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未練……諦めきれない。心を残す事。
諦めきれないかは別として、心が残っているのは確かに否定出来ない。
怒りも憎しみも湊への強い思いだし。
どうしても無関心になれない。
もしあの時湊が別れたく無いって言ってたら私はどうしてたんだろう。
もし湊が昔の優しかった頃の様に戻ってくれたら……それでやり直したいって言ってくれたら私はどうするのかな?
そんなことを考えていて気が付いた。
私の一番の願いは湊を忘れて新しい生活をしたいんじゃない。
昔の幸せな日々に戻りたい。
絶対に不可能な事が一番の望みなんだって。
ああ、やっぱりこれは未練なのかな。
私は湊がまだ好きなのかな。
心もプライドも傷付き過ぎて、認めたくないだけで嫌いって思い込もうとしてるのか……。
「なあ、デート中に自分の世界に入るの止めてくんない?」
藤原雪斗の声で現実に戻された。
「すみません。でもデートじゃ無いので」
「は? 男と女が二人きりでムード有る店で会ってたらデートだろ?」
ああ、嫌だ、酔っ払いって。やたら絡んで来るし。
「ムードの欠片も有りませんから。そろそろ帰りましょう」
早くタクシーに押し込んでしまおう。
酔っ払い藤原雪斗を引っ張っり店を出る。
完璧な男だけ有って、会計はスマートに払ってくれる。
そのまましっかりしてくれてればいいのに、店を出た途端、また絡んで来た。
「今日はどうする?」
「どうするって?」
「泊まる?」
「は? 泊まる訳ないでしょ? 月曜なのに」
いきなり、何て事言って来るんだろう。
「月曜日じゃなければいい訳?」
やけにニヤニヤしながら言う。
この前の事……ちっとも忘れて無かったんだ。
何事も無い顔してたのは演技だった?
それか普段は気にしてないけど、酔っ払ってその気になって思い出した?
どっちにしろ有り得ない。
『お前、未練の女だな』
とか言っておいて誘える神経も疑問。
でも思い出してみれば藤原雪斗は女関係だらしなかったんだ。
それが奥さんに捨てられた反動らしいと知りちょっと同情して忘れてたけど。
「何曜日だろうとあり得ません。さっさと帰って下さい」
冷たく言うと藤原雪斗は、「残念」なんて余裕の顔して呟いた。
その後、揉めつつも結局藤原雪斗にマンションまでタクシーで送って貰った。
「お疲れ様、またな」
私をマンションの前で降ろすと、酔っ払いは意外とあっさり帰って行った。
疲れたけど、なんだかんだ言って気分転換にはなった。
エレベーターを使い部屋に戻る。
灯りは点いてない。
湊はまだ帰ってないんだ……ホッとしながら部屋に入る。
リビングに入ってしばらくすると、妙な感じがした。
注意深く周りを観察すると、原因に気が付いた。
キッチンも部屋も朝より綺麗になっていた。水切りには洗い物一つない。
これ……湊がやったの?
一度帰って来て湊がやったのかな?
でも家事の苦手な湊がこんなに綺麗に出来るのかな?
思いついて洗濯機の中を見ると空だった。
昨日、湊が溜めてた洗濯物を入れてたのに。
なんだか嫌な予感がした。
もしかして湊はこの部屋に彼女を入れたんじゃないかって疑いが湧いて来た。
でも……いつ私が帰って来るか分からないのに、そんな大胆な事するのかな?
彼女だってこの状況で部屋に上がる程、図太くないよね?
やっぱり私の勘違い?
湊も家事を頑張る様になったのかな?
疑問は尽きない。
湊が帰ったら聞くしかないか……そう思ったけど、その夜湊は帰って来なかった。
やっぱりこの前の言い争いが尾を引いてるのか……彼女の所に泊まってるのかな?
モヤモヤした気持ちのまま、朝の支度をする。
出かける前に部屋をしっかり見回して様子を記憶した。
昨夜の事などすっかり忘れた藤原雪斗と真面目に仕事をして、少し残業してからマンションに帰った。
湊は今日も帰ってない。部屋に変わりは無いか、見回してみる。
キッチン、リビング、脱衣所……やっぱりおかしい。
絶対誰かが手を加えてる。
今朝は注意して見て行ったから勘違いじゃない。
それに湊がやったとは思えない。
誰か別の人が……。
早足で湊の部屋に行き扉を開いた。
久しぶりに見る湊の部屋。
一見変わりは無いけど……気になってクローゼットを開けると湊の服が大分少なくなっていた。
湊……もしかして出て行く準備をしているの?
十二月までは出ていかないって言ってたのに。
私には何も言わないで突然消えるつもり?
少しずつ荷物を持ち出して、ある日突然帰らなくなる。
考えると胸がズキリと痛んだ。
呆然としていると玄関を乱暴に開ける音がした。
それから直ぐに足音が近付いて来て……咄嗟に動けないでいた私を湊はキツい目で睨んで来た。
「人の部屋で何してるんだよ?!」
湊は声を荒げて言った。
勝手に部屋に入ったのは私が悪い。逆だったら凄く嫌な気分になると思う。
でも、ルール違反は湊も同じなんじゃないの?
