テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
29
三日月さくら🎼🍵👑🌞
516
200
※本人・実在の出来事とは無関係のフィクションです。
※共依存、束縛、精神的な不安定さを含むメリーバッドエンドです。
きみのいない夜を、まだ知らない
星導sibe
小柳くんは、俺のことを見つけるのがうまい。
人が多い場所でも、声を出さずにいても、俺がどこにいるのかを見つけてしまう。控室の隅、廊下の端、誰も使っていない階段の踊り場。俺が「ひとりになりたい」と思っている場所に限って、彼は現れる。
「星導」
その声を聞くと、少しだけ安心する。
だから、たぶん俺は、最初からおかしかった。
「小柳くん、今日も見つけるの早いね」
「お前がわかりやすいだけだろ」
「そうかな。俺、結構隠れてるつもりなんだけど」
「隠れる必要ないだろ」
小柳くんはそう言って、俺の隣に座った。
近すぎない距離だった。肩が触れるわけでもない。けれど、離れようと思えば離れられる距離でもない。
その曖昧さが、俺は好きだった。
彼は俺を追い詰めない。けれど、見捨てもしない。
俺が黙っていれば、彼も黙っている。俺が笑えば、彼も少しだけ口元を緩める。俺が立ち上がれば、何も言わずについてくる。
そういうところが、怖かった。
もし俺が、どこまでも遠くへ行こうとしたら。
小柳くんは、どこまでついてくるんだろう。
「小柳くん」
「何」
「俺がいなくなったら、どうする?」
彼は少し考えてから、面倒そうに眉を寄せた。
「探す」
「どこまでも?」
「見つけるまで」
「見つけたら?」
「連れ戻す」
冗談みたいな答えだった。
だから俺も笑った。
でも、胸の奥では、その言葉を何度も繰り返していた。
連れ戻す。
その言葉だけで、呼吸ができるような気がした。
小柳side
星導は、ひとりでいるときだけ、ひどく静かになる。
普段から静かなほうではある。でも、人と話しているときは、ちゃんと笑うし、適当にふざけるし、気を遣っているのもわかる。
ひとりになると、それが全部なくなる。
まるで中身だけ置いていかれたみたいに、ぼんやりしている。
「星導」
呼んでも、返事をしないことがある。
そのときは、少し近づいて、もう一度呼ぶ。
「星導」
ようやく顔を上げて、俺を見る。
「……小柳くん」
その声を聞くと、俺も安心する。
たぶん、俺もおかしい。
星導が俺を見つけたときの顔が、好きだった。
安心したような顔。困ったような顔。逃げたいのに逃げられないみたいな顔。
俺がそばにいることで、星導が少しだけまともに呼吸できるなら、それでいいと思っていた。
最初は、本当にそれだけだった。
星導が眠れないと言えば、電話をつないだ。何も話さなくてもいいように、俺は黙っていた。
星導が食事を忘れていれば、適当に何かを買ってきた。食べろとは言わず、ただ目の前に置いた。
星導が帰れないと言えば、迎えに行った。
それを何度も繰り返しているうちに、俺は星導の予定を把握するようになった。
今日は誰と会うのか。
何時に終わるのか。
帰るのはどこか。
誰と帰るのか。
聞くつもりはなかった。けれど、聞かないと落ち着かなかった。
星導が誰かと楽しそうに話していると、胸の奥がざらついた。
その相手が俺の知らない話題で星導を笑わせていると、どうしようもなく不安になった。
俺がいなくても、星導は笑える。
俺がいなくても、星導は生きていける。
当たり前のことなのに、それがひどく恐ろしかった。
「小柳くん、最近よく連絡くれるね」
ある日、星導がそう言った。
「迷惑か」
「ううん。助かってる」
「ならいいだろ」
「でも、小柳くんが眠れてないのも知ってるよ」
俺は黙った。
星導は、こういうところだけ妙に鋭い。
「俺のせい?」
「違う」
即答した。
違うはずだった。
俺が勝手にやっていることだ。俺が勝手に心配して、勝手に不安になって、勝手にそばにいる。
それなのに、星導は少し寂しそうに笑った。
