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荻本珠羽
大学一年生。穏やかで優しい性格。家の中で事故に遭い、一部記憶障害を患う。
朝倉斗希
大学一年生。珠羽の同居人。とてもきれいな顔をしていてどの方面からも人気者。
春の優しい光が優しく僕を照らす。
いつぶりだろうか、外に出たのは。
思い出すのはもやがかかっていて思い出せないけれど確かにいたあの人。
名前を呼んでくれた優しい声。いつだって珠羽を一番に考えて動いてくれた優しい人。
それがどうしても思い出せないのだ。声も話し方も優しい笑みも。
全部覚えているのにわからない。
「珠羽。おはよ」
カフェの窓際で自分を呼んでいる誰かの声に振り向く。
色素の薄い軟らかい髪に目を引く透き通った瞳。
目の下には控えめに小さな黒子が彩っていた。
その姿が、佇まいがひどく懐かしくて安心する。
胸の鼓動が速くなる。顔が熱くなる。
はやる気持ちの手前、彼は泣き笑いのような表情で静かに微笑んでいた。
◆◇◆◇
「初めまして。荻本珠羽です。よろしくお願いします」
高校二年生の初日、隣の席になった彼はとてもきれいな顔をしていた。
真っ白な肌に筋の通った高い鼻。色素の薄い髪は光に当たると金色に光って見えた。
目元には泣き黒子があり、柔らかく微笑む姿はさながら王子様のようだった。
「俺は朝倉斗希。同い年だし、タメ口でいいよ」
くすっと笑って返事をする彼は男の珠羽から見ても惚れ惚れするような無邪気な笑顔で挨拶を返してくれる。
嬉しそうな笑顔にこちらもうれしくなってしまう。
「わかった。よろしく、朝倉くん」
「よろしくね、荻本くん」
それからは趣味は何とか好きな食べ物はとか当たり障りのない会話で話し合った。
どうやら彼の趣味は読書とゲームらしい。アクション系からホラーゲーム、パズル系など幅広くゲームを楽しんでいるとはなしてくれた。
こちらとしてもゲームは好きなので趣味の合う友達ができそうでよかったなと思う。
「そういえば荻本くんって結構人気っていうか、有名だよね」
「えっ?そうなの?全然自覚なかった」
自分が目立っているなんて想像もしていなかった僕は相手に自分が知られていると知り少し恥ずかしくなる。
そもそも自分は休み時間に本を読んでいるような所謂陰キャみたいな感じだし目立つような要素はあまりない。
しいて言うなら、
「瑛太がいるからかな?幼馴染だから」
「へえ。そうなんだ」
知らなかったのだろうか。少し驚いたようにこちらを見てくる。
「うん。三歳くらいの時からずっと一緒。兄弟みたいな感じ」
「ふーん。俺、幼馴染とかいないから憧れるな」
そう話してくれる朝倉くんは穏やかな表情で僕を見てくれる。
一目惚れ、とは少し違うかもしれないが僕はその瞳が好きだ。
陽に当たるとアイスブルーに煌めいてとても綺麗で優しく僕を映してくれる。
「綺麗だね。朝倉君の瞳」
「そう?はじめて言われた」
少し照れ臭そうに返事をする彼は目を細めて笑う。
僕はそんな彼が世界で一番大好きで、自慢の××だった。
◆◇◆◇
「軽い記憶障害ですね、脳の損傷は特にありません。一週間ほどで完治しますよ」
さっきまで病院の白いベッドに寝かされていた僕は医者からの診察を受けた。
どうやら自宅で気を失い、倒れたところを誰かが見つけ、119番に電話をしてくれたようだ。
「急に俺の名前忘れるからびびった~っ」
ポンポンと僕の頭をたたきながらあまりびびってなさそうな声色で告げたのは幼馴染の上原瑛太。
僕の三歳のころからの幼馴染で大学生になった今でも時々電話でやり取りをしている。
瑛太のことを思い出すことができているし、自分にはあまり記憶障害であるという自覚がない。
「そういえば朝倉は今頃血相変えてこっち来てるんだろうな。あっ面会一人までだから連絡しとかないと」
「……あさくら?」
さっきまで安心したように快活にしゃべっていた瑛太の顔が急に引きつる。
瑛太の血の気のひいた顔に少し怖くなり、思わず布団を握りしめた。
「お前、朝倉斗希の名前に聞き覚えは?」
「……?誰?」
誰だかさっぱりわからない。初めて聞いた名前だ。
「……」
「え、瑛太?」
僕から逃れるように視線を逸らす。
瑛太は自分が名前を忘れられた時よりも動揺し少し震えているようにも見えた。
