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オリジエル侯爵家の件は、急ぎの対応を必要とするものだと、デリス子爵は判断して、息子のジェストと弟夫婦を伴い、次の日の昼には子爵領を出発した。 もう関係ないのだと、頭では理解するが、なんとも言えない感情が湧いてきて、ナーシャは不安に駆られたけれど、ジェストの前では気丈に振る舞って、何とか笑顔で見送る事ができた。
子爵が不在の間は、前子爵の次男でジェストのもう一人の叔父が、代理を務めることになった。
10日程経過して、届いた最初の子爵の手紙には、思ったよりも難航しそうで、滞在が長くなる旨の知らせが叔父宛にあった。
ナーシャもジェストから体を気遣う手紙を貰ったが、彼等の方こそ動き回らなければならない為、ナーシャはジェストの体も心配で、返事はその事ばかりで埋め尽くされた。
「若奥様、またお手紙を読んでいらしたのですか?」
ナーシャは、最近自室に籠もることが多くなっていた。それは妊娠中だからなのか、睡眠時間は充分なはずなのに、直ぐに眠気がきてしまい、何をしていても、ついうつらうつらと、頭を揺らしていたからだった。直ぐにベッドに入れるようにと、あまり部屋から出ないようにしていた。
そんなナーシャを、セリナが1時間起きに見に来るのが日常になりつつある。
セリナは、ジェストの要望で、雇用主をナーシャから子爵家に変更した為、セリナは一旦ナーシャの専属を離れ、子爵家の古参の侍女に付いて学んでいる。
それでも、妊娠中ということもあって、義母からの命で、セリナは定期的にナーシャを見に来るのだ。因みにナーシャの妊娠の事は、暫く伏せるはずだったが、子爵達が王都に旅立つ前に、最大限の配慮をするようにと全員に通達される事になった。
ナーシャはセリナに若奥様と呼ばれる事が、とても気恥ずかしい。
他の使用人にも呼ばれていて、始めは慣れなくてむず痒く感じたけれど、そちらはいつの間にか慣れてきた。でもセリナの声で呼ばれるのは、いつまで経っても慣れない。
ただただ恥ずかしいばかりで、その日も声をかけられて、思わず照れが先に来て、返事の代わりに微妙な笑みを向けていた。
近付くセリナが着ている、子爵家のお仕着せ姿は段々と見慣れてきた。侯爵家の時は、胸と腰の内側に大きなポケットをセリナは縫い付けて、そこに色々と忍ばせていたから、部分的に膨らんでいて、少しふくよかな印象があったが、今はどこにも秘密のポケットなど作る必要はないので、お仕着せも体にピタッとフィットしていて、本来のセリナの体型にちゃんと見える。
「今朝届いたから、返事を書きたいもの」
「若旦那様は意外と筆まめだったんですね、全く知りませんでした」
ジェストからナーシャ宛に4日おきに届く手紙には、オリジエル侯爵家の事は一切書かれていない。だからナーシャは今侯爵家がどんな状態かは、知らされていなかった。気にはなっても王都はあまりにも遠い。それに、今ナーシャが一番に考えなければならないのは、お腹の子供のことだ。
今朝届いた手紙には、栞が同封されていて、それは結婚式を挙げた教会の司祭と偶然会って、お守り代わりにと貰ったらしく、ナーシャは丁度それを眺めていた所だった。
「見て、セリナ」
「まぁ!これはクローバーですね。葉が4つあります。若旦那様が見つけたのですか?」
「ううん、結婚式の時の司祭様から貰ったんですって、お守りにって。ありがたいわね」
ナーシャが、感謝の言葉を口にすると、セリナは落ちかけたショールを、肩に掛け直してくれた。
「若奥様、良かったですね」
するとナーシャは先程の微妙な笑みと違い、満面の笑みでセリナに応えた。それはナーシャが今幸せである証拠のように思えて、セリナは何かが胸の内から込み上げて来て、鼻の奥がツンとした。
いつまでもその笑顔を保って欲しい、セリナは心から願うばかりだった。
そんなセリナの願いも虚しく、招かれざる客が子爵家にやって来たのは、この日から7日後だった。
◇◇◇
子爵領は農業も盛んで、主に作っているのは麦と野菜だった。広大な麦畑は、収穫時には黄金色に染まり圧巻の景色を魅せてくれる。
麦を保管する倉庫の責任者が、その日慌てたようにデリス子爵家にやって来た。
見知らぬ若い娘が、護衛らしき者を連れて、麦畑の近くで暴れているという。
領主代理のテリューズ叔父が、責任者と一緒に対応しに行ったのだが、帰ってきた時、思いもかけない事をナーシャに告げた。
「リリアって娘が、ナーシャに会わせろって来ているんだが、ナーシャどうする?」
「えっ?リリアですか?」
まさか学園に通っているはずのリリアが、長期休暇の時期でもないのに、こんなに遠くまで何故やってきたのか、ナーシャはリリアの顔が頭に浮かび、不快な気持ちになって、それはしっかりと表情に現れていた。
「無理しなくていいぞ、ただここまで押しかけてきそうだったから、事前に教えといたほうがいいと思って話しただけだから」
「会う必要なんてありませんよ!」
叔父も義母もナーシャの心と体を気遣って言ってくれたが、ナーシャは自分が会わなければ、領民達に何かしらの被害がおよぶ気がしてならなかった。
それは、リリアが伯爵家で義姉にした事を、教えてもらっていたからだった。
でも⋯怖い。
今のナーシャの体は一人ではない。
大切な宝をその身に宿している。
でもリリアを放置できない。
ナーシャは葛藤していた。
コメント
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第29話読んだよ!ジェストからの手紙とクローバーの栞、めちゃくちゃいいエピソードだった…。セリナがナーシャの笑顔見て涙腺緩むとこ、こっちもグッときたわ。そんな穏やかな空気ぶち壊すリリアの登場、嫌な予感しかしないんだけど!ナーシャがお腹の子守りながらどう立ち向かうのか、続きが気になりすぎる🔥