「じゃあ、俺が小柳くんを縛ってるみたいで嫌だな」
「縛られてるのは、俺じゃない」
口に出してから、失敗したと思った。
星導が目を瞬く。
「じゃあ、誰?」
「……お前」
星導は、しばらく何も言わなかった。
そして、ほんの少しだけ笑った。
「そっか」
その笑い方を見て、俺はもう戻れない気がした。
星導side
小柳くんが俺の予定を知っていることに、最初は安心していた。
何時に終わるのか。
誰と一緒にいるのか。
今どこにいるのか。
聞かれるたびに、俺の存在が確認されているような気がした。
俺がここにいると、証明してくれているみたいだった。
だから、わざと連絡を遅らせたこともある。
小柳くんが何度もメッセージを送ってくるのを、画面越しに眺めていた。
――どこにいる。
――終わったら連絡しろ。
――星導。
――返事しろ。
その名前を見ていると、胸が苦しくなった。
同時に、ひどく満たされた。
俺が返事をしなければ、小柳くんは俺を探す。
俺がいなくなれば、小柳くんは俺を必要とする。
俺が壊れれば、小柳くんも壊れる。
それは醜い考えだった。
でも、俺はその醜さを手放せなかった。
「小柳くんはさ」
「何」
「俺が連絡しなくても、待ってる?」
「待つ」
「何時間でも?」
「必要なら」
「俺が、わざと返事しなくても?」
小柳くんは、しばらく俺を見ていた。
それから、低い声で言った。
「わざとなら、許さない」
その言葉に、背筋が震えた。
怒っているようには聞こえなかった。
むしろ、怯えているように聞こえた。
俺がいなくなることを、怖がっている。
俺のことを、必要としている。
「……小柳くん」
「何」
「俺のこと、嫌いにならないでね」
自分でも驚くくらい、弱い声が出た。
小柳くんは眉を寄せた。
「ならない」
「絶対?」
「絶対」
「俺が面倒でも?」
「面倒だと思ったことはある」
「ひどいなあ」
「でも、嫌いにはならない」
小柳くんの言葉は、いつも不器用だった。
だからこそ、信じられた。
「じゃあ、俺が小柳くんのこと嫌いになったら?」
「ならないだろ」
「どうして?」
「お前は、俺がいないと駄目だから」
胸の奥を、鋭いもので突かれたようだった。
図星だった。
俺は小柳くんがいないと、何をすればいいのかわからない。
どこまで眠っていいのか。
どこまで笑っていいのか。
どのくらい誰かを信じてもいいのか。
彼がいるから、俺は自分の輪郭を保っていられる。
「……小柳くんもでしょ」
俺がそう言うと、彼は否定しなかった。
「そうだな」
それだけだった。
でも、十分だった。
俺たちはお互いに、お互いの首へ手をかけていた。
絞めているのか、支えているのか、もうわからなかった。
小柳side
星導が他の誰かと帰る日が増えた。
たいしたことじゃない。
俺だって毎回迎えに行けるわけじゃないし、星導には星導の付き合いがある。
それでも、連絡が来ない時間が長くなると、何度もスマホを見た。
通知がない。
既読もつかない。
電話をかけるべきか迷っていると、星導の名前が画面に表示された。
「もしもし」
『小柳くん?』
「どこにいる」
『え、急だね』
「どこ」
『……帰り道』
「誰と」
沈黙があった。
その一秒が、ひどく長く感じられた。
『誰とでもいいでしょ』
声が遠かった。
俺の知らない場所で、星導が俺の知らない誰かと話している。
そう思った瞬間、体の奥が冷たくなった。
「よくない」
『小柳くん?』
「今どこだ」
『言わないと駄目?』
「言え」
『そんな言い方しなくてもいいじゃん』
「星導」
自分でも、声が怖いと思った。
電話の向こうで、星導が黙る。
その沈黙の間に、俺はもう後悔していた。
怒鳴りたいわけじゃなかった。
責めたいわけでもない。
ただ、俺を置いていかないでほしかった。
俺の知らないところへ行かないでほしかった。
「……ごめん」
星導が小さく言った。
「今、駅の近く。ひとり」
嘘かもしれない。
でも、俺には確かめる術がない。
「迎えに行く」
