💗第8話:二度目の告白、無条件の愛
涼架side
元貴の助言を聞いた翌日、僕は若井を待たなかった。
練習終わりに彼が去った後も、僕は毎日、自分のいちごミルクを飲み続けた。
「あなたの拒否とは関係なく、僕の好意はここにある」という無言のメッセージをこめて。
そして、その週末。
僕は偶然、若井を見かけた。
楽器店でも、スタジオの近くでもない。
街外れにある、小さな公園のベンチだった。
そこは、高い木々に囲まれ、街の騒音からも隔絶された、静かな場所だった。
若井は、ギターケースを足元に置き、スマホをいじっている。
彼の隣には、いつものピンクのパックではなく、ただの水のペットポトルが転がっていた。
僕が近づくまで、彼は全く気づかなかった。
「若井」
僕が声をかけると、彼はビクッと肩を震わせ、慌ててスマホの画面を伏せた。
その顔には、隠しきれない焦りが浮かんでいる
「……涼ちゃん。なんで、ここに?」
「たまたま、この辺を散歩してたんだ。若井こそ、こんなところで何してるの?」
若井は居心地が悪そうに、ベンチの端へ少しだけ体をずらした。
「いや、ちょっと、新しい曲のギターの練習しようと思って。静かな場所の方が集中できるかなって」
「そっか」
僕は若井の隣に座った。
彼はまた、無意識に距離を取ろうとしたが、ベンチの端でそれ以上動けなかった。
僕ら、持ってきたビニール袋から、ピンク色のパックを取り出し、ストローを刺した。
そして、躊躇なく、音を立てて一口飲んだ。
「…また、それ飲んでるんだ」と若井が小さく呟いた。
「うん。美味しいからね。若井が飲まなくても僕は飲むよ」
「……ねぇ、涼ちゃん」
若井は俯いたまま、絞り出すように言った。
「俺、あの時言ったこと、本心なんだ。涼ちゃんの優しさが、俺の頑張る理由になってたから。涼ちゃんが俺を好きだって言うなら、俺はもっと努力しなきゃって、プレッシャーに感じるんだ。今の俺じゃ、涼ちゃんの気持ちに見合わないって」
若井の目は切実だった。彼が本当に、僕の好意が評価や報酬であるかのように感じているのだ
僕はパックを置き、彼の両肩にそっと手を置いた。 僕の視線が、逃げられないように彼の目を捉える。
「違うよ、若井。大間違いだ」
僕はゆっくりと、元貴に教えてもらった、一番大切な言葉を選んで伝えた。
「僕が若井のこと好きなのは、若井滉斗だからだ。君のギターの腕前でも、君がどれだけバンドに貢献したかでもない」
若井は、僕の言葉を理解しようと、瞳を揺らした。
「もし、若井が明日、ギターを弾くのをやめたとしても。もし、若井が急に、いちごミルクじゃなくて水しか飲まない人になったとしても僕の気持ちは、一切変わらない」
僕は、彼の不安を断ち切るように言い切った。
「僕が若井に『お守りにして』って言ったのは、僕が若井の隣にいることを、若井自身がもっと無条件に受け入れてほしかったからだ。
僕の優しさも、僕の好意も、若井が必死に何かを返そうとしなくていい『安全地帯』なんだよ」
若井の目から、一筋の涙が溢れた。
彼は慌ててそれを拭うこともせず、ただ僕を見つめていた。
「僕にとってのいちごミルクは、もともと若井だったんだ。若井の隣の安心感、若井の存在そのものの甘さ。若井が無理に水に切り替えて、距離を取ったとしても、僕が飲むこのいちごミルクは、若井の愛しさの味なんだ」
「涼ちゃん……」
「だから、お願い。僕の好意に、評価や対価を求めないで。ただ、僕が若井を好きだという事実だけを受け入れてほしい。それだけで、僕は十分幸せだから」
僕の言葉は、彼の鎧を一つ一つ剥がしていくように、優しく、しかし確信を持って伝わった。
若井は、静かに涙を拭い、そして大きく息を吸った。
「……ずるいよ、涼ちゃん」
彼の声は、少し震えていたが、笑っていた。
「俺、涼ちゃんのそういう、優しいのに核心を突いてくるところが、本当に好きだ」
彼はそう言って、彼の肩に置かれた僕の手に、自分の手を重ねた。
「でも、俺も正直言うと、涼ちゃんなただの『相棒』じゃなくなった時、寂しいって思うよりも先に『俺のものにしたい』って思ったんだ」
若井は、僕の方に体を寄せた。二人の間の、あのベンチの隙間が一瞬で埋まった。
「涼ちゃんが、いちごミルクを飲むようになってから。俺、誰にも涼ちゃんを渡したくないって、ずっと意識してた。それが、バンドの不安と混ざって、ぐちゃぐちゃになっちゃったんだ」
彼は深く頷いた。
「ありがとう。俺、涼ちゃんの無条件の『好き』を受け取るよ。そして、その『好き』に甘えさせてもらう代わりに…俺も『相棒』じゃなくて『恋人』として涼ちゃんに俺の全部を無条件で渡したい」
若井は僕の手を取り、僕の瞳をまっすぐ見つめた。
「涼ちゃん。俺と、おそろいの恋、始めてくれないかな」
僕の心の中で、止まっていた音楽が再び最高のメロディを奏で始めた。
それは、いちごミルクのように甘く、そして、どこまでも安心できる音色だった。
「もちろんだよ、若井。…僕にとって、これ以上の『お守り』はないよ」
僕はそう言って微笑み、彼と繋いだ手をそっと握り返した。
僕たちのおそろいは、いちごミルクから、ストロベリーピンクのヘッドホンへ、そして無条件の愛へと変わったのだ。
次回予告
[💞特別な甘さの証明]
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コメント
2件
よかった〜!本当に待ってたらずっと距離が縮まらなかったでしょうね!
1000行った!