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かめちょん
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かめちょん
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小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む朝の光で目が覚めた。布団から跳ね起き急いで着替えて、兄たちをも追い越して家を飛び出した。
胸の奥は、昨日約束した、また遊ぼうという言葉でパンパンに膨らんでいた。
生垣の向こう、昨日と同じ緑の葉が揺れる道。そこに、お気に入りの白い帽子をかぶった涼ちゃんが立っていた。
「りょうちゃん!」
僕は嬉しくて、内気だった自分を忘れて大きな声で呼びかけながら駆け寄った。
けれど、僕の姿を見たりょうちゃんは、ぱちぱちと大きな瞬きをして、その場に立ち止まってしまった。ひまわりのようだった昨日の笑顔は、ない。ただ、不思議そうに首をかしげて、僕を見つめている。
「…んん…だれだったっけ?」
鈴の転がるような、やわらかい声。昨日と全く同じ、大好きな声。
それなのに、紡がれた言葉は冷たい氷のように僕の胸を突き刺した。
「え…? あ、あの、もときだよ? ほら、昨日、一緒に川で遊んで、スイカ食べて…」
「もとき、くん…」
りょうちゃんは困ったように眉を下げて、自分の頭をぽんぽんと叩いた。
「ごめんねぇ。ぼくさ、頭のなんか病気みたいので、すぐ忘れちゃうんだよね。だから…きみのことも、忘れちゃったみたい。」
悪気のない、ほわほわとした口調。それが余計に悲しかった。
嘘だ、と叫びたかった。あんなに楽しくて、あんなに美味しくて、あんなに笑い合ったのに。僕にとっての世界が変わるほどの特別な思い出が、りょうちゃんにとっては、『なかったこと』になっている。
一瞬でまた、あの孤独な夏の影に引き戻されたような気がして、僕の視界は涙でぐにゃりと歪んだ。ぽろぽろと大粒の涙が、僕の頬をこぼれ落ちる。
「あ、泣かないでぇ、ごめんね、ぼくが忘れん坊だから……あうぅ、どうしよ。泣かせちゃった」
おろおろと慌てていたりょうちゃんは、何を思ったのか、急に僕の手を掴み、小さい体で一直線に走り出した。
驚いて涙は止まり、拭うのも忘れて、ただ引きずられるようについていった。
連れてこられたのは、すぐ近くにある、緑豊かな庭に囲まれたりょうちゃんの家だった。
「お母さーん! また忘れんぼして、もときくん泣かせちゃった! 助けてぇ!」
玄関に飛び込みながら叫ぶりょうちゃんの声を聞いて、奥から優しそうな、りょうちゃんと目元がそっくりのお母さんが慌てて出てきた。
「あらあら、どうしたの…って、まぁ」
お母さんは泣きじゃくる僕と、申し訳なさそうに眉を下げているりょうちゃんを見て、すぐに事情を察したようだった。
「涼架、ちょっと冷たい麦茶を持ってきてくれる?」
「うん! わかった!」
りょうちゃんがトボトボと台所へ向かうのを見送ってから、お母さんは僕の前にしゃがみ込み、優しく頭を撫でてくれた。
「もときくん、驚かせてごめんなさいね。あの子ね、小さい頃に病気があってね、大きな手術をして、その後遺症で、しばらくすると新しい記憶が消えちゃうの。」
「きえちゃう……?」
「そうなの。本当はね、あの子自身が一番怖いはずなの。でもね、周りの人を悲しませたくなくて、いつもお人好しに笑っているのよ。
元貴くん、あの子の『初めてのお友達』になってくれて、本当に嬉しかった。あの子昨日、見たことないくらいうれしそうに帰ってきたのよ。ほんとにありがとうね。」
お母さんの言葉を聞きながら、僕はりょうちゃんが運んできてくれたコップの中で、カランと音を立てて溶けていく氷を見つめていた。
氷が溶けたら、冷たい麦茶はただの薄い水になってしまう。りょうちゃんの記憶も、時間とともに溶けて消えてしまう。
そんなの、やだなあ…だって楽しいことは一緒に楽しみたいし、嬉しいこといっぱい話したいのに
「…りょうちゃん、僕、ちょっと家帰る!」
急いでりょうちゃんの家を飛び出し、自分の滞在先へ全力で走った。
部屋に飛び込み、東京から持ってきた一冊のまっさらなノートと、色鉛筆を引っ張り出し、そして、昨日あったことを、拙い文字と絵で必死に書き殴った。
川できらきら光る水。尻もちをついて笑うりょうちゃん。そして、真っ赤なスイカを世界一美味しそうに食べる、大好きな笑顔。
ノートをぎゅっと抱きしめ、僕はもう一度、りょうちゃんの家へと走った。
りょうちゃんは縁側に座って、コップの氷を指でつつきながら、のんきに待っていた。
「りょうちゃん!」
「あ、もときくん…? おかえり!」
また、「だれ?」という顔をしかけたりょうちゃんに、僕はぐっと胸を張って、ノートを広げて見せた。
「僕、もとき! 東京から来たんだ。りょうちゃんは食べることが大好きで、昨日はスイカをすっごい笑顔で食べたんだよ! ほら、これ!」
僕が描いた下手くそなスイカの絵を見て、りょうちゃんはくりくりとした目を限界まで丸くした。
「うわぁ…! これ、ぼく? お口が真っ赤!」
「そうだよ! りょうちゃん、んん〜っ!って言いながら、すっごく美味しそうにおばあちゃんのスイカ食べたんだから」
「えへへ、そうなんだ。ぼく、昨日スイカ食べたんだぁ…それ、絶対美味しかったよねえ」
「ここも見て。これはねえ、りょうちゃんが飛ばしたスイカの種!すっごく遠くに飛んだんだよ!」
りょうちゃんはぱあっと、昨日と全く同じひまわりの笑顔を咲かせた。
「もときくん、これ、おもしろいねぇ! ぼくの忘れたことが、いっぱいつまってる!」
「うん。毎日僕がこれ書く。りょうちゃんが忘れちゃっても、僕が毎朝、昨日楽しかったことを全部教えてあげる」
「わぁ!もときくん天才だ!じゃあ、ぼくたち、今日も『はじめまして』の、お友達だね」
涼ちゃんは柔らかい手で、僕の手をぎゅっと握った。
このノートが、溶けた氷の代わりに新しい時間を紡いでいく。汗ばんだシャツに触れる風が、昨日よりも少しだけ、温かく感じられた。
コメント
4件
めちゃくちゃ素敵なお話ありがとうございます✨ 既にウルウルきちゃってます〜🥹❤️💛 きろく係、素敵なタイトルですね✨ また続き楽しみにしています
穏やか、きらきらの夏だったのに… 手が滑ってこんな設定がついちゃった🤭どうしたって切ない話になっちゃう…甘々はいずこに…?
おお…第3話、すごくよかった…。 “忘れちゃう”涼ちゃんと、そのために“記憶のノート”を作るもときくん。冒頭の「だれだったっけ?」で胸がぎゅっとなったけど、最後の「今日もはじめましてのお友達だね」で一気に涙腺にきたよ。忘れてもまた作り直せるって、このノートがその証なんだね。2人の距離がじわじわ温かくなっていく感じがたまらない。次も絶対読む!