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受け組
薄暗い路地裏のバー。カウンターの端で、二人の男が溜息を吐き出していた。
片や、太宰の狡猾な罠に嵌まり、首輪を繋がれ、身体も心も徹底的に支配されている「太中」の中也。 片や、中也の荒々しい情熱に曝され、その重力に叩き伏せられることでしか生を実感できない「中太」の太宰。
「……あいつ、またやりやがった」 先に口を開いたのは、中也だった。首元のチョーカーを苛立たしげに指で弾く。その下には、消えかけたばかりの赤い鬱血痕が、太宰の指の形通りに残っている。 「逃げられねェように足の骨を折るか、それともこのまま薬で眠らせて一生飼い殺すか……どっちがいい、なんて。笑えねェ冗談を、あの死んだ魚のような目で抜かしやがる」
「おや、それは情熱的だね。愛されているじゃないか」 隣でグラスを揺らす太宰が、自嘲気味に目を細める。 「私の知る中也は、もっと肉体的だよ。言葉で縛るなんて面倒なことはせず、ただ力で、暴力的なまでの重力で私をベッドに沈めるんだ。肺が潰れるほど抱き締められて、意識が遠のく中で耳元で囁かれるのさ。『お前は俺のモンだ、どこにも行かせねェ』ってね」
「……っ、そっちの方が、よっぽど直球で分かりやすいじゃねェか」 中也は耳まで赤くして、酒を煽った。 「俺の方は……あいつ、わざと俺に『自分から欲しがるように』仕向けてくるんだ。縋って、泣いて、惨めに許しを乞うまで、じっくりと、執拗に。……俺が、あいつなしじゃいられねェ身体にされてるのを、楽しんでやがる」
「ふふ、よく分かるよ。支配される悦び、だろう?」 太宰が、包帯の巻かれた手首を自身で愛しげに撫でた。 「私たちは、あの中也や太宰という毒がないと、もう生きていけない。……ねぇ、君もそうだろう? どんなに酷い目に遭わされても、あの男の指が髪を掠めるだけで、脳が溶けるような安堵を感じてしまう」
「……否定はしねェよ。クソムカつくがな」 中也は深く椅子に背を預け、天井を仰いだ。 「あいつの冷たい身体が重なって、心臓の音が聞こえる時……俺を壊そうとするあいつの体温を感じる時だけは、この世の全部を忘れていい気がしちまうんだ。あいつの孤独に、俺の居場所があるような気がしてよ」
「奇遇だね。私も、あの中也の馬鹿げたほどの熱に焼かれている間だけは、自分が消えてなくなりたいなんて思わなくなる。あの中也の瞳に映る、ボロボロになった自分を見て、ようやく『ああ、私はここに居るんだ』って確信できるんだ」
二人は、どちらからともなく苦笑した。 彼らは知っている。自分たちが、相手の愛という名の「暴力」や「執着」に依存し、それを甘受することでしか救われない、共依存の極致にいることを。
「……なぁ、もし入れ替わったら、どうなると思う?」 中也がふと、冗談めかして問いかける。 「俺がてめェのところの『中也』に抱かれて、てめェが俺のところの『太宰』に飼われる。……地獄だな、そりゃあ」
「……最悪の結末だね」 太宰は心底嫌そうに肩を竦めた。 「私は、あの中也に蹂躙されたいのであって、君のところの『支配者様』に興味はない。……そして君も、私のところの『雄々しい中也』に抱かれるより、あの冷徹な太宰に弄ばれている方が、ずっと幸せな顔をするだろう?」
「……ちっ、全くだ」
夜が深まる。 彼らはやがて、自分を待つ、逃れられない「檻」へと帰っていくだろう。 一人は支配の鎖を自ら手繰り寄せに。一人は自分を焼き尽くす太陽の元へと。
「じゃあな。……せいぜい、壊されすぎねェようにしろよ」 「君もね。……あの中也に、食べ尽くされてしまわないように」
背中合わせに去っていく二人の影。 そこには、愛と屈辱を履き違えた、美しくも歪な「受け」たちの残り香だけが漂っていた。
コメント
1件
本当に美味しいです、どういう頭の構造をしていたらこの天才的な小説を書けるんですか??