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地球、北米大陸。合衆国の首都であるワシントンD.C.。空飛ぶ車とは言わないが、物流の主力を占めつつある貨物ドローンが飛び交う近未来的な光景が広がっているが人々の生活が劇的に変化するわけでもなく、今日も変わらぬ一日が始まった。それは郊外のとある組織も変わらなかった。
「やあ、おはよう。今日も皆頑張っているね」
「これはケラー室長、いらっしゃいませ。お忙しいところわざわざありがとうございます」
「なに、私が役立てるならいくらでもここに来るよ」
部下達からの強い薦めで久しぶりの休暇をもらったジョン=ケラーだったが、生憎愛娘のカレンは予定が合わなかった。暇をもて余していた時、彼の休暇を聞き付けた組織からの正式な招待を受けて郊外にある研究施設を訪れていた。その施設は少しばかり特殊であり、従事する研究員達は男女例外無く見事にハゲ散らかし……失礼、頭髪を持ち合わせていなかった。
ここは育毛研究所。最先端の育毛研究機関であり、所属する研究員達は“太陽の集い”と呼ばれるコミュニティに所属している。
このコミュニティへの参加条件は極めてシンプルで、理由を問わず頭髪を持たない或いは薄い者だけとなっている。彼らはカツラや帽子を良しとせず、これもまた個性であると胸を張っていた。
ジョン=ケラーはこの太陽の集いの古くからのメンバーであり、育毛研究所のパトロンである。
彼自身数ヵ月前まではサバンナ程度の毛髪を蓄えていたが、ティナの来訪による数多の苦難と無自覚な強化は彼の頭部にハゲしい負担を強いていた。その結果見事に頭部はサバンナからサハラへジョブチェンジを果たしてしまう。
とは言えこれは彼に限らずティナが振り撒く数多のトラブルは強いストレスを与え、まさかティナを怒鳴り散らすわけにもいかず、結果関係者達の頭部がハゲ散らかす結果となった。
「最近は出資者も増えて政府からの支援金も増えました。研究も順調に進んでいますよ」
「有り難いことだ。私のようなオジサンはまだしも、若者には辛いことだからね」
先天性、病、負傷など様々な理由で頭髪を失うものは少なくない。男性ならばまだ格好は付くが、女性ともなれば極一部を除いて頭髪の有無は極めて重要な意味を持つ。
育毛研究所はそのための研究機関であり、太陽の集いは相互扶助会としての一面もあり会員達のメンタルケアも実施されている。同じ境遇の人間に接することは、精神面で大きな支えになることも多い。
彼らの救いの一助となればとジョンも少なくない金額を提供しているし扶助会にも積極的に参加している。私欲のために参加しているつもりは毛頭無かった。彼もまた善人なのだ。
「それで、ケラー室長。早速なのですが検査の結果をお伝えしたいと思います」
「ああ、お願いするよ。ああ、皆さん気にしないで。私は自主的に検査を受けただけだから」
ティナによる強化で一時期はパラ◯イスキングやデー◯ン閣下のような頭髪を得たジョンの頭部を調べれば、毛髪再生の端緒が見付かるかもしれない。育毛研究所から検査を打診されたジョンは快く受け入れて、数日前に検査を実施。
その結果を聞くのが目的の一つである。
「結論から申し上げますが、残念ながらケラー室長の毛根の99%が既に死滅して塞がっていることが判明しました」
「むぅ、やはりか」
ティナによる強化はジョンの余命僅かな毛根達にハゲしい負担を強いていたことが判明。結果彼の頭部は文字通り不毛地帯と化してしまった。
「誠にお気の毒です……しかし、一部の毛根が活性化した痕跡も確認することが出来ました。このデータを解析することで、新たなアプローチを試みることが出来るかもしれません」
「それは良かった、充分に役立てて欲しい。ちなみにその新しいアプローチは、私にも有効かな?」
「いえ、残念ながら室長の毛根は既に死滅していますので最早手遅れです」
「そうか(・ω・)」
「悲観なさらずに、あなたの太陽も輝いています。今では合衆国の皆が憧れるヒーローなのですから」
研究員からの心強いハゲましを受けて、ジョンも笑顔を浮かべる。自分の不幸より他者の幸福を重視する彼としては、自分のデータが若者達の未来を救う一助となるならばと笑みを深めた。
研究は困難を極めている。それは研究員達の輝く太陽を見れば一目瞭然だ。しかし、可能性はあるのだ。
「例えフサフサの髪がなくともケラー室長の頭部が焦土になろうとも、貴方は我が国の光り輝く明けの明星の如く光明なる者、輝ける立場の者として認知されていますから!つまり、我々の希望なのです!」
「そう言われると恥ずかしいな……ん?それは?」
恥ずかしげに笑みを浮かべたジョンは、研究員の一人が食べている植物のようなものに気付いた。
「ああ、これですか?ワカメと言う海藻ですよ。ジャッキー=ニシムラさん曰く、発毛効果がある日本の食品です。日本人はこれをスープにして飲むのだとか」
「ちょっと独特な風味ですが、歯応えがありますよ」
「この際毛嫌いはせずに研究してみようかと」
「それは良いな、私も手に入れてみよう」
それからしばらく、ワシントンでは海藻を貪る輝ける者達が目撃されることになるがティナの知るところではなかった。彼らは戦う、フサフサの個々にフサわしい髪を手に入れるために。