テラーノベル
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廊下を歩きながら大きくあくびをする。前を歩く担任がちらりとこちらを振り向いたので軽く頭を下げておいた。10月中旬のほどよい涼しさがいい感じに俺の眠気を誘うのが悪いんだ。
例の件からとんとん拍子で話しは進み、俺はターゲットのいる学校の、ターゲットのいるクラスに転校生として潜入することになった。一体どれだけの金を積めばこんな横暴できるんだよ、と心の中で次元の違う富裕層へ悪態をつく。
「ここ、小柳のクラスはA組!」
もう既に知っているがまるで初見のようなリアクションをした。多分だが本当の事情を知ってるのは俺と依頼主とよくて校長くらいだろう。つまり担任にとって俺は、変な時期に転校してきたヤツってわけ。
担任に続いて教室へ入れば、先ほどまで騒々しかった教室が一気に静かになった。あまりにも早く話しが進んだから、転校生がくる!という噂すら出回っていなかったのだろう。
「えー突然だが今日からこのクラスに転校生が来ました。卒業まで残り少ないが色々教えてやるように!」
転校生という単語が発せられた瞬間、糸が弾けたようなざわめきが教室を埋め尽くした。一斉に向けられる視線から逃げるように口を開く。
「小柳ロウです。親の引っ越しの都合で転校してきました。どーぞよろしく。」
事前に用意してきた文章を言えば、教室はより一層ざわざわと煩くなる。そんな中でいろいろな人の目線をかいくぐり目当ての人物を探すがどうにも見当たらない。……いやまて、もしかしてアレか?
窓際の1番後ろ。机に平べったく突っ伏している人物を見つめる。写真に映ってたのと同じ紫色の長髪が円を描いて広がっている様に彼だと確信した。
「小柳くんの席は……あの後ろの席だな。もし視力が悪くて見えないなら前にするけど、どうだ?」
後ろの席、と言われた空の席を見ると幸運なことにちょうど星導の隣だった。目はあまりよくないが授業は聞かなくても問題ないのでこの際気にしないとしよう。
担任にOKの旨の返事をし、己の席へと歩みを進める。その近づく俺の足音に反応してか、うなだれていた紫がゆらりと顔を上げた。不思議な虹彩をした双眼が俺を捉えて、おもむろに彼の形のいい唇が動く。
「おはようございます。」
「……おはようございます。」
なんだこれ。転校生になる経験は今日が初めてだが最初ってよろしくとかが相場じゃないのか…?星導が何事もなかったかのように再び机と一体になったためファーストコンタクトはここで途絶えた。
その隣に腰を下ろし、さてこれからどうするかと考えていればいつの間にかホームルームが終わっていた。組織に置いてあったアニメDVDの世界では、こういう時すぐ大勢に囲まれるものだが……。
(……誰も来んね。)
ちらちらとこちらを伺う気配は感じるが、それでも実際に話かけられることはない。どうやら現実は世知辛いようだ。まぁ俺の目標は周りと仲良くなることじゃないから。……だから全然気にしてないけど。
ホワイトボードに目線をずらせば今日の時間割らしきものが書いてあった。1限目は……数学?組織の人から文字の読み書きや最低限の常識は叩き込まれたが、数学はどう頑張っても無理だろう。睡眠時間にでも当てようかな。
と、思ってたのに。
「教科書?小柳は……あ、星導にでも見せてもらえー。」
教員から言われたその言葉で、俺の睡眠時間は任務へと切り替わった。ぴたりと机を合わせ、中央に置かれた呪文でびっしりの教科書を無心で見つめる。寝れなかったのは残念だがターゲットと接触できるいい機会だろう。
ちらりと横目で星導の方を見た。ノートへの書き込みもそこそこに、星導は筆箱についたよく分からんタコみたいなマスコットをくるくると指で遊んでいる。こいつ朝は寝るのに授業中は起きてるんだ。変なやつ。そのまま特に会話もなく授業は終わった。
「ありがと。」