「……わかった。ちょっと朝倉に連絡しとくわ」
そういうと真剣な顔で自身のスマホを睨み始めた。
その姿を見て、ぼくもベッドわきに置いてある自分のスマートフォンの電源をつけてみる。
充電をしておいてくれたのかバッテリーは八六パーセント。まだまだ持ちそうだ。
今日で退院なので着替えをしていると不意に瑛太から声がかかる。
「朝倉が喫茶店で待ってるらしい。もう退院の手続きは済んでるから早く行ってあげて」
「……?うん、わかった」
僕は、朝倉斗希なる人物がどんな人なのかはわからなかったが、とりあえず指定された駅前のカフェに行くことにした。
おしゃれな雰囲気のそのカフェはまだ十時だからかあまり人はいなかった。
お店の人に案内され、『朝倉斗希さん』のいる席へ案内してもらう。
窓際の席に近づくにつれ、そこに座っている男の顔が明瞭になる。
窓側に座る彼の顔はとても美しかった。
日の光を浴びて金色に反射した軟らかそうな髪の毛。目元を彩る小さな黒子。
そして何より、綺麗なアイスブルーの瞳。
窓に映る桜の花びらは彼を彩るように舞っている。
窓際に座る彼のその顔を見た瞬間僕の鼓動は速くなり、顔が熱くなる。
「こ、こんにちは」
挨拶をして向かい側の席に座ると、嬉しそうにでも少し泣きそうな顔で笑う。
心配してくれているのか、ぼくの体を頭のてっぺんから足のつま先までを眺めていた。
「お待たせしました。ブラックコーヒーお二つと季節のマカロン四種でございます。」
しばらくして店員さんがコーヒーを二杯とマカロンを四つ持ってきてくれた。
店員の女の人はお好みでミルクと砂糖をお使いください、と言い席を離れるが目の前の彼を気にしているのかずっと見ていた。
「召し上がれ?」
「あ、ありがとうございます」
ほのかに湯気を立てたコーヒーに無言でミルクと砂糖を入れ、差し出してきた。
コーヒーの香ばしい香りが僕の鼻をくすぐる。
彼は僕がブラックを飲めないと知っていたのだろうか。
「初めまして。荻本珠羽です。よろしくお願いします」
「よろしく、俺は朝倉斗希」
そう返事をして微笑む彼は少し笑顔にさみしさを滲ませていた。
やはり記憶障害の影響なのだろうか。
僕は目の前にいる彼は初対面だと認識しているし、名前も初めて聞く。
「あのう、僕たち、どこかで会ってますか?」
そう訊ねると彼は優しく僕の頬を撫でる。そして切実な声で答えた。
「僕と君は、高校の時の同級生で同じ家に住んでいるんだよ」
「あ、え……?」
この人と、同居。にわかには考えられない。こんなにも美しい人が家にいたら一日中緊張してしまうだろう。
「君が、シェアハウスを提案してくれたんだよ」
緊張する手が汗ばんで気持ち悪い。握ったり開いたりすると手は熱を奪われ冷たくなっていった。
「じ、じゃあ僕は今日朝倉、さん?と一緒に帰るんですか」
「そういうことになるね」
しばらく沈黙が二人を襲った。長い長い沈黙の後、先に口を開いたのは彼のほうだった。
「珠羽くんは、俺のこと知らない?」
「……ごめんなさい。分からないです」
「そっか……」
さみしそうな表情に尻すぼみになりながらもなんとか答える。
それでも彼は怒らず、真剣に僕の話を聞いてくれた。
「でも、朝倉さんといるとなんか、ドキドキ?するんです」
そう言った後で気が付く。ものすごく恥ずかしいことを言った気がする。
「ごめんなさい、困ります、よ、ね……?」
突然の感覚に驚く。反対側から腕を伸ばして僕の頭に触れている彼を覗き込んだ。
「あ、えっと……どうしたんですか?」
頭の上に載せた掌を左右に振って僕の頭をなでる。その感覚がなぜか懐かしくて安心した。
「俺は、君のこと好きだよ。珠羽くんは、まだ俺のこと好き?」
綺麗な瞳が僕を見つめる。真っ直ぐな目に少し怖気づいてしまう。
好き、なのだろうか。頬は熱いし、心臓もうるさい。体が好きだと告げているが、自分は目の前の人が本当に好きなのか。
「よく、分からない……です」
コーヒーカップに口をつけると既に一口分しか残っていなかった。
いつの間にこんな飲んだのだろうか。
「そっか……。そうだよね、ごめんね」
申し訳なさそうに微笑む彼の姿はやはり慈愛に満ちていて僕の鼓動を速めた。
僕の記憶の中では甘酸っぱいはずのストロベリーマカロンが今はなぜかとても甘く感じた。