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#ロマンスファンタジー
人魚の国を捨て、一族が禁忌とする深淵の魔女の元へ向かったこと。
この二本の足を手に入れるために、声を奪われる以上の───「一雫の水で正体が露見する」という呪いの代償を払ったこと。
「あなたと結ばれなければ、私は次の満月の夜に……泡になって消えてしまうの」
震える声で告げた言葉が、夜の静寂に溶けていく。
「私、不完全なの。人間になりたかったけれど、水に濡れればこうして鱗が出てしまうし、あなたに愛してもらえなければ、どこにも居場所がなくなってしまう……っ。そんな化け物の私を、あなたは……」
私の告白を、シエルは一言も漏らさず、ただ真っ直ぐに私の目を見つめて聞き入っていた。
すべてを話し終え、絶望に震える私を見つめると
彼は私の頬を優しく、愛おしそうに両手で包み込んだ。
その蒼い瞳には、私への憐れみではなく、言葉にできないほど熱い涙が浮かんでいる。
「……そこまでして、僕に会いに来てくれたんだね。ありがとう、ラム。本当に、ありがとう……」
シエルの声が、感極まったようにかすれた。
彼は私の背中の、ドレス越しに浮き上がる鱗の感触を恐れることなく、そのまま私を強く抱き寄せた。
「でも、大丈夫だよ。ラムは、10年前からずっと僕の、たった一人の初恋なんだ。……君を泡になんて、絶対にさせない。この命をかけて、僕が君をこの世界に繋ぎ止めてみせるから」
頭上の月光が、寄り添う私たちの影をテラスの床に長く落とす。
見つめ合う視線が幾重にも絡み合い、沈黙が甘く、
重く、密やかに二人の間に降り積もっていく。
シエルの顔がゆっくりと、吸い寄せられるように近づき
彼の纏う清潔な石鹸の香りと、高鳴る鼓動の熱い体温が私の感覚を支配した。
「ラム……」
吐息が触れるほどの至近距離で名前を呼ばれ、私は抗う術もなく、そっと瞳を閉じた。
次の瞬間、柔らかい彼の唇が私の唇を優しく、けれど独占するように塞いだ。
「んっ……」
初めての、痺れるような官能的なキス。
それは、誓いであり、祝福であり、そしてこれから始まる長い航海の出航を告げる汽笛のようでもあった。
その甘美なキスを受け入れている最中も
私の背中を覆う硬質な鱗の感触は、私の存在の危うさと、二人が乗り越えなければならない運命の残酷さを
ひんやりと冷たい石のように突きつけていた。
背中で熱く輝く鱗が、彼の逞しい腕の中でさらに激しく熱を帯びていく。
あの日、遠い記憶の浜辺で交わした幼い約束が
10年の時を経て、今、消えることのない深い愛の契りへと変わるのを、私は全身で感じていた。