「いえいえ。俺もたまに忘れるので次は持ってきてくださいね。」
気合を入れて話しかけたのに、星導はそれだけいうと長い腕をだらりと机の上に放り出し朝のように再び顔を伏せた。
2限と3限はプリントで行うタイプの授業で、星導と接触する機会はなかった。睡眠時間を終え、少しぼやける視界で次の時間割を見る。4限は……国語か。
どうやらここの国語教員は気難しいタイプらしく、教室に入るや否や「これくらい事前に買っておいてほしいものだが……」と俺にお小言を言い始めた。適当に相槌をうち話を切り上げて1限のように星導の机に自分の机を寄せる。
「これも忘れたんですか?」
「まぁそんなとこ。」
忘れたと言うか持ってないんだよ、と言いたかったがこれ以上この教員に目をつけられたくないので私語を慎んだ。1限と同様、授業中は起きている星導を度々確認していれば4限の終わりを告げるチャイムが鳴る。
相変わらず誰にも話しかけられない俺はさて昼をどう過ごそうかと考えていた。1番いいのは星導と食べることだが……。ちらりと視線をずらすがそこには誰もいない。4限が終わり気づいたらもう居なかったのだ。
しょうがないから昼は一人で食べよう。俺は脳内で必死に組織で見たアニメを思い出した。昼ってどこで食べるのが相場だ……屋上とか?廊下に出て上がれそうな階段を探す。その道中他クラスのやつが俺の話をしているのが聞こえたが全て無視して階段を登った。
「お、開いてんじゃん。」
がちゃりとドアノブを回すといとも簡単に扉は開いた。風もそこまで強くなくて昼を過ごすにはちょうどいい。なんて考えていた時だった。
「ここ俺の場所なんですけど。」
何度か聞いた耳馴染みのいい低音。声の方を振り返ると案の定星導がいた。朝から変わらなかった表情が、今は少し不機嫌そうに眉をしかめている。
「お前の場所も何も、今日転校してきた俺が知るわけないだろ。」
イラッときてしまいつい言い返してしまった。俺の言葉に星導は少し眉を上げて、朝からずっと眠そうな目も少し見開く。
「え、あなた転校生なんですか?」
………は?
予想外の言葉に思わず俺も目を見開く。俺、朝あんなに大々的に紹介されてたやん。……って待て、そう言えばこいつ寝てたな。いや、それでもクラスに知らないやつが、ましてや急に隣の席に居たら気付くものだろ普通。
……でもこれはいい機会だ。俺は勝手に隣に腰を下ろし、朝適当に買った菓子パンを星導の弁当の横に置いた。
「そー、転校生。だからお前のルールとか知らないから。俺もここで食べんね。」
「……まぁいいですけど。」
お、意外。断られても動かないぞという気でいたのにするっと了承されて驚いた。さらに予想外なことに、星導は度々俺に話題を振ってきた。
「ところで名前は?」
「小柳ロウ。……これ朝言ったんだけど?」
「そのパン美味しいですか?俺も気になってるんです。」
「まぁまぁやね。俺的にはもっと甘くてもいい。」
まぁこんな感じで他愛のない話をしながら昼を過ごした。廊下を歩き2人で教室まで戻れば、周りからの視線が集中して結構気まずい。星導はそんなの微塵も気にしてないようでまたすぐ机に伏せっていた。
その後の2時間は特に何事もなく終わった。唯一あったことといえば、5限の終わりあたりに星導がちょっと居眠りしてたことくらい。
帰りのホームルームも終わったので俺はスマホで地図を開いた。今回の任務はかなり徹底しており、依頼人の男性が俺に仮住まいを用意してくれたのだ。「狭い所ですまない…」と言いながら立派すぎる部屋の写真を見せられたときはかなりビビった。
場所の確認も終わったのでスマホをしまいスクールバッグを背負う。その際同じく帰り支度をしていた星導と目が合ったので一応軽く会釈して「じゃ。」なんて言っておいた。星導が同じく会釈を返したのを視認してから教室を出る。
家へと向かいながらそれとなく今日のことを振り返る。最初にしてはだいぶ良い感じなんじゃないか?
