源蔵三蔵 十九歳
いつまでも泣き止まない黒風の頭を悟空が軽く叩いた。
パシッ。
「いい加減、泣きやめよ黒風。」
「だ、だって…ヒック!!ご、悟空さんに、嫌われてると思ってだがらぁぁぁ!!」
「はぁ…、お前を嫌う理由がそもそもねーし。」
悟空がそう言うと、黒風は目を丸くした。
「へ?だって、僕は牛魔王さんの仲間?だし…。」
「あー、そう言えばそうだな。お前も一応は六大魔王の一員だったな。」
「そ、そうですよ!?」
「天界にいた頃は、お前はずっと俺の後を引っ付き回ってる奴って印象しかなかったけど。俺はお前の事を嫌った訳じゃねーよ。」
悟空は少し照れた顔をして呟いた。
え、悟空って照れる事あるんだ…。
驚きなんだけど…。
「ご、悟空ざあぁぁああん!!」
ギュュュウ!!
黒風は泣きながら悟空に抱き付いた。
「あ!?引っ付くな!!!」
「悟空ざぁぁぁあん!!僕、凄く嬉しいですぅぅ…!!」
「分かった、分かったから離れろ!!」
「悟空ざぁぁぁぁあん!!大好きですぅぅ!!」
「お前の気持ちは分かったから、そろそろ離れないと拳骨喰らわすぞ。」
「は、はい…。」
悟空の少し低くくなった声を聞いた黒風は、恐る恐る抱き締めていた手を離した。
「黒風って、本当に悟空の事が好きなんだな…。」
思わず心で思っていた言葉が口に出てしまった。
「僕、天界にいた頃は悟空さんによく面倒を見てもらってたんです。ぼ、僕ってこう言う性格だから、六大魔王の人達にもよく怒られてて…。」
あー、成る程。
確かに黒風の性格は内気で弱々しい感じだ。
喋るのも少し遅いので、こう言う性格の奴が嫌いって奴もいるだろうな。
「け、けど、悟空さんはこんな僕に優しくしてくれて、僕が何も話さなくても側に置いてくれたんです。僕、嬉しかったんです凄く…。だ、だから僕、悟空さんの役に立ちたいんです。」
黒風の顔は決意を決めた男の顔だった。
顔立ちは女の子よりで、細身の体型をしている黒風だが、やはりちゃんと男なのだなっと思った。
悟空は乱暴に黒風の髪を撫でた。
わしゃわしゃ!!
「わ、わぁ!?ご、悟空さん!!くすぐったいです!!」
そう言って黒風はどこか嬉しそうだった。
悟空と黒風の間には穏やかな雰囲気が流れていた。
悟空は、黒風の事を弟みたいに思ってるんだろうな。
顔付きだっていつもと違うし…。
俺に対しては…、うん。
よく口喧嘩してるし、言い方もキツイし…。
ムッ。
俺だって悟空に会たくて五行山を登ったのに…。
ちょっとは嬉しいとか思わなかったのか?
最初に会った時の悟空は俺に対して冷たかったし…。
俺よりも黒風の方が悟空の事を知ってるのは当然…か。
なんか、ちょっと寂しい。
そんな事を考えていると、悟空に背中を叩かれた。
パシッ!!
「いた!?」
「ボサッとしてんなよ三蔵。」
「べ、別にボサッとしてな…。」
「してた。何か考え事?」
「黒風と仲良いーなって思ってただけだよ。」
俺はそう言って、悟空から視線を外した。
「あ?仲良い…って子供みてーな言い方するな。」
「子供ってなんだよ!!」
「あのなー、アイツと俺は何百年の付き合いなんだ。お前より付き合いが長いのは当たり前。それにお前は産まれてなかっただろ。」
悟空に正論を言われて言葉が出なかった。
確かに俺と悟空の付き合いはまだ浅くて、黒風よりも短いのは当たり前だ。
だけど、少しは仲良くなれたんじゃないかなって思ってたんだどな…。
「これからはお前と行動すんだから嫌でも付き合いは長くなんだろうがよ。」
悟空はそう言って俺の頭を乱暴に撫でた。
わしゃわしゃ!!
