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3
体育祭が終わった日の夜。
寮に戻ったひなは、
ベッドに腰を下ろし、大きく息をついた。
体は心地よい疲労に包まれている。
けれど胸の中は、
不思議なくらい温かかった。
借り物競走。
障害物リレー。
全員リレー。
どの競技も、
今までの自分では想像できなかったほど、
精一杯頑張ることができた。
そして何より――
綾小路くんがずっと見ていてくれた。
それだけで、
今日という一日は特別なものになっていた。
コンコン。
不意にドアがノックされる。
「……?」
扉を開けると、
そこには綾小路くんが立っていた。
「少し時間はあるか」
ひなの胸がどきりと跳ねる。
「う、うん」
二人は寮のラウンジへ移動した。
夜のラウンジには人影も少なく、
静かな空気が流れている。
窓の外には、
体育祭の余韻を包み込むような柔らかな月明かり。
ひなは緊張しながら、
隣に座る綾小路くんを見上げた。
「今日はお疲れさま」
彼が先に口を開く。
「……ありがとう」
「借り物競走も、障害物リレーも、全員リレーも」
少し間を置いて、
彼は続けた。
「お前らしかった」
短いその言葉に、
ひなの胸がじんわりと熱くなる。
「昔の私だったら……あんなにたくさんの人の前で走れなかったと思う」
ひなは小さな声で呟く。
「でも、みんながいてくれて……綾小路くんもいてくれたから」
彼は黙って聞いていた。
そして静かに言う。
「それは、お前が前に進んだからだ」
「俺はきっかけの一つに過ぎない」
淡々とした声。
けれど、
その言葉には確かな信頼が込められていた。
ひなの目に、
うっすらと涙が浮かぶ。
「……それでも、綾小路くんがいてくれて嬉しい」
しばらくの沈黙。
そして彼は、
ポケットから小さな包みを取り出した。
「これを」
「え……?」
中には、
白い猫の小さなキーホルダーが入っていた。
白髪のひなを思わせる、
ふわりとしたデザイン。
「頑張った日の記念だ」
ぶっきらぼうな言い方。
けれど、
彼なりの精一杯の気持ちだとすぐにわかった。
ひなの瞳から、
涙がこぼれる。
「大切にする……!」
綾小路くんは、
少しだけ視線を逸らした。
「泣くほどのものじゃない」
「嬉しくて……」
ひなが笑いながら涙を拭うと、
彼は一瞬だけ手を伸ばし、
そっとひなの頭を撫でた。
ほんの数秒。
それだけで、
胸の奥まで優しさが広がっていく。
「今日はよく頑張った」
「……うん」
「これからも、無理はするな」
「うん」
「でも、お前なら大丈夫だ」
その言葉が、
ひなにとって何よりのご褒美だった。
体育祭という大きな舞台を終えて。
ひなはまた一歩、
自分の殻を破ることができた。
その成長を、
誰よりも大切な人が認めてくれた。
たとえ多くを語らなくても、
彼の隣にいられるだけで、
前を向く勇気が湧いてくる。
ひなの青春は、
これからも静かに、
そして確かに輝き続けていくのだった。
コメント
1件
寺島あおいです🤍 今夜は素敵な物語をありがとうございました。 体育祭の頑張りを「お前らしかった」と伝える綾小路くん、白い猫のキーホルダーに隠れた彼なりの精一杯の気持ち……静かで温かくて、読んでいてこちらまで胸がいっぱいになりました。「これからも無理はするな」という言葉に彼の信頼と距離感が凝縮されていて、すごく好きです。ひなが自分の殻を破って、大切な人に認めてもらえた夜。その輝きが、読者にもちゃんと届いていました🌷