テラーノベル
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ぴぴぴっと小刻みになる電子音を手探りで止めてもう一度布団を被る。本当はもっと寝ていたいしなんなら学校にも行きたくない。でも今日は金曜日だから、今日さえ頑張れば2日休めるんだと自分を奮い立たせてベットから起き上がった。
星導への好意を自覚してから1週間。それはそれは大変な日々を送ってきた。なにせ、あの日を境に星導は俺にちょっかいをかけるようになってきたのだ。
教科書が必要な授業では毎回星導から机を寄せてきて、「しょうがないから見せてあげますよ。」なんて得意げに言ってくる。それでいて教科書買わなきゃなぁ、なんて俺がぼやけば「なんで?俺の見てればよくない?」って真顔で言ってきたりもする。気分屋なのか知らないが振り回されるこっちの身にもなってほしい。
それに昼は相変わらず屋上で一緒にたべてるし、なんなら最近は途中まで下校を共にしたりもしている。
3月には星導のことを殺さなければならないのだからこれ以上仲を深めたくないと思う反面、もっと星導のことを知りたいと思ってしまっている自分がいる。こんなの暗殺者として失格だろう。
“星導ショウに近付く”という任務はほぼ完遂したと言っても過言ではない。問題はそれに俺の私情が巻き込まれたという点。あともう一つ問題があるとすれば……。
そんなことをぼんやりと考えていると再びアラームがなった。気づけば時計はすでに8時を指そうとしている。ただでさえ遅刻ぎりぎりを攻めた目覚ましだからそろそろ動かないと本格的にやばい。俺は大急ぎで準備をし、まだ少し跳ねた毛先を気にしながら玄関を飛び出した。
「あ、小柳くん!おはよーございます。」
急ぎめに動かしていた足を止めて振り返ると、呑気に手を振りながら声の主が近づいてきた。片手にストローを差した緑のエナジードリンクを持っていて、朝から不健康な奴!なんて心の中で毒づく。
とろとろ歩く星導を急かしながら歩いていれば校門が見えてきた。このペースならまぁ間に合うか、と高をくくったときだった。5、6人の集団が人の波に逆らってこちらへと向かってくるのが見える。思わずしかめたくなる眉を何とか堪えて立ち止まった。
「星導先輩!おはようございます!!」
この学校に来てから幾度が遭遇したこの集団。顔ブレは毎回微妙に違うが、こいつらが星導ファンクラブとやらの人間というのに変わりはない。
最近の悩みのタネの1つであるこの集団に心の中でため息をつく。星導に”お気に入り”と称された俺が心底気に食わないらしく、度々このように俺と星導がいるところに突撃してくるのだ。
あーほらすっごい俺のこと睨んでる。愛しの星導サマの前なのにそんなあからさまな態度とっていいのか?
星導は軽く微笑みを返すとまた歩き始めた。が、もちろんファンクラブの人間が逃がすわけもなく、すぐに歩みは止められる。さてどうしようか、と考えていると星導と目が合った。人混みの中心から目線で助けを求められているように見えて、思わず星導の腕をぐいと引っ張る。
「遅刻するから急げ。」
そのまま少し走って靴箱までくると人の波は落ち着いた。
「ありがとうございます……それにしてもよく分かりましたね?俺が助けてーって思ってたの。」
「……まぁ、なんとなくやね。」
本当は日々ガン見してるから些細な違いに気づいたんだけど……そんなこと本人に言えるわけなくて適当に誤魔化す。当の星導は「小柳くん意外と手温かいんですね!」なんて、もう違う方に興味がいってるようで安心した。
一瞬、ファンクラブの人たちを刺激してしまったのではないかと思ったが、すぐに元々よく思われてないのだから今更なにやったっていいだろ、というネガティブなのか楽観的なのか分からない思考に上書きされた。
そんな朝のことも、繰り返される授業と睡眠によりすっかり忘れていた。このことを思い出したのは帰りに自分の靴箱を開けた時だった。
風圧でふわりと1枚の紙が下駄箱から舞い降りる。紙は偶然星導の足元に落ちて、俺が拾う前にさっと回収された。そして先に無許可で内容を読んだであろう星導から、にやにやしながら紙を手渡される。
俺も紙に目を落とし書かれた文章を読む。内容を簡潔にまとめると、校舎裏に来いというものだった。そう、ここで思い出したのが朝の出来事ってわけ。これって絶対果たし状……
「これって…!告白じゃないですか!?」
「……はぁ?」
俺の考えていたことと真逆のことを言われて小さく間抜けな声が漏れた。一方星導は「小柳くんにも春が…!」なんて言って無邪気に笑ってる。
「多分違うと思うぞ。あー……じゃ、これ行ってくるから。」
「え、何言ってるんですか。俺もついてきますよ?」
「……は!?」
今度はさっきよりも大きな声が漏れた。でもそれは当然だろう。こいつは何を言っている??