『いいよ。ひとりで帰れる』
「迎えに行く」
『小柳くん、俺は子どもじゃないよ』
「知ってる」
『じゃあ――』
「俺が迎えに行きたい」
言葉が途切れた。
それから、星導は静かに笑った。
『……ずるいなあ、小柳くんは』
「何が」
『そんな言い方されたら、断れないじゃん』
俺は電話を切ったあと、すぐに家を出た。
駅に着くと、星導は改札の外に立っていた。
ひどく疲れた顔をしていた。
俺を見るなり、少しだけ目を細める。
「来たんだ」
「来るって言っただろ」
「うん」
「誰といた」
星導は答えなかった。
代わりに、俺の袖を掴んだ。
その指が冷たかった。
「帰ろう、小柳くん」
「答えろ」
「帰ろうよ」
いつもなら、そこで俺は折れる。
星導が俺を頼る声を出せば、何も言えなくなる。
でも、その日は違った。
「俺以外の誰かといたのか」
星導の指が、わずかに震えた。
「いたら、どうするの?」
「別に」
「怒る?」
「怒らない」
「じゃあ、悲しい?」
「……知らない」
「俺が小柳くんの知らない人といても?」
俺は、星導を見た。
彼は笑っていた。
けれど、その目は笑っていなかった。
俺がどんな答えを出すのか、試している。
「嫌だ」
正直に言った。
「俺以外の誰かに、お前がそんな顔をするのは嫌だ」
星導の表情が、ゆっくり崩れた。
「そんな顔って?」
「俺を見てるときの顔」
「小柳くん、俺の顔なんて見てないくせに」
「見てる」
「見てないよ」
「見てる」
「だったら、どうして俺がこんなになるまで放っておいたの」
声が震えていた。
その瞬間、俺はようやく気づいた。
星導も、俺と同じくらい怯えている。
俺だけを見ているわけじゃない。
俺にしか、見てほしくないと思っている。
「星導」
「俺、小柳くんがいないと駄目なんだよ」
駅の雑踏の中で、彼の声だけが異様にはっきり聞こえた。
「だから、どこにも行かないで」
俺は答えられなかった。
そんなことを言われたら、逃げることができなくなる。
逃げてはいけないと思ってしまう。
「小柳くんがいなくなったら、俺、たぶん何も残らない」
星導の手が、俺の袖を強く掴む。
「だから、小柳くんも俺を置いていかないで」
俺はその手を振りほどけなかった。
振りほどく理由が、もうどこにもなかった。
「わかった」
「本当に?」
「わかった」
「ずっと?」
「ずっと」
星導は、ようやく笑った。
その笑顔は、誰かに救われた人間のものではなかった。
同じ檻に入る相手を見つけた人間の笑顔だった。
星導side
それから、俺たちはほとんど一緒にいた。
一緒にいる時間が増えたというより、離れている時間を耐えられなくなった。
小柳くんから連絡が来ないと、不安になった。
俺から連絡をして返事がないと、何も手につかなくなった。
少し前なら、数時間程度の沈黙は普通だったはずなのに。
今では、その沈黙が俺たちの間に誰かが入り込んだ証拠のように思えた。
「小柳くん、今どこ?」
「家」
「本当に?」
「本当」
「誰かいる?」
「いない」
「見せて」
「星導」
「ごめん。なんか、嫌な感じがして」
「何が」
「俺の知らないことがある気がする」
小柳くんは、しばらく黙った。
それから、画面をこちらに向けた。
部屋の中は暗く、何もなかった。
「これでいいか」
「うん」
「信じたか」
「……うん」
俺は嘘をついた。
画面を見たからといって、安心できたわけではない。
本当は、小柳くんの部屋に行って、自分の目で確かめたかった。
彼の隣に座って、手を握って、眠るまで離れたくなかった。
でも、そんなことを言えば、小柳くんは困る。
困ったあとで、きっと受け入れてしまう。
それが怖かった。
彼が俺のわがままを受け入れるたび、俺はもっとひどいわがままを言えるようになる。
「小柳くん」
「何」
「俺たち、変だね」
「今さらか」
「うん。今さら」
俺は笑った。
小柳くんは笑わなかった。
「変でも、別にいいだろ」
「よくないよ」
「じゃあ、どうする」
「わからない」