「わっわっ!?」
「しょぼくれんのも終わりだ、良いな。」
胸が熱くなった。
悟空は悟空なりに俺の事を考えてくれていた事が分かって嬉しかった。
頭も撫でもらって正直、めちゃくちゃ嬉しかった。
こんな事でモヤモヤが吹っ飛ぶなんて子供臭いと我ながら思った。
「天蓬の奴は?」
「天蓬なら大丈夫だ。天蓬の体の中にある邪気を祓っただけだから体自体には損傷はない筈だ。」
俺はそう言ってから、地面に倒れている天蓬に近寄った。
小さな寝息を立てて寝ていた。
俺はふと、天蓬の右手首が目に入った。
天蓬の右手首には猪の漢字が浮かび上がっていた。
「これは…、なんだ?」
「そ、それは妖である証拠の漢字…ですね。」
俺の後ろから黒風が現れ天蓬の右手首の感じを見て呟いた。
「妖怪の証?」
「こう言う事です。」
黒風はそう言って、左袖を巡って左腕を見せて来た。
左腕には黒と言う漢字が浮かび上がっていた。
「僕は黒風と言う名の妖だからその漢字が浮かび上がっているんです。そ、その天蓬さんに猪の漢字が浮かび上がっていると言う事は…、その天蓬さんは猪八戒(チョッハッカイ)なのでは?」
猪八戒…?
猪の妖だったよな…、確か。
「天蓬は完全には妖怪になってなかったんじゃねーの?」
悟空の言葉に驚いた。
「え!?だって毛女郎の血を飲んだ時点で妖になったって天蓬は言っていなかったか?」
俺はそう言って悟空に尋ねた。
「天蓬は元々は人間だったからな、血を飲んだ所で半妖程度にしかなれねー。だけど、黄風を喰っちまった時点でコイツはもう半妖じゃなくなった。天蓬の姿を見ただろ?アレは妖になった天蓬の姿だったんだよ。」
「だから天蓬は妖になった…のか?」
俺と悟空が話していると黒風が話に入って来た。
「本来なら妖が妖を喰う事は禁忌なんです。で、でも天蓬さんは自我を失って本能のまま黄風を喰べてしまったから半妖から進化してしまったのかも…。」
黒風の話を聞いて納得した。
「今は落ち着いて寝ていますが…、また我を忘れてしまうと…。」
「またあの姿になる可能性があるって事か。」
俺と黒風が話していると、悟空が天蓬に近付き天蓬の体をヒョイッと持ち上げた。
「とりあえず俺達が泊まってる宿に戻るぞ。」
「「え?」」
俺と黒風の言葉が重なった。
「人が集まって来る気配がする。今の内にここを離れた方が良いだろ。」
悟空がそう言うと、後ろから話し声と足音が聞こえて来た。
確かに、ここにいると色々面倒くさい事になるだろうな。
「そうだな、場所を変えよう。」
「ほら、黒風も行くぞ。」
「は、はい!!」
俺達は泊まっている宿に向かって走り出した。
天蓬元帥ー
辺り一面に大きな湖と自然が広がっていた。
心地よい風が体を吹き抜ける。
ここは…、どこなんだ?
「起きたのか天蓬よ。」
俺の耳に届いた声は毛女郎の声だった。
振り返ると大きな木の下に座っている毛女郎の姿が目に入った。
死んだ筈の毛女郎がなんで、ここに!?
もしかして、毛女郎は死んでなんかいなかったのか?
