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「麗、もう少ししたら休みが取れるから今度また台湾に行こうか。それとも、ほかにどこか行きたいところはあるか?」
麗は、明彦の家の並んで座れる大きなソファで、明彦の膝の上に横向きに座らされていた。
最近の明彦は夜になると麗を膝の上に乗せたがった。癒やされるらしい。
最近は特に忙しそうだ。
姉が帰ってきたため、明彦はもうすぐ、佐橋児童衣料から手を引き、次の会社の立て直しにまた出向するからラストスパートをかけているのだ。
そして次の仕事のつなぎまで休みを取るつもりなのだろう。
父の社葬を欠席した翌日、明彦の言う通り仕事は辞めた。
どうせ、引き継ぎは何も必要ない、いなくなっても誰も困らない仕事しかしてこなかったのだから、これでよかったのだ。
「行きたいところは、とくにないかな……。明彦さん、普段忙しいし、家ではゆっくり体を休めて。海外ドラマか映画でも見よ」
麗がこれまで行きたいと思った場所はすべてかつて姉が一人で旅した場所だ。
姉の後を追いたくて、興味を持った。
でも、そんなこと明彦に言うわけにはいかない。
姉の話題を出すとまた明彦に嫌な思いをさせてしまう。
「それもいいな」
頬にキスされ麗は明彦の肩に頭を乗せる。
優しい手つきで頭を撫でられた。
(これでいい、これが正解)
明彦の家で明彦の帰りを待つ生活。
恵まれた生活だ。
専業主婦になったにも関わらず、家政婦は来てくれており、麗がしていることといえば、朝食と夕飯を作るくらいである。
あとは、義母に誘われて習い事をしているくらいか。
あれから、姉とは連絡を取っていない。
だが、この前姉がテレビに出ているところを見た。相も変わらぬ美しい姿で、姉にとって麗などいてもいなくても変わりのない存在なのだと改めて思い知った。
(でも、私は、明彦さんに愛されている)
自分でも理解しているのだ。姉への依存を、明彦への依存に変えただけだと。
それでもこれが正解なのだ。明彦のための麗。姉のための麗じゃない。
この腕の中ならば大丈夫。
明彦は麗を捨てたりしない。
だから、このまま、このまま。
幸が薄い不遇な女の子は、スパダリ王子様に見つけてもらって、ハッピーエンド、だ。これで終わり。
明彦のたくましい腕の中で、頭をこすりつけて甘えていると、ひょいっと抱き上げられた。
ベッドに連れて行かれるのだと、麗は明彦の首に手を回した。
今夜も、明彦の腕の中で麗が寝ている。すうすうと、小さな寝息を立てて。
首に明彦に愛された証を沢山つけている、明彦だけの麗。
なんて、可愛い。
(やっと、麗が麗音を見限り、俺のものになってくれた)
明彦はそっと、むき出しになっている麗の肩に布団をかけると、 電話が来たのだろう、ベッドサイドに置きっぱなしのスマートフォンがバイブした。
当然、 麗を起こさないようすぐに切る。
麗は疲れてよく寝ているようで杞憂だったが、明彦は名残惜しさを感じながら部屋を離れた。
そうしてベランダに出る。
いつものように風が強いが、かまわず コールバックすると、相手はすぐに出た。
「何の用だ」
『そろそろ頃合いかと思って』
弟の楽しそうな声音に明彦はため息を吐いた。
『悲願が成就してよかったな、兄貴』
「ああ。用がないなら切る」
『久々の兄弟の語らいなのにせっかちだなぁ。それにしても、麗ちゃん気づかなかったんだね。ほんっと、鈍い子だよね。あーあ、気づいたら面白かったのになぁ』
ふふと、電話の向こうで弟が笑った。
『兄さんが自分のストーカーだって』