「なら、考えなくていい」
優しい言葉だった。
そして、たぶん一番残酷な言葉だった。
考えなければ、俺たちはこのままでいられる。
俺が小柳くんに寄りかかり、小柳くんが俺を支えるふりをして、実際にはお互いに沈んでいく。
それでも、ひとりで沈むよりはましだった。
「小柳くん」
「何」
「俺が死んだら、どうする?」
「そういうこと言うな」
「答えてよ」
「嫌だ」
「答えて」
「探す」
「死んでても?」
「見つける」
「見つけたら?」
「連れ戻す」
以前と同じ答えだった。
俺はその言葉を聞いて、目を閉じた。
「じゃあ、俺も小柳くんが死んだら探す」
「お前には無理だろ」
「なんで?」
「俺がいないと何もできないから」
「小柳くんだってそうじゃん」
「俺はできる」
「嘘」
「嘘じゃない」
「じゃあ、俺がいなくても生きられる?」
小柳くんは、答えなかった。
それが答えだった。
俺たちは、相手がいなければ生きていけない。
たぶん、正確には、生きていくことはできる。
食事もできる。眠ることもできる。笑うことも、仕事をすることもできる。
ただ、それは俺たちが望む生き方ではない。
相手のいない世界で、正常に戻るくらいなら。
壊れたまま、隣にいたかった。
小柳side
星導が、俺の家の合鍵を欲しがった。
「必要か?」
「必要だよ」
「何に」
「小柳くんが出ないときに入るため」
冗談めかして言っていたが、目は本気だった。
俺は鍵を渡した。
渡してしまった。
手のひらに乗せた銀色の鍵を、星導はしばらく見つめていた。
「いいの?」
「返せと言っても返さないだろ」
「うん」
「なら、持ってろ」
星導は鍵を握りしめた。
「小柳くんの部屋に、俺の場所を作ってもいい?」
「もうあるだろ」
「どこ?」
「冷蔵庫の中身も、お前の好きなものばかりだ」
「それだけ?」
「洗面所に歯ブラシもある」
「それだけ?」
「……クローゼットの右側、空けてある」
星導は、少しだけ目を見開いた。
「いつから?」
「忘れた」
本当は、ずっと前からだった。
星導が泊まることが増えて、彼の服を畳んで置いているうちに、少しずつ場所を空けた。
最初は一段。
次に半分。
気づけば、クローゼットの右側は、星導のための場所になっていた。
それを言うのが恥ずかしくて、黙っていた。
「小柳くん」
「何」
「俺、ここに住んでもいい?」
心臓が、大きく鳴った。
「……帰る場所、あるだろ」
「あるけど、帰りたくない」
「星導」
「小柳くんのところがいい」
俺は何も言わず、彼を見た。
星導は、いつも通り笑っていた。
でも、指先が震えている。
俺が断ったら、またひとりになる。
俺が受け入れたら、もう二度とひとりに戻れない。
どちらも同じことだった。
「好きにしろ」
「本当に?」
「ああ」
「追い出さない?」
「追い出さない」
「俺がずっといても?」
「ずっといろ」
その言葉を口にした瞬間、戻れなくなった。
星導は俺の胸元に額をつけた。
「小柳くん」
「何」
「俺のこと、ちゃんと見ててね」
「見てる」
「寝てるときも?」
「見てる」
「俺が起きてるか、ちゃんと確認して」
「わかった」
「俺が変になったら、止めて」
「お前も、俺が変になったら止めろ」
「うん」
「約束しろ」
「約束する」
けれど、俺たちは知っていた。
もう、どちらも相手を止められない。
止めるどころか、相手が落ちる場所まで一緒に落ちる。
それが約束だった。
星導side
俺が小柳くんの家に住み始めてから、外に出る理由がなくなった。
必要なものは、彼が買ってきてくれる。
連絡を取る相手も、彼がそばにいる。
眠れない夜も、小柳くんの呼吸を聞いていれば、なんとか目を閉じられた。
起きたとき、隣に彼がいる。
それだけで一日が始められる。
それだけで、十分だった。
「小柳くん」
「ん」
「今日、出かけるの?」
「少しだけ」
「どこに?」
「用事」
「何の?」
小柳くんが振り返る。
俺は、無意識に彼の服の裾を掴んでいた。
「すぐ帰る」