依頼人の願望通り”精神的に”追い詰めてから殺すとなると、俺は星導と友達……いや親友になる必要がある。親友に裏切られることの辛さを俺は体験したことがないから分からないが、まぁそれなりに傷つけることはできるだろう。
さて、どうやって仲良くなろうかなぁ。
なんて考えていたのが1週間前のこと。
「今日は何、そぼろご飯?」
「そうですけど……あげませんよ?」
俺は最初の日と同じように、星導と屋上で昼を過ごしていた。3日目辺りまでは「また来たの?」なんて言われていたが最近は特に何も言われない。なんなら今日は星導の方から一緒に食べませんか?なんて言って誘ってくれた。
想定よりも計画が順調に進んでるなーとか考えていると、突然がちゃりと扉の開く音がしてそちらを振り返った。そこには3人組の女子生徒がいて、中央にいた人が頬を染めながらこちらに歩いてくる。サイドにいる2人になんだこいつと言わんばかりに見られて居心地が悪いことこの上ない。
「あの、星導先輩。先週〜〜と別れたって聞きました。てことは今ってフリーですよね…?」
あー察した。これ告白じゃん。事前に聞いていた噂通りなら星導はきっと彼女の告白を受け入れるのだろう。この場に居続ける気になれず、俺は菓子パンの残りを無理やり口に詰め込みひっそりとその場を離れる……はずだった。
「……ッぅ!?」
立ち上がろうとした所を引っ張られてバランスを崩す。咄嗟に受け身の体勢をとったが地面に身体が打ち付けられることはなく、代わりにすっぽりと星導の腕の中に収まっていた。
口の中がまだ菓子パンでいっぱいで言葉すら発せない俺は、間抜けづらのままもごもごすることしかできない。そんな俺も固まってしまった女子生徒たちもお構い無しに星導は平然とした態度で口を開いた。
「確かに恋人はいませんけど……今は彼がお気に入りなので。」
顎を掴まれて無理やり向かされた先、端正な星導の顔がすぐそこにあった。ただでさえ近いのに星導は長い睫毛に縁取られた目を閉じ更に俺に近づいてくる。鼻先が触れて唇が触れる直前、ばたばたと大きな足音をたてて女子生徒たちが屋上から出ていった。
「な、にしてんだよ!?」
「いたっ!いたい!!」
口内をやっと空にした俺はできる限りの力を使って半ば転がるように星導の腕の中から抜け出した。心臓が壊れてしまうんじゃないかってくらいうるさく脈打っている。そんな俺に星導は悪びれる様子もなく笑った。
「かなり前からうっとおしかったんです。いやー、小柳くんが”今日も”いてくれて助かりましたよ。」
今日も……だと?自分から誘ったくせに?不機嫌を前面に押し出すように睨みつければ、星導はさらに口角をあげてにやにやと意地悪く笑った。こんなに楽しげな姿、今まで見たことない。
「というか小柳くん。キスするってときに目がん開きなのムード台無しなのでやめたほうがいいですよ。では、お先に〜。」
それだけ言い残すと星導はひらひらと手を降って屋上から出ていった。その足音が完全に聞こえなくなったところで俺は一人頭を抱える。
「ッ…!なん、だよこれ…。ずる……だろ。」
頬が燃えるように熱い。指先が小刻みに震える。早く治まってほしいのに、心臓は俺の言うことを聞いてくれない。空になった菓子パンの袋を、八つ当たりするようにぐしゃりと握りつぶした。
どんどん脳を埋め尽くしていく思考を打ち砕きたくて、意味もなく奥歯を噛み締める。それで思考が消えてくれるわけもないのに。
嘘だ…こんなの違う。こんなの……絶対にあってはならない。それが分かっているのに、甘美な感情を一度覚えてしまった身体はもう止められなくなっていた。
俺は、殺さなきゃいけない相手を好きになってしまった。
コメント
2件
はぁぁあああああ・・・・ まじで好きです!!! ドルパロはruがぐいぐい行く感じでとてもすきだったけど 今回はrbがruの事情を知らないまま無意識にぐいぐい行く感じがとても刺さります!! ありがとうございます!!