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不破湊「えへへ、今日は晴くんたち忙しいって言ってたから、ひとりで行ってみよっかな…!」
朝の陽ざしを背に、ふわふわと白銀の髪を揺らしながら、不破湊は空から地上へと降り立った。
どこか嬉しそうに、けれど少しだけ不安げに、街を見下ろすその瞳は、いつもよりほんのり揺れていた。
人間界の雑踏は、今日も変わらずにぎやかだ。
車の音、すれ違う人の話し声、甘い匂いに誘われるように、不破湊は小さなパン屋に入った。
不破湊「チョココロネ……あ、あった……よかったぁ」
幸せそうに袋を受け取り、そっと頬を緩める。その表情は、まるで何も知らない子どものように無垢で、無防備だった。
───その背後から、ゆっくりと視線が近づいていたことに、不破湊は気づいていなかった。
男「それ、美味しいですよね」
不破湊「……え?」
声をかけられ、くるりと振り返る。
そこには、黒髪で整った顔立ちの青年が立っていた。
目元はやさしげなのに、どこか底の見えない深さを湛えていて、不破湊はふと、その視線に捕まったような気がした。
不破湊「うん……おいしい、よ?」
男「……ふふ、君って、もしかして……」
まるで“知っていた”かのように、男は微笑んだ。その微笑みは、優しさとも、欲望とも、興味ともとれた。
不破湊「?」
不破湊は、悪意や下心に気づかない。誰かを疑うという思考が、そもそも存在しない。
男は、不破湊の手元の袋を見ながら、指先をそっと彼の手に触れた。
男「その……指、綺麗だね。あ、ごめん、変なこと言ったかな?」
不破湊「え?ううん、大丈夫だよ?」
きょとんとした表情で、不破湊は笑って首をかしげる。
悪いことをされたとは微塵も思っていない。
触られたことにも抵抗を見せず、あっけらかんとした様子に、男の喉が微かに動いた。
男「君って、名前は……?」
不破湊「……不破湊、だよ。君は?」
男「俺?……そうだな、呼びたいように呼んで」
不破湊「へ、へんなの」
不破湊がふわっと笑うと、男の視線がより深く、どこか狂気じみた光を宿したものに変わる。
不破湊「……なんか、さっきからずっと見てる?気がするけど、気のせいかな?」
男「ごめんごめん、綺麗だったから。目を逸らせなくてさ……あ、気を悪くした?」
不破湊「ううん、悪くは……ない、けど……」
ふと、不破湊の表情が曇る。
不破湊「なんだろ……天界にいる時は、こういうの、なかったんだよね。誰かに、こういうに見られること……こんな気持ち、初めてで……」
少しだけ震える声。
けれど、それがどういう意味を持つのか、不破湊自身は理解していない。
男は、その反応に陶酔するように笑みを浮かべる。
彼の頭の中では、既に確信へと変わっていた。
───この天使は、触れても拒まない。
───こんなに美しく、こんなに無垢で、こんなに危ういのに。
男「……湊って、好きな人とか……いる?」
不破湊「え……?すきな人?んー……わかんない、かも」
純粋な声が、空気を切り裂くように響く。
その瞬間、男の表情に、ぞわりとしたものが浮かび上がった。
不破湊「……あ、ごめん、そろそろ帰らなきゃ」
小走りでその場を離れる不破湊の背中を、男はじっと見つめ続けた。
男(あれは、手に入れたくなるよな……誰だって。こんなにも無垢で、こんなにも美しくて、……誰のものでもないなんて……)
そして───男は、そっとポケットから何かを取り出し、不破湊が最後に触れたパンの袋のあとを辿りながら、声なき言葉を落とした。
男「また会えるよね、湊」
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