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3
ひなから受け取ったバトンを手に、
綾小路清隆 は滑るように走っていた。
無駄のないフォーム。
派手さはない。
けれど、
確実に前との差を縮めていく。
観客席から大きな歓声が上がった。
「綾小路、速い!」
「Dクラス追い上げてる!」
ひなは息を整えながら、
その背中を見つめていた。
彼の走りはどこまでも冷静だった。
焦りも気負いもない。
ただ、与えられた役割を果たすために、
最も効率的な動きを選んでいる。
それが綾小路清隆という人だった。
けれどひなには、
その背中がいつもより少しだけ頼もしく見えた。
自分の渡したバトンを、
大切に受け取ってくれたから。
アンカーへとバトンがつながる。
最後の直線。
Dクラスのテントから、
割れんばかりの応援が飛ぶ。
「いけーー!!」
「頑張れーー!」
ひなも両手を胸の前で握りしめ、
夢中で声を上げた。
「頑張って……!」
そして――
アンカーがゴールテープを切る。
結果は一位ではなかった。
それでも、
Dクラスは予想以上の健闘を見せた。
クラス全体から歓声と拍手が湧き起こる。
「やったー!」
「みんなお疲れ!」
順位以上に、
全員で戦い抜いた達成感がそこにはあった。
ひなの目には、
うっすらと涙が浮かんでいた。
借り物競走。
障害物リレー。
全員リレー。
どの競技も不安だった。
それでも最後までやり切ることができた。
たくさんの人に支えられながら。
「ひな!」
恵ちゃんとと桔梗ちゃんが駆け寄ってくる。
「本当に頑張ったね!」
「今日はひなちゃんが大活躍だったよ〜!」
二人に抱きしめられ、
ひなは涙ぐみながら笑った。
「ありがとう……!」
その少し後。
人混みの向こうから、
綾小路くんが静かに歩いてくる。
汗を拭いながら、
いつもの無表情のまま。
ひなはそっと彼の前に立った。
「お疲れさま」
「ああ」
短い返事。
それでも、
彼の視線はひなに向けられていた。
「よく走っていた」
それだけの言葉に、
ひなの胸がじんと熱くなる。
「綾小路くんも、すごかった」
「そうか」
彼はわずかに目を細めた。
そして、
周囲に気づかれないよう、
ひなの手に一瞬だけ触れる。
「……今日は、頑張ったな」
そのひと言で、
胸いっぱいに幸せが広がる。
誰にも見えない、
ほんの短い触れ合い。
けれど、
それはひなにとって何よりも特別なご褒美だった。
ゴールのその先にあったもの。
それは順位ではなく、
仲間との絆と、
自分自身の成長。
そして、
大切な人からの静かな労いの言葉。
体育祭は、
たくさんの笑顔と温かな想いに包まれながら、
忘れられない思い出として胸に刻まれていくのだった。
コメント
1件
うわあ、体育祭のラストシーン、すごくじんときました…。綾小路くんが「よく走っていた」ってひなさんにだけ言うところ、めちゃくちゃ良いですね。本人は無表情のままだし短い返事なのに、その一瞬の手の触れ合いで全部伝わる感じが、この二人の関係性をすごく表現してるなあって。順位じゃなくて“ゴールのその先”に絆とか成長を持ってきた構成も綺麗でした。お疲れさまでした!