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深い闇の底で見たそれは過去であり未来でもある。ユカリにはそれが分かっていた。


「どうかしたの? 残忍な怪物みたいな顔してる」


そう言われ、みどりは放課後の家路を見回し、俯き、消え入りそうな声で言う。


「ゆかりと話してること、からかわれた」

「そんな奴はわたしがとっちめてやろうか?」

「そんなことできないくせに……」

「……まあね」とゆかりも小さな声で認める。「じゃあ、しばらく大人しくしてようかな」

「そんなこと、できないくせに」


音が戻ってくる。車。笑い声。そよ風。鮮烈で、情報過多な、現実の音だ。


「ゆかり? ……ゆかり?」




起きていたのか眠っていたのかもよく分からなかった。

蜂の針の痒みも忘れるほどにユカリの頭の中は散らかっていた。心が答えのない答えを求めて彷徨い、体の制御を失っている。


いつの間にか再び自室の寝台へと戻って来ていた。しかし横になると妙な不安がこみ上げ、かといって立ち上がると魂を置いて何処かへ歩き去ってしまいそうな気分だった。未だ魔法少女の姿のままでいることに、当人も気づいていない。


レモニカが一番に駆け付けて来て、ユカリに何かを問い、他の誰かにも問うていた。次にグリュエーがやって来て、隣に座り、しばらくユカリの背中を撫でていた。次にソラマリアがやって来て、戦果を伝えたがユカリには聞こえていなかった。アギノアの声は優し気で意味は伝わらなくても、少しばかりの安らぎをもたらした。最後にベルニージュがやって来て、何事かを喋っていたがやはりユカリの耳には届かなかった。


その時、肩に鋭い痛みが走り、ユカリは飛び上がる。ようやくユカリは今まで寝台の端に腰掛けていたのだと気づいた。


「すみません。すみません。大丈夫ですか? 深くは刺していないのですが」


そう言ったのは縫う者キュクラヴォンだった。ユカリの、魔法少女の破られた衣装ドレスの肩を縫っていたのだ。ユカリの肌を針で刺すまでは。

そして目の前にいるベルニージュに気づいたユカリは察する。


「信じられない。もっと穏当な方法は思いつかなかった?」

「全部試したよ。次を試す前に気づいてくれてよかった。いいから何があったのか話して。急を要するかどうかさえ分からない」


一応は心配しての所業らしい。だからといって人に針を刺すだろうか。ユカリはおそるおそる刺された個所を見るが、見た目には何ともなかった。縫う者キュクラヴォンの手業であれば可能なことなのだろうが、だからといって許すべきとも思えない。ユカリは不貞腐れた顔で寝台に座り直し、しかし素直に喋り始める。


「みどりっていう女の子だった」とユカリは自分でも慣れない言葉を紡ぐ。

「何の話? 初めから話してよ」そう言ってベルニージュは椅子を引き寄せて、ユカリの前に座る。

「それが初めだよ。魔法の無い世界にみどりっていう名前の女の子がいたの」


ベルニージュはじれったそうにし、しかし耐えた。ユカリは気にせず話を続ける。


「みどりは、だけど魔法の力を持っていた。とても強力な、溢れんばかりの。それが溢れたんだと思う。筆記帳ノートに。そうして筆記帳ノートも力を得て、魔導書になった」

「はあ!?」とベルニージュが大きな声を出し、ユカリも思わずびくりと震える。「もしかして今魔導書が作られた時の話をしてるの!?」

「うん。たぶんだけど」


ベルニージュは周囲を見渡す。そこはユカリたちに与えられた寝室で、今はユカリとベルニージュと縫う者キュクラヴォンしかいない。ベルニージュが縫う者キュクラヴォンに何か言いかけるが、針子の使い魔は手を止める。


「さあ、縫い終わりました」そう言って立ち上がった。「使い魔に口止めは無意味です。せめてここで退室させるのが賢明でしょうね」

「ごめんね。でもたしか縫う者キュクラヴォンはユカリ派じゃないよね?」とユカリは心配そうに尋ねる。

「ええ。かわる者エニ派でもありませんけどね。申し訳ありませんが、御二方とも私の従うべき理想のお方ではありません」


そう言って縫う者キュクラヴォンは部屋を出て行く。

ベルニージュはさっきまで縫う者キュクラヴォンが座っていた、ユカリの隣に座り、静かに秘密の話に耳を傾ける。


「続き。だけどその筆記帳ノートには、何というか、秘密が書かれていて、そして暴かれたの。絶望したみどりは筆記帳ノートと共に川に身を投げた。私の記憶はそこまで。そしてこの世界に転生した」

「世界? 転生?」とベルニージュが問い詰める。

「あ、違う世界の話ね。死んで別の世界――ここのことだけど――に生まれ変わったの」

「初めから話してって言ったでしょ?」

「どこが初めか分かんないよ」


ベルニージュは深く息を吐き、難しい顔をして腕を組む。


「なるほど。つまりユカリはミドリが転生したってことだね。つまり魔導書の造り主だから――」

「あ、違うよ。私はみどりじゃなくてゆかりから転生したの」

「そんな登場人物出てなかったけど?」

「順番に話そうと思ったの!」ユカリは改めて話を続ける。「一番最初の筆記帳ノートに力を込めた時、ゆかりが魂を得たんだよ。元々ゆかりはみどりの空想の友達イマジナリーフレンドだったみたい」


「順番じゃないじゃん。遡ってる」

「難しいんだってば。分かったから話の腰を折らないでよ。……ともかく、私の前世のゆかりの触媒になったのであろう筆記帳ノートは他の筆記帳ノートと共に水底に沈んで駄目になったんだね」

筆記帳ノートが転生したのがユカリってことになるけど」

「それは別にいいでしょ!」


しかし記憶の中にはユカリがラミスカの肉体を借りて転生し、魂が癒着した理由を説明する出来事はなかった。それに関してはただかわる者エニに教わっただけだ。ただし心当たりはある。母エイカに施されたというクオルの実験、『禁忌の転生』だ。


「ふうん。でも分からないなあ」とベルニージュが不思議そうに呟く。

「まあ、まだまだ分からないことだらけだよ」

「そうだけど。そうじゃなくて。さっきまで呆けてたのは何だったの? そこまで悩むこと? 所詮別の世界の、終わった事でしょ。色々とこの世界で起きた出来事の原因ではあるけど」

「それは……」少し躊躇いつつもユカリは打ち明ける。「かわる者エニが言ってたんだよ。ユカリの魂とラミスカの魂が癒着しているって。それってつまり私がラミスカの魂を塗り潰している、殺しているってことなのかなって」


「ユカリの主体はユカリなんだね? ラミスカじゃなくて」

「いや、それは……。分からない。あの日、あの時までラミスカとして生きて来たから」

「じゃあ結論は分からない、でしょ。今の所。もしかしたら、ワタシの目の前にいる貴女はラミスカで、ユカリに体を乗っ取られた被害者かもしれないじゃん」

「いや、そうなんだけど。でも、ユカリかもしれないし……」

「そういうのは分かってから悩んでよ。問題の分からない内から問題について悩むなんて馬鹿々々しい」


そう言ってベルニージュは立ち上がる。


「だって、どっちだとしても難しい問題でしょ?」

「ユカリにとってはね」と笑うベルニージュは揶揄うというよりも喜びに溢れていた。「ワタシなら解けるんだから。問題が分かったら教えてね」


そう言ってベルニージュは部屋を出て行く。その揺るぎない自信に、そして自分への信頼に、ユカリの頭の中に散らかっていた細々としたものは全て吹き飛んでしまっていた。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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