「昨日から部屋の様子がおかしいから。誰かが勝手に出入りしてるのかと思って、それで湊の部屋が気になって入っちゃったの」
「それは……」
湊の顔に気まずさが広がる。
「驚かないね、やっぱり湊が誰か入れてたの?」
「……別にいいだろ? 俺だって家賃払ってるんだし、人を呼んじゃいけないなんて話はしてないよな」
「でもキッチンや脱衣所に入っていろいろ触るなんて非常識だと思う。プライバシーの侵害だし、気持ち悪い」
私の言葉に湊はカッとした様に怒鳴った。
「気持ち悪いって何だよ! 俺が頼んだんだよ!」
「頼んだって……あの水原さんに?」
予想出来てた事なのに、不快感が身体中に広がるのを止められない。
湊だけじゃなくこの部屋まで彼女に奪われてしまう様な気がして……彼女に対する憎しみが込み上げて来る。
悪いのは湊だって頭では分かってる。
でも湊に言われるがままにこの部屋に入って、まるで奥さんの様に掃除や洗濯をしてたなんて。
私と湊の関係を知らない訳じゃないのに、どうしてそんな事が出来るんだろう。
一度だけ見た彼女の害の無い笑顔が思い浮かぶ。
人を傷付ける様な人には見えなかったのに。
「湊も彼女も有り得ない!二度と入れないで!
苛立ちを抑えられなくて叫ぶと、湊も怒りの表情で言い返して来た。
「奈緒は悪くないだろ? 俺が頼んだんだよ!」
「頼んだって? 部屋に入って下さいって言ったの? そうだとしても普通の感覚なら断らない? ここには私も住んでるって分かるでしょう?」
「家事を頼んだんだよ! 美月がやらなくなったからな!」
「家事って……」
唖然としてしまう。
確かに別れてから、湊の分の家事はほとんどやってなかった。
とてもやる気になれなかったし、湊だってやらなくていいって言ってたし。
湊が家事が苦手なのは知っていたから困ってるだろうなって少しは思った。
でもまさか彼女に頼むなんて予想しなかった。
「湊は家事をやって欲しいってだけで彼女を呼んだの?」
「結果的にはそうだよ、美月と険悪で何もしてくれなくなったって言ったら気を遣ってくれたんだよ」
「気を遣う? どこが? 無神経としか思えないけど!」
私と湊が険悪になって別れた原因を分かってるはずなのに。
それとも分かってるからこそ、湊の暮らしが不便になった事で悪いと感じてる?
でもそこに私への気遣いは無い。
嫌な人……そう思う気持ちを止められない。
それに湊だって……。
「家事なんて自分でやればいいでしょ? 出来ないんじゃなくてやらないだけのくせに!」
「なんだよその言い方!」
「間違ってないでしょ 苦手とか言って結局手も付けない。湊って昔からそうだよね。面倒な事は私に押し付けて逃げてばっかり」
売り言葉に買い言葉……もう止まらない。
「いい加減にしろよ!」
「彼女を好きになったのだって優しく愚痴を聞いてくれたからだよね? そうやって何でも許してくれる都合良い女が好きなんでしょ? 湊に必要なのってお母さんなんじゃないの? そう言えば彼女大分年いってたよね?!」
感情的にまくし立てる私を湊は今までに無いくらいキツく睨み腕を伸ばして来た。
「お前、出てけよ!」
避ける間も無く腕を掴まれた。
「な、何するの!」
強い力に腕が軋む。
顔をしかめる私に、湊は威圧する様な低い声で言った。
「お前の顔見てると殴りたくなる。二度と余計な事言うな!」
「……!」
ビクッとする私を湊はそのまま部屋の外に突き飛ばした。
「……痛っ!」
廊下の壁に強く身体を打ちつけられて、衝撃に痛みが走る。
しゃがみこんだ私を、湊は冷酷な目で見下ろす。
それから何も言わずに扉を閉めた。
しばらく動けないでいたけど、冷たく閉じられた扉は開く気配も無い。
なんとか立ち上がり、フラフラと自分の部屋に向かった。
鍵をかけると力が抜けてその場にしゃがみ込んだ。
……信じられない。湊があんな手荒な事をするなんて。
ショックで震えが止まらない。
『お前の顔見てると殴りたくなる』
あんなに嫌われてたなんて。私を見下ろす目は冷たくて、言葉通り本当に殴られそうな気がした。
湊が怖い。優しくて、穏やかな恋人だと思っていた相手が怖くて仕方ない。
涙が零れて止まらない。
どうしてこんな事になってしまったのか。顔を合わせば罵り合うばかりで。
私の何がいけなかったんだろう。この先、どうすればいいんだろう。