「死んでるわよ私は。」
毛女郎の言葉は俺の淡い期待を打ち砕いた。
「じゃあ、どうして俺の目の前に毛女郎がいるんだよ?死んでるなら今の状態はおかしくないか?」
「ここはアンタの心の世界よ。」
「俺の?」
「私とアンタは運命共同体なの。私がアンタに心臓やら臓器やらをあげたからね。だからこうしてアンタの心の世界に私がいれる訳。」
ここは俺の心の世界…。
「全く…、何やってんのよ。我を忘れて黄風を喰っちまうなんて…。」
毛女郎はそう言って溜め息を吐いた。
「だ、だって毛女郎を殺されて怒らない訳がないだろ?」
「妖が妖を食べるなんて禁忌なのよ?黄風を食べたアンタはもう…、完全に妖になっちまったんだよ?」
「完全にって…?俺は妖じゃないのか?」
「血を飲んだ所で完全には妖にならないわよ。天蓬は半妖の状態だったのよさっきまでは。」
「俺は…、黄風を喰っちまったのか?記憶が全くない。」
力が抜けた俺は毛女郎の前に腰を下ろした。
「怒りで我を忘れてたからね…。あの若い坊さんのお陰でなんとかなったみたいよ。」
若い坊さんって…、三蔵の事か。
「後でお礼をしときなさいよ。」
「はい…、すいません。」
「私が死んでそんなに悲しかったのか天蓬。」
毛女郎はそう言って俺の顔をジッと見つめた。
その顔はとても美しかった。
弱々しい姿しか見ていなかったから、健康体の毛女郎は美しさを引き立てていた。
「悲しかったに決まってる。俺は…、毛女郎の事を好きなんださらさ。」
俺の言葉を聞いた毛女郎は一瞬だけ、驚いた顔をした。
「知ってる。アンタの目を見たらね。」
「だったら聞くなよ。」
「女は聞きたいんだよ。好きな男の気持ちや言葉をね?」
毛女郎のこう言う言葉は、俺を子供扱いしているように聞こえる。
「ねぇ、天蓬。」
「っ?」
毛女郎はそっと俺の手を掴み優しく握った。
「私は貴方の心の中でずっと生きてる。だから、悲しまないで欲しい。私の心臓が貴方を生かして、日々を送らせている。」
「お前…って、本当に俺の事が好きなのな?」
俺は仕返しのつもりで言葉を放った。
「愛した男の為に尽くせるのが女幸せなんだよ。また、こうして青蘭の口から好きって聞けて嬉しかった。」
その言葉を聞いた俺は毛女郎の体を抱き寄せた。
「また、こうして青蘭に抱き締められるなんて思ってもいなかった。」
「毛女郎、俺を生かしてくれてありがとな。俺は…、毛女郎の事を思って生きるよ。」
「その言葉を聞けて安心した。それに、やる事があるだろ?」
毛女郎の言葉を聞いた俺の頭の中に捲簾の顔が浮かんだ。
俺の親友の捲簾を探しに行かないと。
俺を追い掛けて下界に落ちた捲簾を…。
「俺は捲簾を探しに福陵を出るよ毛女郎。」
俺はそう言って毛女郎の体を離した。
「忘れないでね、私は貴方の心で生きてるって事を。だから私の死を悲しまないで。」
毛女郎がそう言うと、俺と毛女郎の間に風が吹いた。
風は思ったより強く、目を開けられなかった。
風が止み目を開けると、茶色の天井が目に入った。
「お、目が覚めたか?」
三蔵の声が耳に届いた。
「ここは?」
「俺と悟空が泊まってる宿だよ。」
「そうか…。」
俺は重たい体を起こした。
「茶でも飲むか?」
三蔵はそう言ってお茶の入ったコップを渡して来た。
「あ、あぁ…。」
ガチャッ。
俺が三蔵からお茶を貰っていると、扉が開く音がした。
扉から現れたのは悟空と知らない男だった。
「起きたのか。案外、早く起きたんだな。」
「猪八戒さんはもう妖ですから、睡眠を取らなくても平気なんです。」
「あー、確かに。あんまり寝なくても平気だな。」
猪八戒…?