「だって小柳くんに惚れる子とか気になるじゃないですか。一瞬見たら撤退しますから……ね?」
約2週間こいつと過ごして気づいたことだが、星導は存外好奇心の強い男らしい。一度気になったことには一直線で進んでいく。つまり、俺が断ってもこいつはお得意の口上手で何とか言い分を作って付いてくるってわけ。
本当にこれが告白なら絶対に断ったほうがいいだろうが、自身を好きになる人に見当もつかないしやはり果たし状の可能性のほうが高い。……正直ファンクラブの人間には迷惑を被りまくってるし、実ははっきり拒絶しない星導にちょっと苛ついてたりもする。
「小柳くん!この扉いつも施錠し忘れられてるんですよ。近道なのでここから行きましょ?」
俺が好きにしろ、と言えば星導は上機嫌で錆びれた扉を指さした。これはいい機会かもな、なんて思いながら2人で校舎裏へと向かった。
(……やっぱそうだよな。)
校舎裏に近づきながらそんなことを思う。俺は仕事柄人の気配や音に敏感なのだ。この角を曲がった先からは幾度となく絡んできたファンクラブの人間と同じ気配を感じる。声的に最初に屋上で出会った3人だろう。警戒しながら曲がった先には案の定の人物がいた。
その手には掃除用と書かれたバケツが握られていて、この先の展開をさも簡単に想起させる。随分古典的な嫌がらせだな、とか思いながら俺は迫りくる水しぶきをさっと避けてかわした。
……後ろに星導がいることも忘れて。
「…………へ?」
いつもふわふわしてる紫の髪が今はぺしゃりとしぼんでいる。毛先や制服の袖から水が垂れて、これがほんとの水も滴るいい男!なんて見当違いなことを思った。まぁ当の本人はぽけーっとした顔でフリーズしてるんだけど。
「星導先輩っ!?なんでっ……。」
「あの、ごめんなさい!こんなつもりじゃなくて…!」
あわあわと狼狽える女子生徒と共に俺も心の中で大焦りしていた。ぱちぱちと瞬きするだけで何も発さない星導が怖い。不意に動いた瞳はファンクラブの人には目もくれず、真っ直ぐと俺を捉えて細められた。
「小柳くんよく避けれましたね!運動神経良すぎじゃないですか?」
「…………は?」
混乱する俺を前に星導はテンション高く「今からでも運動部入りましょうよ!」なんて話し続けてる。こいつ……自分の状況が分かってないのか?
はっとしたのは星導が小さくくしゃみをしたからだった。もうかなり冷え込む11月初めの外にびしょ濡れでいるのだから当然だ。
「そんなんどうでもいいから!……帰るぞ星導。」
朝と同様腕を引っ張り走り出す。ファンクラブの人たちが悪いのが大前提だが、避ける方向をミスった俺にも0.1割くらいは責任があるだろう。星導の家までは歩いて30分ほどかかるらしい。……それなら俺の家の方が近いな。
「ここが小柳くんの家ですかぁ。」
エレベーターの中で星導はしみじみと呟いた。服はもうだいぶ乾いているようだがやはり寒いのかしきりに腕をさすっている。早く着けよと願っていればやっと俺の住む階に到着した。
急いでオートロックを解除して部屋に入り星導を脱衣場に押し込んだ。その後にタオルやとりあえず俺の衣服などを手に持って脱衣場に入ってから後悔する。
借りにも好きな人が俺の家の風呂場にいるのだ。すりガラス越しにほんのりとだが人の影が見えて嫌でも鼓動がうるさくなっていく。あーもうこんなの俺らしくない!