「何時?」
「夕方」
「夕方って何時?」
「星導」
「ごめん。でも、ちゃんと教えて」
「六時には帰る」
「遅れたら?」
「連絡する」
「連絡できなかったら?」
「できる」
「もし――」
「星導」
彼の声が低くなる。
俺は口を閉じた。
小柳くんは、少しだけ息を吐いてから、俺の手をほどいた。
その瞬間、体の中から何かが抜け落ちた。
「……行かないで」
「行く必要がある」
「俺も行く」
「駄目だ」
「どうして?」
「お前は、外に出ると疲れるだろ」
「小柳くんがいれば大丈夫」
「俺がいなくても大丈夫になれ」
その言葉を聞いて、胸が凍った。
「俺がいなくても?」
「違う。そういう意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味?」
「星導」
「俺がいなくても、小柳くんは平気になりたいの?」
「なりたいわけじゃない」
「でも、なれって言った」
「お前のためだ」
「俺のためじゃないよ」
声が震えた。
「小柳くんが俺を必要としなくなるためでしょ」
「違う」
「じゃあ、俺を置いていくの?」
「置いていかない」
「嘘」
俺は、彼の袖を掴んだ。
「小柳くんは、俺がいなくても生きられるようにしたいんだ」
「そんなこと言ってない」
「言ってるのと同じだよ」
小柳くんは黙った。
その沈黙が、何より怖かった。
俺は、彼の前に立って、玄関の鍵を握った。
「行くなら、俺も連れてって」
「星導」
「ひとりで行くなら、鍵をかけていって」
「何言ってる」
「俺が外に出ないように」
「そんなことするわけないだろ」
「じゃあ、俺が勝手に出たら追いかけてきて」
「……」
「小柳くん」
「わかった」
彼は目を伏せた。
「一緒に行く」
俺はようやく笑った。
「うん」
小柳くんは、俺の手から鍵を取った。
そして、それを自分のポケットに入れた。
外へ出るための鍵なのか。
閉じ込めるための鍵なのか。
もう、俺たちにはわからなかった。
小柳side
ある朝、目を覚ますと、星導がいなかった。
隣は冷たかった。
布団が少し乱れている。
スマホを探す。
メッセージはない。
玄関を見る。
靴がない。
頭の中が真っ白になった。
星導。
星導。
星導。
名前を呼んでも、返事はない。
すぐに電話をかけた。
繋がらない。
もう一度。
繋がらない。
何度かけても、同じだった。
俺は立ち上がり、玄関へ向かった。
鍵がない。
俺が持っていたはずの鍵が、テーブルの上に置かれている。
星導は、俺の鍵を使った。
つまり、俺のところから出ていった。
捨てられた。
そう思った。
息ができなくなった。
星導がいない。
この部屋に、星導のものだけが残っている。
洗面所の歯ブラシ。
冷蔵庫の中身。
クローゼットの右側。
それらすべてが、俺を責めていた。
俺は星導を閉じ込めた。
俺がそばにいろと言った。
俺が、ずっと見ていると言った。
なのに、見失った。
「……星導」
声に出しても、返事はない。
俺は外へ出た。
駅へ向かった。
最初に星導と会った場所。
俺たちが何度も一緒に歩いた道。
彼がひとりになりたいときに行く階段。
どこにもいない。
電話をかけ続ける。
やがて、スマホが震えた。
星導からだった。
『小柳くん』
「どこにいる」
『ごめんね』
「どこだ」
『俺、少しだけひとりになりたくて』
「どこにいる」
『でも、無理だった』
声が震えている。
「星導」
『小柳くんがいないと、何も見えない』
「今どこだ」
『小柳くんの部屋』
「……は?」
『帰ってきたよ』
俺は走った。
何度も転びそうになりながら、息が切れても走った。
部屋のドアを開けると、星導が床に座っていた。
俺のベッドにもたれて、膝を抱えている。
その顔を見た瞬間、怒りも不安も全部消えた。
「星導」
「小柳くん」
俺は彼の前に膝をついた。
「何で出た」
「小柳くんが出ていく夢を見た」
「夢?」
「起きたら、隣にいなかったから」
「俺は、少し出るって言っただろ」
「忘れた」
「忘れるな」
