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ミレイユの即位式は、思わず息をひそめてしまうほどに厳かで立派な式だった。

戴冠し、宝珠と王笏を掲げる堂々とした姿は、このラングロワ帝国の皇帝としてふさわしく、新たな時代の幕開けを象徴するものだった。


前皇帝の処刑は国民に少なからず動揺をもたらしたが、ミレイユならきっとすぐに安定した治世を敷くことができるだろう。


また、ミレイユの皇帝としての即位と共に、アルベリクも皇太子となった。

皇族らしい衣装をまとったアルベリクは、今までよりさらに凛々しく高貴に見え、イネスは胸が高鳴るのと同時に、どこか寂しさのようなものを感じた。




即位式が終わったあと、イネスはひとりで皇宮の庭園を歩いていた。


生誕祭の夜、アルベリクとともに訪れた噴水を見上げ、陽の光を反射して煌めく水飛沫みずしぶきに手をかざす。


(ミレイユ様もアルベリク様も、皇族らしく毅然とされていて、とても眩しかった。あまりにも眩しくて……)



──自分が二人の輝きを曇らせる邪魔者なのだと理解できた。



イネスは死んだ人間の魂と魔導人形からできた存在。

生きている訳でもなく、死んでいるとも言えない。


今は周囲に正体を隠せていても、いつか知られてしまったら?

人によっては汚らわしいとさえ思うかもしれない。


そんな異端の存在が、輝かしい二人のそばにこれ以上いてはならない。

「イネス」は、もう彼らには不要なのだ。


(そうよ……ミレイユ様を救出して、皇帝への復讐も果たされた。目的はもう達成したのだから、早くこの世から去るべきだわ)


イネスは目尻についた水滴を拭うと、明るい日差しから逃げるようにうつむいて、元来た道へときびすを返した。




◇◇◇




翌日。イネスは皇宮の侍女に案内され、ミレイユとアルベリクの元を訪れた。


即位式以来、ミレイユもアルベリクも多忙で会話どころか姿を見ることも叶わなかったが、「お話ししたいことがある」と手紙を書いて渡してもらうと、二人はすぐにイネスのために時間を作ってくれた。


初めて入る皇帝の部屋の豪奢なソファで、眩しいオーラを放つ二人と向かい合って座る。


昨日までは辺境伯家の「ミレイユ様」と「アルベリク様」だった彼らは、今ではもう「皇帝陛下」と「皇太子殿下」だ。


何者でもない自分との差を以前よりももっと強く感じ、劣等感と申し訳ない気持ちがとめどなく湧き上がる。


自分でも卑屈だと思うが、どうしても二人と目を合わせることができず、イネスは俯き加減のまま口を開いた。


「お二人ともお忙しいときに我儘を言って申し訳ございません」

「いいのよ。イネスと一緒だと疲れた心が癒されるから、むしろ積極的に会うべきだと思うわ」

「俺も同意見だ」


母と息子の気の合った気遣いにイネスが口もとを緩ませる。

しかし、どこか無理をしているのが伝わったのか、アルベリクとミレイユが気遣わしげにイネスの顔を覗き込んだ。


「どうしたの、イネス? 可愛い顔を上げてちょうだい?」

「もしかして調子が悪いのか?」

「……いえ、身体は何も問題ありません」

「身体は問題ないって……。他には問題があるように聞こえるけれど」

「話があると言っていたのはそのことなのか? 何か心配事があるなら教えてくれ」


顔を見なくても、二人が心配してくれていることが伝わってくる。


きっとイネスが相談・・すれば、二人とも「そんなことは気にしない」、「ずっとそばにいればいい」と言ってくれるだろう。


しかし、二人の優しさに甘えていては駄目なのだ。

だからイネスからお願いしなければならない。


イネスは右手につけていた例の「魔力を奪う」指輪をそっと外し、テーブルの上に置いた。


「イネス? なぜ指輪を外すんだ。お願いだからつけていてくれ」


アルベリクが戸惑いながら懇願する。

これは、もし近くにアルベリクがいなくても、イネスが魔力を失って倒れたりしないよう、彼がイネスにつけさせたものだった。もちろんアルベリクの右手にも同じ指輪がはまっている。


イネスが下を向いたまま切なく微笑む。


「いえ、もうわたしには必要ない物ですのでお返しいたします」

「もう必要ない……? どういうことだ?」


イネスがきゅっとドレスの裾を握る。

そして、おそらく二人を傷つけてしまうであろう願いを申し出た。


「わたしはもう、この世を去ろうと思います。どうかこの身体から魂を解放してください」




これまでジュリエットの魂を何度も繋ぎ止めようとしてくれたアルベリクには、きっと酷な願いのはずだ。


案の定、アルベリクからは返事が返って来ず、何かに耐えるかのように拳を強く握りしめているのが目に入った。


「……お願いです。もう決めたのです。わたしがそうしたいのです」


イネス自身がそう望んでいるのだと。

だから、アルベリクもミレイユも罪悪感など抱かずに、イネスとジュリエットと決別してほしいと、そう思いながらお願いする。


しかし、アルベリクは酷く低い声で、一言返事した。


「──断る」


イネスが思わず顔を上げて抗議する。


「なぜですか! 本人の希望は叶えられるべきでは──」


けれど、アルベリクの顔を見た途端、続くはずだった言葉は途切れてしまった。


彼が、あまりにも悲しげな表情をしていたから。


「……どうせ君は、自分がいたら俺や母上の負担になるだとか考えているんだろう? そんなことはどうでもいい。君と一緒にいられるなら何でもする。そう、伝えたじゃないか……」


アルベリクが傷つくのを見るのは辛い。

しかし、だからと言って願いを撤回しては、結局彼のためにならない。


「アルベリク様のお気持ちは嬉しく思っています。貴方やミレイユ様と、これからも一緒に過ごせたらどんなに幸せだろうと思います。でも……今はよくても、十年後、二十年後はどうなりますか? わたしだけ年を取らないことを、きっと他の人たちは不自然に思うでしょう。もし正体を知られてしまえば、わたしだけではなく、アルベリク様やミレイユ様だってどんな糾弾きゅうだんを受けるか……!」


大切な人たちを不幸にしてしまうくらいなら、今ここで消えてしまったほうがずっといい。


「──だから、魔法を解いてください」


震える声でそう言うと、アルベリクが立ち上がった。


「君を不安にさせてすまなかった。そもそも、俺が皇太子になんてなったのがよくなかったな。こんな不自由な立場は捨てて平民になるから、二人で誰も知らない場所に行こう。そこでずっと一緒に暮らせばいい。では母上、そういうことなので」

「えっ、アルベリク様……?」


アルベリクがイネスの横に立ち、手を取って立ち上がらせる。

そのまま有無を言わせず、どこかへ連れて行こうとするのを、ミレイユが溜息をついて制止した。


「待ちなさい、アルベリク。馬鹿なことを言わないの」

「馬鹿なことなんかじゃありません。皇太子の地位も何もかも、イネスがいなければ意味がありません」


アルベリクがイネスの手を強く握りしめる。

ミレイユはそんな息子の様子を見て、どこか嬉しそうに微笑んだ。


「貴方たちの気持ちは分かったわ。まったく、消えるだとか平民になるだとか……。二人でおかしな決断をする前に、ちょっと来てもらえるかしら?」



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