工房内にはところ狭しと人形が飾られており、その奥で人形の頭の部位を彫っている職人と、ドレスを縫っている高齢の職人がいた。
アルメリアたちが工房に入ったのを見た職人たちは顔を上げ、こちらをちらりと見ると軽く会釈し、また作業に戻った。
リアムは振り向きアルメリアに向き直って言った。
「君に国内一の職人による、オーダーメイドの人形をプレゼントしたかったのです。数回通う必要がありますが、それに見合った素晴らしいものを作ってくれるでしょう」
六つの頃から贅沢をせず、ひたすら領内のインフラ整備や事業拡大に尽力してきたアルメリアには、工房内に所狭しと飾られている、無数の精巧な人形や、その人形が着ているきらびやかなドレスはとても魅力的に見えた。
アルメリアは興奮しつつも、作業に集中している職人に迷惑にならぬように小声で言った。
「素敵ですわ! 本当によろしいんですの!?」
それでも思わず声が上擦った。
アルメリアが職人に配慮しているのを見て、リアムもそれにならって小声で話す。
「もちろんです。まずは工房内を見て回って下さい」
アルメリアはその言葉に頷くと、瞳を輝かせながら工房内を見て回り始めた。
いくら大人びているとはいえ、他の女の子と同じく可愛らしいものには目がないはず。その上、いつもあれだけ質素な生活をしているのだから、余計興味を持つに違いない。リアムはそう考えたのは正解だったようだと、無邪気にしているアルメリアの姿を愛おしく見つめながら思った。
そのとき、背後から声がかかる。
「パウエル侯爵令息、こんにちは。貴男も女性にプレゼントですか?」
振り向くと、イキシア国境騎士団城内統括騎士のスパルタカスが立っていた。
ロベリア国では、貴族は全て騎士団に所属する。十歳になると従騎士となり、親の元で下働きをさせられ十六で正式な騎士となる。親が本部に所属する肩書きを持っていれば、そのまま自分の領地の統括となる。
一方平民は六つで兵士見習いとして入り、十六歳で兵士になる。そこからなんの爵位も持たぬものが騎士になるには、剣術に優れ手柄を立てなければならず、どんなに早くとも騎士の称号をてにするのは三十歳を過ぎた頃だった。それでも三十歳で平民から騎士になること事態が難しいことであり、騎士になれたとしても、余程の実力がない限り、統括などの役職の付く騎士には通常なれない。
だが彼は、実力のみで弱冠二十歳にして現在の地位まで上り詰めた人物だった。
そんな異例づくめの彼は、騎士団内ではリアムの上司でありながら、貴族のリアムの方が地位は上。と言うなんとも不思議な関係となっていた。だがリアムはスパルタカスをとても尊敬し、地位は関係なく上司として慕っていた。
「こんなところでお会いできるとは。ええ、私は彼女にプレゼントしようと思いまして」
リアムはそう言って一瞬アルメリアを見ると、スパルタカスに視線を戻す。
「城内統括も、今日はどなたかにプレゼントですか?」
そう訊かれてスパルタカスは困ったように微笑む。
「姪にね。ねだられてしまったのだが、どれが良いのかさっぱりわからなくて困っていたところです」
そして、アルメリアに視線を向け尋ねる。
「あのご令嬢は?」
すると、リアムは少し照れたように答える。
「私の大切な人です」
スパルタカスはそんなリアムを見るのは初めてだった。
スパルタカスの知るリアム・ディ・パウエルという人物はいつも斜に構え、どこか冷めたようなそんな人物だった。そして感情を隠し、何事も疑ってかかる、そんな人物である。だがスパルタカスは、彼がそんなふうになるのは仕方のないことだと思って見ていた。
なぜならリアムの父親、パウエル侯爵はイキシア騎士団の参謀を務め、かなりの策士で知られ一筋縄では行かない人物だからだ。それを側で見て、親からもそうするように言われて育ってきたのだろうと思った。
しかし今日のリアムは珍しく、年相応の反応をしている。スパルタカスはリアムを油断させそんな表情にできる女性に興味が湧いた。
「パウエル侯爵令息、その大切なご令嬢を私に紹介してもらえますか?」
工房の片隅で二人が小声でこそこそと話していると、その女性が大切そうに一体の人形を抱え戻ってきた。
「|私《わたくし》この子が気に入りましたわ!」
そう言って瞳をきらきら輝かせている。人形遊びをする年齢はとうに越えているはずだが、そのはしゃぎ方はまるで幼子のように見えた。
アルメリアはスパルタカスに気づくと、リアムに視線を向けた。リアムが口を開く。
「クンシラン公爵令嬢はスパルタカスには初めてお会いになりましたか?」
アルメリアが頷いたのを見て、リアムも頷く。
「ならば紹介させてもらいます。こちらは、イキシア騎士団城内統括のスパルタカスです」
そう言うとリアムはスパルタカスに向き直る。
「城内統括、こちらはクンシラン公爵令嬢です」
スパルタカスは、年端も行かぬ娘がクンシラン領を建て直し統治していると聞いていた。
だが実際にその娘に会ってみて、人形を持ってはしゃいでいたあの姿を見たあとでは、あれは誇張された噂話でしか過ぎなかったのだろうと思った。
スパルタカスに見つめられ、アルメリアは微笑んだ。
「こんにちは、スパルタカス。恥ずかしい姿をお見せしてしまいましたわね」
スパルタカスは首を振る。
「こんにちは、クンシラン公爵令嬢。せっかくお出掛けになっていらっしゃるのですから、思う存分楽しんだ方がよろしいでしょう。さて、私はお邪魔なようなのでこれで失礼致します」
そう言って一礼し、スパルタカスは去っていった。その後ろ姿を見つめながらアルメリアはリアムに言った。
「とてもお強い方だと噂で聞いておりますわ。なのにあんなにも温和な雰囲気をまとっているなんて、不思議ですわね」
その言葉に、リアムもスパルタカスの背中を見つめながら黙って頷いた。
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