「ごめん」
「謝るな」
「でも」
「謝るな」
俺は星導を抱きしめた。
強く、逃げられないように。
彼の体が震える。
俺の手も震えていた。
「もう、どこにも行くな」
「うん」
「勝手に出るな」
「うん」
「俺がいないときに、外へ行くな」
「うん」
「俺のそばにいろ」
「うん」
何度も頷く声が、俺の胸に沈んでいく。
星導の腕が、俺の背中に回る。
「小柳くんも」
「ああ」
「俺がいないとき、ひとりでどこかに行かないで」
「わかった」
「俺を置いていかないで」
「置いていかない」
「俺を、ひとりにしないで」
「しない」
嘘だった。
俺たちは、いつか必ずひとりになる。
人間である以上、どちらかが先に消える。
それでも、今はその未来を考えないことにした。
考えれば、星導が壊れる。
星導が壊れれば、俺も壊れる。
だから、考えない。
星導side
夜、俺たちはベッドの上で向かい合っていた。
カーテンは閉めている。
部屋の明かりも消している。
外の世界が、どこにも存在しないように。
小柳くんの手が、俺の手首を掴んでいる。
痛くはない。
でも、離れようとすれば離れられないくらいの力だった。
「小柳くん」
「何」
「俺たち、これでいいのかな」
「よくないと思うか」
「わからない」
「なら、いい」
「小柳くんは、俺といるの嫌じゃない?」
「嫌なら、ここにいない」
「俺がいないほうが、小柳くんはもっと普通に生きられるかもしれないよ」
「普通って何だ」
「知らない。ちゃんと外に出て、友達と遊んで、ひとりで眠って、ひとりで起きること」
「それをしたいのか」
俺は答えられなかった。
したいわけではない。
できるようになりたいと思ったこともある。
けれど、今となっては、ひとりで生きることを想像するだけで吐き気がした。
「小柳くんは?」
「俺もいらない」
「本当に?」
「星導」
「俺がいない人生、考えられる?」
小柳くんは、俺の手首を掴んでいた指に、さらに力を込めた。
「考えない」
「どうして?」
「考えたら、なくなるから」
「何が?」
「俺たちが」
その答えに、胸がいっぱいになった。
俺は小柳くんの手を握り返した。
「じゃあ、考えないでいよう」
「ああ」
「ずっと」
「ああ」
「どっちかがいなくなっても?」
「いなくならない」
「もし、いなくなったら?」
「そのときは、探す」
「見つけたら?」
「連れ戻す」
「死んでても?」
小柳くんは、俺を見た。
暗闇の中で、その目だけがはっきり見えた。
「死んでても」
俺は笑った。
「そっか」
「お前は?」
「俺も探すよ」
「見つけられるか」
「小柳くんを見つけるのは、俺のほうが得意だから」
「そうか」
「うん」
俺たちは、手をつないだまま目を閉じた。
眠りに落ちる直前、小柳くんが言った。
「星導」
「何?」
「明日もいるか」
胸が痛くなった。
彼がそんなことを聞くのは、初めてだった。
「いるよ」
「本当に?」
「本当」
「約束か」
「約束」
俺は小柳くんの手を、強く握る。
「小柳くんも、明日いる?」
「ああ」
「絶対?」
「絶対」
それで安心した。
明日もいる。
明後日もいる。
その次の日も。
そうやって、俺たちは一日ずつを繋いでいく。
外の世界を少しずつ捨てて。
自分自身を少しずつ捨てて。
最後に残ったものが、相手だけになるまで。
==========
一旦
終了
明日
続き
だす
絶対
もう
完成
した
から
おで
メリバ
だい
すき
まじ
かみ
コメント
15件
読み終わりました……。息ができなくなるような、美しくて苦しいお話でしたね。星導くんと小柳くんの「相手がいないと生きられない」って感覚が、優しさと狂気の境目を曖昧にしていく感じが、すごく丁寧に描かれていて。特に「俺が死んだらどうする?」「探す」「見つけたら?」「連れ戻す」っていう応酬が、何度も出てくるのがたまらなかったです。お互いの首を支えているのか絞めているのか分からない、っていう比喩が刺さりました。続き、気になります……!