悟空と男の会話をボーッと聞いてると、悟空がこっちを向いた。
「お前、今日から猪八戒な。」
「は?」
意味の分からない言葉を聞いた俺は素の返事をしてしまった。
「猪八戒って…?もしかして俺の事を言ってんのか?」
「そうだよ。黒風、説明してやってくれ。」
黒風と呼ばれた男はどうやら悟空の知り合いのようだ。
「は、はい…。」黒風は俺にゆっくりだが、丁寧に説明してくれた。
黄風を食べた俺は妖になって、我を忘れた俺の姿は猪になっている。
その証拠に右手首に猪の字が浮かび上がっている…と。
「とりあえず…。迷惑を掛けて悪かったな三蔵。」
「いやいや、俺は大した事はしてねーよ。邪気を祓っただけだから。完全に飲み込まれなくて良かったよ。」
「お前、捲簾を探す気はあるんだよな?」
俺と三蔵が話していると悟空が話しに入って来た。
悟空の言葉を聞いた三蔵と黒風は俺を見つめてた。
「毛女郎の事なら…、大丈夫だ。お前等と一緒に捲簾を探しに行く。」
「分かった。なら、旅の準備をした方が良いな。」
俺の言葉を聞いた三蔵はそう言って椅子から立ち上がった。
「僕と悟空さんで集めておきました。こ、これは猪八戒さんの服…です。」
黒風は俺に買って来たであろうチャイナパオを渡して来た。
黒い生地に赤い椿の花が刺繍されていた。
椿は毛女郎が好きな花だったな。
俺はボロボロになった服を脱ぎチャイナパオに着替え始めた。
孫悟空ー
宿に戻る少し前ー
天蓬が寝ている間に、黒風にここまで来た経由を聞いていた。
「牛魔王が黙ってお前を出すとは思っていなかったが、どうやってここまで来れたんだ?」
天蓬のチャイナパオを選んでいた黒風に尋ねると、黒風はゆっくりと口を開けた。
「牛魔王さんは元々、僕の存在を無視していたんです。」
「無視?」
「は、はい。他の皆さんに比べて僕は戦闘力は低いから…。それで、数ヶ月前に追い出されたので。」
「追い出された…って、六大魔王から外されたのか!?」
確かに牛魔王は黒風には関心があまりなかった。
まさか、黒風を抜けさすとは思ってもいなかった。
「戦力不足なのと、僕が悟空さんの事が好きなのが気に入らなかったから追い出しと思います。」
あー、その理由なら納得が行くわ…。
「追い出された後、観音菩薩さんが僕に会いに来たんです。」
「観音菩薩が?!お前に会いに来たのか!?何で…。」
「悟空さんの元に行かせるようにだと思います。」
「俺の元に?」
「はい。観音菩薩が現れた時、言われたんです。悟空さんに僕の力が必要だって…。」
黒風の力が必要?
観音菩薩はどこまで先を読んで行動してるんだよ…。
全く、食えない男だ。
「それで?お前の力って?」
「それはー。」
黒風の言葉を聞いて納得した。
そして、宿に戻った俺達は旅に出る準備をしていた。
「行くのは良いけど、アイツの居場所は分かってんのか?」
チャイナパオに着替えた天蓬が俺と三蔵に尋ねて来た。
「た、確かに…。どこにいるのか分かってないな。」
三蔵は軽く頬を掻きながら呟いた。
「捲簾の居場所なら黒風の能力で分かるぞ。」
俺がそう言うと2人は驚いた顔をした。
「え、え!?能力ってどう言う事!?」
三蔵は驚きながら黒風に尋ねた。
「ぼ、僕の能力は…。誰がどこにいるのか分かるんです。」
「「…?」」
黒風の言葉を聞いた2人は理解出来ていない様子だった。
「つまり、黒風は全ての人間の居場所が分かるんだと。」
「「はぁぁぁぁぁあ!?」」
2人の大きな声が宿中に響いた。
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