フェルに関するリーフ人の怪しい動きを察知した私達は取り敢えず宇宙ステーションで過ごすことにした。幸い宇宙ステーションには長期間過ごせるような環境が整っているし、どのみち新しい船の調整やギャラクシー号の修理が終わったらまた地球へ向かうつもりだったから問題ない。必要な物資は既に運び込んであるし、そもそも宇宙ステーションにだってたくさんの物資や資材が備蓄されている。使われることはほとんど無いんだけどね。
「アリア、フェルに話したの?」
『いえ、リーフ人の動きについてマスターフェルにはまだ伝えていません。伝えますか?』
「いや、伝えなくて良いよ。余計に傷つけたくないから」
まあ、フェルは賢いから察するかもしれないけどさ。それでも同族の軽挙妄動を聞いたら傷付くのは当然だ。
「ティナちゃんは優しいねぇ☆」
「私に出来るのはこれくらいしかないから」
軌道エレベーターを降りた私達は、アリアの誘導に従ってステーションにある談話室の一つへ向かった。フェル達はアリアの言う通り談話室に居たけど、半日くらいで凄く仲良くなっているのが分かった。
今はソファーに座って調べものをしているフェルと、そんなフェルの足の間に座り込んでお腹に頭を預けて端末を弄ってるフィーレが居た。いや、仲良くなりすぎでしょ。当たり前のように密着してるし。
「リーフ人は同族意識が強いんだよねぇ☆だから異端を嫌悪するんだけど、フィーレちゃんは全くその辺りに関心がない。
んで、フェルちゃんは優しくて面倒見が良い。まあ、こうなるのは予想通りかな☆」
フィーレも歳上相手に物怖じしないしなぁ。フェルが受け入れたら一気に距離が縮まるのは当然なのかもしれない。
ばっちゃんの声に反応したフェルがこっちを見て首を傾げている。
「ティナ? それに里長まで。どうしました? 随分と早いですね?」
「フェルの顔が見たくなったからって言ったら笑うかな?」
「ふふっ、なんですか? それ。笑いませんよ」
笑うんじゃなくて微笑まれたよ。むぅ、一本取られたような気がする。端末を弄ってたフィーレも顔を上げた。
「私は? ティナ姉ぇ」
「フィーレにも会いたかったよ。フェルに迷惑掛けてないよね?」
「フェル姉ぇに色々されちゃった」
「フィーレちゃん!?」
「フィーレ、フェルをからかわないの。後が怖いよ?」
「ちょっとティナ、どういう意味ですか?」
やっべ、藪蛇だった。
「コホンッ! 色々あってステーションで過ごすことにしたんだ。フィーレ、そっちの準備は?」
「今取り掛かったところだよ。予定通り三日貰うから」
モニターにはたくさんのポットがプラネット号、ギャラクシー号、銀河一美少女ティリスちゃん号(笑)に取り付いて整備を開始した様子が映し出されている。
「二日に出来ない?」
出来れば直ぐにアードを離れたい。リーフ人達が何をするか分からないからね。
あっ、フィーレがジト目になった。
「なに? ティナ姉ぇは私に不眠不休で働けって言うの?」
「違うよ、色々短縮できないかなぁって思ってさ」
「いや、全部必要なことなんだけど……なら、ペイントの作業をキャンセルしてよ。コーティングの手間もあるし、これがないなら一日は短縮できるよ」
えぇ、痛車ならぬ痛軍艦仕様で行くの!?それはちょっとなぁ。
「良いじゃありませんか、ティナ。フィーレちゃんとも調べたんですが、乗り物に人物画を描くのは地球の神事で大切な文化みたいですし」
フェルが画像をいくつか見せてくれたけど、何がどうなれば痛車祭りが神事になるの!? いや! その画像痛絵馬じゃん! 確かに場所は神社だけどさ!
うーん、否定したい! でも出来るだけ早くアードを離れたいから……いや、私個人の羞恥心なんてフェルの安全を考えたら安いものだよ。
それに、フェルだけじゃない。フィーレだってリーフ人からすれば異端扱いだ。どんな手段を取られるか分からない。それなら我慢する。無茶苦茶恥ずかしいけど、ばっちゃんは自己顕示欲が強いと誤魔化すしかない!
ティナがフェル達の勘違いを前に悶々としている頃、地上でも動きがあった。
アードは結界で包み込まれて守られており、あらゆる魔法が通じず軌道エレベーター以外で地上と宇宙を行き来する手段は無いとされている。しかし、実際には結界にも僅かに薄い場所が存在する。
アードに多数存在する小さな浮き島の一つで、ポイントケストルと呼ばれる場所だ。そこだけは転移魔法を使って宇宙ステーションへ行くことが出来る。万が一に備えての非常口のような場所であり、最重要機密として知る者は少ない。
それに、結界の一部であることは変わらずマナ保有量が多いリーフ人でも単独では突破できない。そもそも宇宙に関心が無いリーフ人からすれば無縁の場所なのだ。
そんな場所へ四人のリーフ人の男女がやってきた。秘匿性を高めるため特に建物も存在しないただの平原であるが、彼らはある確信をもって迷い無く平原を進む。彼らは終始無言である。これから行う大事を前に、少しでも事が露見するのを防ぐためだ。
しかし、目的地直前で彼らは歩みを止めることになる。
「これは、リーフの方々。ごきげんよう。どうかされましたか?」
そこに居たのは、茶色のローブを羽織った若いアード人の男性であった。穏やかな表情と雰囲気を纏っているが、そのローブは彼が魔法省に所属する魔導師であることを示していた。
四人のうち、代表格と思われる初老のリーフ人男性が口を開く。
「ごきげんよう、アードの若き同胞よ。里の若い者を連れて散策の最中でありましてな」
「それはそれは、あなた方が里を出るとは珍しいことです。是非ともゆっくりと散策を、と言いたいのですがこの浮き島は立ち入り禁止となっていましてな……」
「御安心を、許可はとってありますのでな。どうかお気になさらず」
「ほう、許可を。その様なお話は伺っていませんが」
「何らかの手違いが起きてしまったのでしょうな。散策を続けても?」
「ダメです」
キッパリと言い切ったアード人に対してリーフ人の老師は顔を強張らせる。
「私はこの場所の管理官を仰せつかっています。私の許可無くば、例え政務局長と言えどこの場に立ち入ることは許されません」
「どうしても、かな?」
「ええ、残念ですが。まして、邪な企みを持つ者を通す道理もない」
「邪とは随分な言い草ですな」
「あなた方の目的はフェラルーシアだ。間違っていますか?」
「……!」
アード人、ティドルの言葉に緊張が走る。それは無言の肯定であると見れた。
「ならば尚更通すわけには参りませんな。父として、娘の危機を見逃す道理はない!」
ポイントケストルにて知られざる戦いが行われようとしていた。