なるべく意識を逸らすように洗濯物溜めたままだったなとか、朝落としたコップ拾っとこ、とか他愛のないことを思い浮かべた。
「小柳くん?」
不意に呼ばれた名前にびくりと肩を震わせた。反射的に振り返るがまだ出てくる様子はなく、シャワーの水滴が床に弾ける音が響いている。
「なに。」
「……なんでもないです。」
「あそ。」
淡白な返事になってしまうのも許してほしい。逃げるように脱衣場から出てその向かいの壁を背にずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
だめだ、だめなのに。押し込めようとしても星導への気持ちは日に日に大きくなっていくばかり。顔の赤みが引いたのは、星導が扉から出て来る頃になってからだった。
「ありがとうごさいます。小柳くんのおかげでぽかぽかですよ〜!」
「なら良かった。服はまた今度返してくれればいいから……はい、これ。」
いつもより何倍も色気のある星導をあまり直視しないように紙袋を差し出した。中にあるのは湿った制服をビニール袋でくるんだものだ。さて、これで星導を送り出す準備はできた。これ以上は俺の心臓が持たないから早く帰ってくれ。
「え、泊まらせてくれないんですか?」
「なっ……!?」
きょとんとした顔で言い放つ星導は紙袋を持ったままリビングの方へと進んでいく。
「お前家帰れよ!なんか……その、親が心配するだろ…?」
高校生に言うには我ながら弱すぎる抵抗だと思う。なんて俺の思考とは裏腹に星導は少し考えるような仕草をしてから俺を見た。
「俺、親いないもん。家帰っても寂しいだけですし……いいでしょう?」
どこか哀愁漂うようなその表情にぐっと押し黙る。納得はいかないがそんなこと言われて帰れ!!と言えるほど俺の良心は死んでない。迷った挙句小さな声で一泊だけな、と返せば星導はにやりと口角をあげた。
「ありがとうございます!……あ、ちなみにいないって言うのは日本にってことね。」
「ッえ!?お前、騙しやがって…!!」
俺の文句はのらりくらりと避けられて結局星導は俺の家に泊まることになった。適当に夕飯を食べたところまでは良かった。問題は寝る時の話で……。
「だからお前がベット使えって!俺はソファーでいいから。」
「なんでですか!こんなおっきいベットなんですから2人でもいけるじゃないですか!」
依頼人から渡された部屋の立派さがここにきて仇となった。1人の時は広くて快適だと思っていたキングサイズのベットも今は俺の首を絞める対象となってしまっている。
でかい男2人でも余裕なのは事実だ。だが問題は……俺が耐えられないってこと。絶対に拒否しろと告げる天使の声と1回くらい…という悪魔の囁きが聞こえそうだ。ぎりぎりで天使が勝ち部屋から出ようとした時だった。
「……えい!」
ふわりと身体が宙にきり、ぼふんと柔らかい布の上に着地する。腹に回された腕に思考が停止した俺の後ろからはいつもよりずっと近い息づかいを感じた。
「ちょっ……離せ…!離せよ…ッ!」
身体と口では否定の言葉を連ねる反面、やはり高鳴る心臓に嘘はつけないなと自嘲する。じんわりと移ってくる人肌の温もりに心は簡単に絆されそうになってしまう。
「もうこのまま寝ましょ?」
耳元で囁かれる声に背筋がぞくりとする。もう眠いからなのかいつもより滑舌の甘い声に身体から力が抜けた。それに満足したのか星導の腕が外されて温もりも離れる。
自由になった俺がくるりと振り返ると、星導は嬉しそうに頬を緩ませた。そのまま腕を軽く広げられて受け入れ態勢をとられる。悪魔に支配された脳内は俺のために空けられたそこへ進めと言っていて、無意識のうちに星導の方へと手を伸ばしていた。
「………ッ!!」
「あっ!逃げられた!」
もう一度あの体温を感じる寸前、鼻をかすめた俺と同じシャンプーの匂いで正気に戻る。部屋から飛び出て乱暴にソファーへと身を投げ出し、己の行おうとした行動に頭を抱えた。幸い星導は追って来ず、リビングには俺の荒い呼吸だけが響く。
あのまま受け入れられてたら俺はきっと星導のことをもっと好きになってしまう。ただでさえ、あいつを殺したくないなんて考えてしまっているのに。……そんなの許される立場じゃないのに。
そうだ、もういっそのこと離れてしまおう。3月まで星導のことを避けて、それで何か言われる前に…あいつの顔を見る前に殺しえしまえば、そうすればきっと……この痛みも全部消えるはずだから。
やっと考えがまとまった頃にはもう明け方近くなっていた。寝不足でふらふらするが、この家にいたらあいつと会ってしまう。俺は適当な紙の裏に1日用事があるという旨と好きに帰れという文言を残して家を出ることにした。
早くこの気持ちの熱が冷めますように、と願いながら俺は薄暗い街へと足を踏み出すのだった。
スクロールありがとうござました。
あとフォロワーさん750↑もありがとうござます。
調子乗って年末年始に予定を入れすぎたのでしばらく低浮上です🙇♀
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