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スマートフォンがずっと鳴っている、ずっと、ずっと。
「明兄ちゃんの言う通りや。私はずっと流されて生きてきた」
そうしないと生きられないからだったが、そうした方が楽だったからでもある。
自分の生き方を決める責任を姉に、そして明彦に丸投げしていたのだ。
『あのクソ親父も愛人に子供まで産ませるとはね、ほんと、厄介だわ』
いつか漏れ聞いた明彦と会話していたときの姉の言葉が頭をよぎる。
(ああ、本当は……、本当はずっと、ずぅっと思ってた。それを認めないようにしていた)
「今更、生き方を変えるなんて言うなよ。いいだろうこのままで」
両手を掴まれて押さえつけられているのにまるで、縋られているよう。
「うん、そうだね」
麗は押し倒されたままスマホを手に取った。小籠包と優しい目をした明彦の顔が写った待受が目に入る。今とはまるで違う目をした明彦。
苦しそうな明彦を見ていると麗まで鏡が反射したかのように苦しくなる。
そうだ、麗が苦しめた。たくさん、たくさん、苦しめた。
麗は電話を取った。
『麗、まだなの? 早く来て! もう始まるわよ』
「姉さん、私、葬式には出ないから」
姉が電話の向こうで息を呑んだ気がした。
『なにを、言っているの? 麗』
「私がいなくてもさ、姉さんならうまくやれるやろ。今日も、これからもずっと」
『何言ってるの、麗?』
「私はもう姉さんを信じられないの」
『麗っ?』
悲鳴混じりの声。これもきっと演技なのだ。
「……姉さん、愛してたよ。心から」
これはまるで失恋。
心からあなたを愛していた。だから、愛を返してほしかった。
少しでも、欠片でも、甘やかしてくれる時間が好きだった。
あなたの特別になれたような気がしたから。
『麗、あなたわたしを……、わたしを! 捨てるの? 私を捨てて明彦を選ぶつもりなのっ!? 麗! 待ちなさい! れいっ!』
「先に捨てたのは姉さんやんか。ううん、最初から私のことなんか拾ってもなかった。ほんまはずっとわかってたんやけどね」
姉にとって自分が大切な存在ではないという事実に気づかないふりをしていただけ。
『待って、麗、れいっ! 待って!』
美しい人。
あの日の麗の憧れ。
すべてを捧げた人。
「さようなら姉さん」
プッ、と麗は電話を切った。すぐさままたコールが来たので、今度は電源を切った。
(ああ、すっきりした……すっきりした。そう、私はすっきりしているはず)
瞳から涙がこぼれ落ちていく感覚がする。
「麗」
これで、明彦は喜んでくれているはずだ。
その証拠に彼は微笑んでいる。
だけど、その瞳の奥はまるで虎視眈々と獲物を狙うかのように輝いている。
(よかった、これが正解)
麗の目尻の涙を明彦の薄い唇が吸った。
そして唇が重なった。
まるでこれからすることへの合図のように。