しながら、義父の執務室に入ると中にはカーゼルとレミィも居て、二人は其々の机で仕事をしていた。
カーゼルとレミィは、子爵の補佐をしている。
「どうした?ジェスト」
揃って部屋を訪った息子夫婦に、子爵は驚いていた。ジェストの顔色が良くないのも気にかかる。まさか昨日報告があったばかりの、初孫懐妊が間違っていたのでは?と全く違う勘違いをして、焦った声を出す。
「座ってもいい?」
ジェストは子爵の返事を待たずに、直ぐにナーシャを執務室のソファに座らせる。
その様子でレミィは、何となくわかったが今は言葉を控える事にした。
ナーシャがソファに座った事で、子爵やカーゼル、レミィもソファに集まってきた。
そしてジェストが、ルオン公爵の手紙を子爵に渡した。送り主の名を見て訝しげな顔をして、手紙を読み始めた子爵は、読み終えるとカーゼルに回した。そしてカーゼルもレミィに回す。
全員が読み終えると、3人ともが大きく溜息を吐いた。
「弁護士に連絡しなければな、レミィは大丈夫か?」
「私の事をセシルにお話しされるのですか?」
「場合によっては話す」
ナーシャは二人の会話で、手紙に書かれていた事はナーシャが思った以上に、侯爵家にとって重要なのだと感じた。
養父であるルオン公爵の手紙には、オリジエル侯爵が心臓発作で倒れ、セシルへと爵位を譲る手続きをしているようだと書かれていた。
ナーシャにとっては、既にオリジエル侯爵家からは籍も離れていて、関係のない事だが、デリス子爵家はオリジエル侯爵家の遠縁に当たるのだ。関係ないとは言えないと思い、ジェストに手紙を見せた。
ジェストがナーシャの気持ちを慮ったのは、冷遇されていたとはいえ、実の父が心臓発作を起こしたのならば心配だろうと思っての事だった。
王都に行く日程を話し合い始めた男達。
そんな3人を放って、レミィがナーシャの隣に座り直した。
「ナーシャ、まだ言ってなかったことがあるのだけど、あなたも不思議に思っていたんじゃない?貴族名鑑に私の名は記されてなかったでしょう?」
「はい、だから私とお兄様は母親が同じだと思っていました」
「そうよね、そうする事がセシルの為だと離婚する時に決められたの」
「えっ?」
「あなたは会った事があるかしら?ミゼラ様なら会わせなかったと思うけど、前侯爵の弟の進言でね、あの人は親戚中の賛同を取り付けていたわ」
「そんな!」
「反対したのはミゼラ様とお義兄様だけだったの、多勢に無勢でね、抗うのは難しかった。そんなことしたって知ってる人は知ってるのに。セシルを妊娠したこともあって、私がまだ社交界に一部しか参加してなかったから。あの人揚げ足を取る天才よ」
「酷いわ!」
「貴族の事を学んだから、そういう事を考える人もいるのかと思ったの。彼らが言う、私が元平民だったという事は、セシルにとっては足枷になるかもって私も思ったりしたから」
「それが原因なのですか?」
「そうね、スティーブの次の方、ナーシャのお母様ね。あの方のご実家が王宮の文官っていうのもね、あって」
ナーシャは実母がオリジエル侯爵と離婚してからも、実母の生家とは疎遠で、宮廷貴族のケイザル伯爵家だということしか知らない。どこかのお茶会で、ケイザル家の夫人と会ったというシンシアの話しを聞いたことがあるくらいだった。
「セシルが、オリジエル侯爵を継承するときは、必ずデリス子爵家に連絡を入れてから、手続きをする決まりにしていたの。ちゃんと王家にもそう届けているわ。ルオン公爵が知り得た事が事実なら、スティーブではない誰か別の者が、動いてる可能性が高いと思うの。スティーブはそれだけは守ってくれるはずなんだけど、彼は流されやすいから⋯」
レミィがそう言って遠い目をしたが、ナーシャは兄が心配で落ち着かない気持ちになってきた。
コメント
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うわあ、第28話、重層的な過去と現在が一気に明かされて胸が詰まりました。特にレミィ様の「息子は息子」という台詞と、離婚の際に自分の出自をセシルの足枷にさせないための取り決め——あの切実さ、構造としても非常によく練られていますね。ナーシャが妊娠中で動けないもどかしさも、読み手にヒシヒシ伝わってきました。セシル兄の行方が気になります。次回が待ち遠しい!