奴隷のケイナを追っ手から自由にするためには、単純な方法やとあかん。
追っ手を半殺しにするだけやと、もっと強い奴らを大勢集めて襲撃されるだけや。痛い目を見せたところで、向こうが引き下がるとは限らん。むしろ、意地になって報復しようとする可能性のほうが高い。たぶん、今ごろ奴隷商は手を回しとるやろな。冒険者崩れのチンピラ、傭兵、賞金稼ぎ――金で動く連中はいくらでもおる。ケイナ一人のために最優先で他の街から戦力を引っ張るほどの価値があるとは思えんが、それでも「ついで」が揃うタイミングを見計らっとる可能性は高い。今日明日に再襲撃をかけられる可能性は低めやろうけど、遅くとも一ヶ月以内には来るはずや。
半殺しにするだけやと駄目なんやったら、どうするか?
答えは簡単。金や。できるだけたくさんの金を用意して、手切れ金として奴らに渡すんや。もちろん、ただの買収やない。金を渡して終わり、ではなく、「こっちと事を構えるのは割に合わん」と思わせるような形にせなあかん。「二度と手を出さん方が得や」と理解させる。それが本当の意味での「自由」や。
ワイのスキルは戦いにも使えるが、暴力だけでは問題は解決せん。必要なんは、もっと現実的な手や。
「ワイの【ンゴ】スキルの使い道は、大きく三つや。リンゴ栽培、けが人の看護、敵の半殺し……。せやけどなぁ……」
ワイは薄暗い納屋の壁にもたれながら呟いた。かすかに乾いた藁の匂いが鼻をくすぐる。ケイナは隅っこの木箱にちょこんと腰掛け、膝の上でぎゅっと拳を握りしめとる。あいつの表情は、はっきり言うて不安げや。そらそうやろ。自由を得たとはいえ、まだ追っ手の影に怯えとる状態やしな。
看護の具体的な効果は分からん。ケイナを看護したときは無我夢中やったからな。改めて検証すれば金策に便利な能力かもしれんけど、悠長に検証しとる暇はない。
半殺しも似たようなもんや。追っ手どもを蹴散らした際は必死やった。この能力がモンスターにも使えるんやったら冒険者として復帰して稼げる可能性はあるが、微妙やな。モンスター狩りで稼ぐには、半殺しやなくてしっかり討伐せなあかん。それに、冒険者として活動しとる間にケイナをどうするかっちゅう問題もある。リンゴ畑に置いとったら追っ手に狙われて危ないし、かといって冒険に連れ回すのも無理や。ワイ一人ならともかく、ケイナを守りながら戦うのは難しい。
ちゅーわけで、金策に活用できそうなんは、やっぱりリンゴ栽培の能力や。
「どんどんリンゴを栽培して稼ぐで。……やけど、リンゴだけじゃ限界があるか……。【ンゴ】スキルで栽培できる野菜や果物が他にあればええんやけど……」
市場の喧騒の中を歩きながら、ワイは考え込む。行商人たちの活気ある掛け声、甘く熟れた果物の香り、屋台から漂う香ばしい焼き菓子の匂いが入り混じる中、ふと目に留まったのは、一角に並べられたみずみずしい果実やった。
「マンゴー……か?」
木箱に丁寧に詰められたそれは、まるで宝石のように輝いていた。夕日に照らされて、橙色の果皮がキラキラと光を反射しとる。値札を見れば、リンゴの数倍の値がついとる。なるほど、これは確かに高級品や。ちょっとした小金持ちやないと、気軽には食えんな。
「これ……ひょっとして【ンゴ】スキルでいけるんちゃうか。成功すれば、めちゃくちゃ儲かるやんけ!」
脳内で利益計算を弾きながら、ワイは迷わず最高品質のマンゴーを購入した。
農園に戻ると、ケイナと一緒に早速作業開始や。まず、マンゴーを【ンゴ】で増やす。目の前で光の粒子が舞い、手元の果実が一瞬にして倍増するのを確認すると、ワイは慎重にその種を取り出した。それを丁寧に土へ植え付ける。発芽したら、それもまた【ンゴ】で増殖。苗木が成長すれば、さらにそこからマンゴーを収穫し……このサイクルを延々と回し続けた。
――夕方には、リンゴ農園の隣にマンゴー農園が形になっとった。
「リンゴにマンゴー……最強の組み合わせやろ、これ」
見渡せば、青々と生い茂るマンゴーの木々。その枝には、みずみずしい果実がたわわに実っとる。陽の光を浴びてキラキラと輝き、まるで宝石みたいや。リンゴとはまた違う、濃厚で甘やかな南国の香りが風に乗って漂い、鼻腔をくすぐる。どこかトロピカルな雰囲気が、この土地の景色と妙に馴染んどるのが不思議やった。
「す、凄い……。ナージェさん」
隣でケイナがぽかんと口を開けたまま、マンゴーの木々を見上げとる。驚きと感動が入り混じった表情で、まるで夢でも見とるみたいやった。
「せやろ? ケイナも一つ食うてみい」
「え? でも、売り物なんじゃ……」
「一個食べたところでどうということあるかい。それに、市場に出す前に味見はしといた方がええやろ?」
「た、確かに……」
ケイナは戸惑いながらも、一つのマンゴーにそっと手を伸ばした。柔らかく、ずっしりとした重みが手のひらに伝わる。指先でそっと皮を剥くと、鮮やかなオレンジ色の果肉が顔を出し、滴るような果汁が光を反射してきらめいた。慎重に口元へ運び、そっと歯を立てた瞬間――。
「お、美味しい! こんなの、初めて食べた!!」
ケイナの目がぱっと大きく見開かれる。その頬がほのかに紅潮し、驚きと喜びが混ざった笑顔が咲いた。
「確かにな! こりゃ、メッチャ美味いで!」
ワイもガブッとかぶりついた途端、口の中いっぱいに広がる濃厚な甘みと、とろけるような食感に思わず声を上げた。果汁が溢れて指を伝い、滴り落ちるほどや。ケイナも夢中になって、もう一口、もう一口とマンゴーを味わっとる。その表情は、まるで幸せそのものやった。
「こりゃ売れる! リンゴとマンゴーの二本柱で、がっつり稼いだるわ!」
これなら、きっと市場でも大受けやで!
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