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太中と中太

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太中と中太

4 - 太中の中也と中太の太宰

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2026年02月10日

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受け組


薄暗い路地裏のバー。カウンターの端で、二人の男が溜息を吐き出していた。

片や、太宰の狡猾な罠に嵌まり、首輪を繋がれ、身体も心も徹底的に支配されている「太中」の中也。 片や、中也の荒々しい情熱に曝され、その重力に叩き伏せられることでしか生を実感できない「中太」の太宰。

「……あいつ、またやりやがった」 先に口を開いたのは、中也だった。首元のチョーカーを苛立たしげに指で弾く。その下には、消えかけたばかりの赤い鬱血痕が、太宰の指の形通りに残っている。 「逃げられねェように足の骨を折るか、それともこのまま薬で眠らせて一生飼い殺すか……どっちがいい、なんて。笑えねェ冗談を、あの死んだ魚のような目で抜かしやがる」

「おや、それは情熱的だね。愛されているじゃないか」 隣でグラスを揺らす太宰が、自嘲気味に目を細める。 「私の知る中也は、もっと肉体的だよ。言葉で縛るなんて面倒なことはせず、ただ力で、暴力的なまでの重力で私をベッドに沈めるんだ。肺が潰れるほど抱き締められて、意識が遠のく中で耳元で囁かれるのさ。『お前は俺のモンだ、どこにも行かせねェ』ってね」

「……っ、そっちの方が、よっぽど直球で分かりやすいじゃねェか」 中也は耳まで赤くして、酒を煽った。 「俺の方は……あいつ、わざと俺に『自分から欲しがるように』仕向けてくるんだ。縋って、泣いて、惨めに許しを乞うまで、じっくりと、執拗に。……俺が、あいつなしじゃいられねェ身体にされてるのを、楽しんでやがる」

「ふふ、よく分かるよ。支配される悦び、だろう?」 太宰が、包帯の巻かれた手首を自身で愛しげに撫でた。 「私たちは、あの中也や太宰という毒がないと、もう生きていけない。……ねぇ、君もそうだろう? どんなに酷い目に遭わされても、あの男の指が髪を掠めるだけで、脳が溶けるような安堵を感じてしまう」

「……否定はしねェよ。クソムカつくがな」 中也は深く椅子に背を預け、天井を仰いだ。 「あいつの冷たい身体が重なって、心臓の音が聞こえる時……俺を壊そうとするあいつの体温を感じる時だけは、この世の全部を忘れていい気がしちまうんだ。あいつの孤独に、俺の居場所があるような気がしてよ」

「奇遇だね。私も、あの中也の馬鹿げたほどの熱に焼かれている間だけは、自分が消えてなくなりたいなんて思わなくなる。あの中也の瞳に映る、ボロボロになった自分を見て、ようやく『ああ、私はここに居るんだ』って確信できるんだ」

二人は、どちらからともなく苦笑した。 彼らは知っている。自分たちが、相手の愛という名の「暴力」や「執着」に依存し、それを甘受することでしか救われない、共依存の極致にいることを。

「……なぁ、もし入れ替わったら、どうなると思う?」 中也がふと、冗談めかして問いかける。 「俺がてめェのところの『中也』に抱かれて、てめェが俺のところの『太宰』に飼われる。……地獄だな、そりゃあ」

「……最悪の結末だね」 太宰は心底嫌そうに肩を竦めた。 「私は、あの中也に蹂躙されたいのであって、君のところの『支配者様』に興味はない。……そして君も、私のところの『雄々しい中也』に抱かれるより、あの冷徹な太宰に弄ばれている方が、ずっと幸せな顔をするだろう?」

「……ちっ、全くだ」

夜が深まる。 彼らはやがて、自分を待つ、逃れられない「檻」へと帰っていくだろう。 一人は支配の鎖を自ら手繰り寄せに。一人は自分を焼き尽くす太陽の元へと。

「じゃあな。……せいぜい、壊されすぎねェようにしろよ」 「君もね。……あの中也に、食べ尽くされてしまわないように」

背中合わせに去っていく二人の影。 そこには、愛と屈辱を履き違えた、美しくも歪な「受け」たちの残り香だけが漂っていた。

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